水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

SFユーモア医学小説 ウイルス [83]

2023年04月05日 00時00分00秒 | #小説

 昼前になり、二人は腹が空いていることに、どちらからともなく気づいた。いつもの研究所なら、二人の片方がどちらからともなく声をかけ、昼食にするのだが、戒厳令下の今は、少し事情が違っていた、だが、やはり腹は空くのである。
「所長、昼ですが…」
「ああ、そうだね。食糧は政府が先に空輸してくれたそうだから、選(よ)り好(ごの)みしなければ、ここ当分は困ることはないだろう」
「なんだ、そうなんですか!? そりゃ、有り難いっ!」
 食べるだけが楽しみの海老尾としては、最高内容の話である。思わず嬉しい本音が出た。
「ははは…君は食べることに関しては敏感だからね」
「はい、それはまあ…」
 海老尾は敢(あ)えて否定しなかった。二度目の思わぬ衝突は避けたい…という意識が瞬間、働いたのである。
「空輸されたのはレトルトものばかりだそうが、君、管理室へ取りに行ってくれ」
「誰かいるんですか?」
「そりゃ、誰かいるだろう。私達二人だけ、ということはないはずだ」
「はい、分かりました…」
 海老尾は席を立つと研究室のドアから出ていった。蛸山がテレビのリモコンを押すと、政府の緊急記者会見場面が映った。蛸山がよく知っている官房副長官の蟹岡が、記者のインタビューに対し、四苦八苦しながら何やら話している。
『いえ、戒厳令をいつまで・・という期限につきましては現在、考えておりません。と、いいますか、現段階では考えられない状況下にある・・とお考え下さい』
「おっ! 蟹岡君じゃないか…。あいつ、テレビ映りがいいなっ!」
 蛸山はよく合う相手の蟹岡にヨイショした。蟹岡は、蛸山の声が聞こえる訳もなく、一生懸命に自分の地位を守るため、言葉には気を付けながら流暢(りゅうちょう)に質問に答えている。
『と言われると、今のところ、打つ手はないんですねっ!』
『はい、努力は致しておりますが、今のところは…』
 蟹岡は記者の追及を避けようと曖昧(あいまい)に暈(ぼか)した。

                   続


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