水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十六回)

2011年11月19日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       
    
第七十六回
 顔を洗っていない訳ではない上山である。起床後、ひと通りの所作を終え、軽食もとりコーヒーも飲んだのだ。それで、また顔を洗うのは、明らかに気持を落ちつけるためである。上山にとって、空間移動するなどということは考えだに出来ない。いや、あり得ないことだからである。
 上山は洗面台でジャブッ! と顔を洗うと、前の鏡に映った自分の顔をじっと見た。少しは落ちついたのか、鏡の自分は心なしか安らいで見えた。顔を拭いて上山が厨房へ戻ると、幽霊平林は同じ位置で漂っていた。
「待たせたな。さあ、やってくれ」
『やってくれって、ちょっと待って下さいよ。僕も念じなきゃなりませんし…。だいいち、その前に課長に何を念じるのかを云っておかないと、不安でしょ?』
『ああ、そりゃまあな…』
『とにかく、今回は課長の身体が僕と一緒に外国へ移動出来るか、ですから、国内の身近なところで、まずやってみ
ます。では、これから富士山麓へと…』
「ちょ! ちょっ
と待てよ!」
 幽霊平林が如意の筆を手にし、両の瞼(まぶた)を閉ざしたとき、上山は急に止めた。
『どうされたんです?』
「いや、なに。富士山麓にした理由は?」
『別に…。ただの思いつきですよ』
「思いつき!? …まあいい、やってくれ」
 幽霊平林は、ふたたび両の瞼を閉ざした。そして、しばらくすると、徐(おもむろ)に如意の筆を二、三度、軽く振った。次の瞬間、二人の姿は厨房から消えていた。
 富士山麓の鬱蒼と茂る樹林地帯の中、二人の姿は不意に現れた。
「おお! 上手くいったようだな」
『はい! どうやら成功のようです。課長も瞬間移動されましたし…』
「ああ…。しかし、俄(にわ)かには信じられんな。人類科学を否定する事実だからな」


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