水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

夏の怪奇小説特集 第三話 抜け穴(3)

2009年08月16日 00時00分00秒 | #小説

      夏の怪奇小説特集       水本爽涼

    第三話 抜け穴(3)         

  妻も、自分の意識を落ち着かそうとしているようでした。いつもなら、テーブルの椅子に座って飲むお茶を、立った状態で、ぎこちなく飲んでいました。二人の会話は閉ざされ、互いに無言で対応を模索しておりました。
 その後、私は妻に事に至った詳細を訊ねました。その内容からは、警察へ届けるといった手段も憚(はばか)られ、ましてや、救急を呼ぶというのも奇妙だという事実に、只々(ただただ)、空白の時間を費やさざるを得ませんでした。
 これは後になって少しづつ思い知らされたことなのですが、私達が知識として持つ宇宙は、全てが科学の名のもとに作り出された夢だったのです。スペースシャトル、人工衛星、宇宙ステーション等も、全てがこの井戸から少し昇ったところで、恰(あたか)も孫悟空が観世音菩薩の手のひらで飛び回っていたのと同じなのです。星雲、大星雲さえも、私の井戸にある石垣の石ひとつひとつ、だったとは、誰が想像できるでしょうか。
 さて、話を戻すことにしましょう。
 常識では理解できない事態に直面して、二人は思いつく解決法を模索していました。
 小一時間ほどが経過していたでしょうか。どちらからともなくテーブルを立ち、気づけば井戸の前に二人はいました。
「パパ、煙が流れているわ…」と、妻が口にしました。そのとき私は、無造作に煙草に火をつけていたのに気づきました。
 妻にそう云われて、視線を手の煙草に移すと、確かに紫煙の流れは井戸の方へと吸い込まれていました。やはり、井戸の中へ落ちたのか…と、私は思いました。しかし、これも後になって分かったことなのですが、井戸へ吸い込まれて落ちたのではなく、井戸の中の次元へ次元を移動した、つまりるところ、消えたというのが真実だったのです。
 それからの日々は、私達二人にとって辛いものになりましたが、或るきっかけが、解決への糸口となったのです。
「おいっ! お前、この頃どうかしているぞ」
 同僚の不意の声に、ギクッと我に帰った私は、虚(うつ)ろな眼(まな)差しを彼に向けました。
「そうか?」
「この書類、先月の見積もりだ。もう、発注済みだぜ。今月のが欲しいんだよ…」
「ああ…、悪い」
「何かあったのか?」
「いや、別に大したことじゃないんだが…」
 私はボールペンを訳もなくカチカチと押しながら、暈しながら云いました。
「その話は昼休みしよう。課長が、こっちを見てるぞ」と、同僚は慌てて机上の書類へ目を落としました。
 会社から少し離れたビルの地下には、行きつけのカフェレストランがありました。
 カウンタ-で食べるB定食も何となく味気なく、食欲自体も余りありませんでしたが、それでも無言で喉に通していました。同僚は既に食べ終わっていて、ウエイターに、セットに付いている食後のコーヒーを注文しました。そして、注文を終えると私の方を向き、呟くような小声で話しだしました。
                                                          続


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