幽霊パッション 水本爽涼
第三十一回
約束を守る律儀な男だ、さすがは生前、田丸工業のキャリア組だったことはある…と、上山には思えた。
『やあ、課長、来ましたよ…』
幽霊平林が現われたのは、上山が銚子を傾けた丁度、そのときだった。どこだ? と見渡せば、幽霊平林は悠然として、クローゼットの上に楽チン! とばかりに足をバタつかせて座っていた。もちろん、足はないのだから、小忙(ぜわ)しく揺らしていたということである。
「君! …いや、平さん、そんなところで…。下りなさいよ」
上山は驚きながらそう云った。幽霊平林は、ニタリと蒼白い顔で笑うと、ヒョイ! と上山の隣へ舞い降りた。上山は卓袱台(ちゃぶ゛だい)の銚子と猪口を隅へとやった。別に幽霊平林には関係がないのだ。見えない者に三次元空間の概念はいらない。
「昼の話の続き、頼むよ、平(ひら)さん」
『課長、その平さんっていうの嫌だなあ』
「だって、君が、そう呼べって云ったんじゃないか」
『そりゃ、あの時は、そうでしたけどね。何度も呼ばれてますと、なんか平社員の平っぽくって嫌になっちゃったんですよ』
「…なら、どう呼べばいいんだ?」
『君(きみ)でいいですよ。元々、課長の部下なんですし、君がいいですよ。君でお願いします』
「うん…、まあ君がそこまで云うんなら、平さんはやめて、君にしよう。で、君、昼の続きだ」
『そうそう、そうでした。滑川(なめかわ)教授の研究によりますと、降霊現象の規則性とか、なんとか云うんですよ』
「なんだ、そりゃ? その規則性とかは?」
『要するに、僕みたいに、この世に現れる霊には規則性がある、って話なんです』
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