兵馬も重い腰を上げ、表口へと歩を進める。酔いの所為(せい)か兵馬は少しフラついた。表の勝手口ではお芳が喜助の足洗い用の水が入った木桶を表口の土間へ置いて話している。兵馬は耳を欹(そばだ)てた。
「これはこれは、喜助さん、お久しぶりでございますねぇ~。喜助さんは、よく働くよっ! 足元が随分と汚れて…」
「いやぁ~お芳さん、随分と無沙汰しておりやす。稼ぎが少ねぇ~と、かかあが入れてくれやせん…」
喜助は草鞋(わらじ)の紐(ひも)を解(ほど)き、木桶の水で足を雑巾(ぞうきん)で拭(ぬぐ)うと、上がり框(かまち)へ上がった。丁度そのとき、兵馬が表口へ現れた。
「喜助、こちらの間で話を聞こう」
「へいっ、旦那」
喜助は素直に頷(うなず)くと、兵馬の動きに従った。
「早速(さっそく)だが、話を聞こう」
「へいっ! 実は伊豆屋さんの番頭、与之助さんのお話はしたと思いやすが…。人変わりが続いたのは数日だけでしてねっ! その後は憑(つ)きものが落ちたように元の気性(きしょう)にお戻りになったって話でございます」
「きっかけは何だっ!」
「嫌ですよ、旦那っ! それが分かりゃ、誰も苦労はしませんよって、話でさぁ~」
「…うむ、なるほどっ!」
お芳が淹(い)れた湯飲みの茶を盆に乗せ、楚々と現れた。喜助は余程、喉(のど)が渇(かわ)いていたのか、置かれた盆の茶をガブリッ! と飲み干そうとした。
「アチチチチチ…!」
「あっ!」
お芳の叫ぶ声と喜助の呻く声が同時にした。淹れられた茶が熱かったのである。兵馬の顔から、思わず笑みが零(こぼ)れた。
「ははは…馬鹿野郎! 一気に飲む奴があるかっ!」
喜助が片手で口を拭(ぬぐ)う。お芳は慌(あわ)ててお勝手へと素っ飛んだ。
続