羊日記

大石次郎のさすらい雑記 #このブログはコメントできません

ちゃんぽん食べたか 1

2015-07-26 20:48:21 | 日記
雅志は成り行きで働くことになった居酒屋『野沢』に古田と樫山を呼んだ。「どうぞ」雅志は得意気に焼き魚と刺し身を出した。「おおっ」「お前が作ったのか?」「まあね」相変わらず器用な雅志に感心する古田。「結構いけんな」焼き魚をパクつく樫山。「これで食っていけんな」冗談めかす古田。満更でもない様子の雅志に、樫山達は1ヶ月くらい地方巡業に出ると話した。
「まーちゃん、烏賊の刺し身上がったよぉー」話の途中で店主の野沢から促され仕事に戻る雅志。だが、野沢は雅志と話したかったらしく軽く自分も手を止めヴァイオリンを止めたことに触れた。「次の目標見付けないと」「目標ねぇ、まーちゃんもその内見付かるよ」チラリと目を合わせる樫山と古田。ここで堅気には見えない中年の男女の客が注文し、雅志の代わりに野沢が慌てて対応して何やらコソコソと話して笑い出し、雅志は奇妙に思っていた。「バンドはいいぞぉ! お前も来れば良かったのに」樫山は店から去る際にそう言ったが、古田はその樫山を見ていた。「ま、がんばれよ」古田は雅志にそう言って、二人は帰っていった。
件のキャバレー回りのバンドで、古田は衣装を着てステージでギターを弾いていたが、樫山はボーイの格好でホールやバックヤードで雑用をしていた。「俺も演奏させて下さいよ」マネージャーに頼む樫山。「古田を見習え」マネージャーは相手にしなかった。樫山の演奏は学生レベルでキャバレーバンドでも通用していなかった。
ある日、雅志が『のざわ』に行くと店は休業するという、「まーちゃん、急にカミさんの実家に行かなきゃいけなくなって」数日で戻り、給料もその時払うという。人の良い雅志は野沢の話を鵜呑みにするより他無かった。給料を貰いそびれた雅志は大家に家賃を払うと、金欠になり、たまに顔を出した大学でも腹が鳴って仕様がなくなった。
     2に続く

ちゃんぽん食べたか 2

2015-07-26 20:48:09 | 日記
一週間経っても野沢は戻らない! 自分の部屋で腹が減り過ぎて、「う~んっ」と畳の上でジタバタしていたが、ふと目に止めた流し台の下の棚を漁る雅志! 食べ物! 食べ物! 無い! 無い! 更に漁ると、「あっ、あっ!」紙袋の中からパンを一つ見付けた!!「おおぅっ!!」歓喜してパンを掲げ、かじりつく雅志! ガリッ。硬っ! 全く歯が立たない雅志。流し台の縁でパンを叩くがどうにも硬い。雅志は一度強く硬いパンを縁で叩いて捨ててしまった。
ため息はついたが、収まりの着かない雅志は畳の上のギターを手に取ると、弾き、歌い出した!「僕の部屋の片隅に、忘れ去られてたパンが、コチコチ固くなぁってぇ!! ポロリポロリ、ポロリ」弾き終わると、雅志は即机に向かい、紙切れに今の即席の曲のメロディを憑かれたように口ずさみながら書き出した。
思い余った雅志は雨の中、菊田の家に行ったが臨時休業だった。実家もたまたま留守で電話が繋がらない。巡業先から古田達から絵葉書も届いた、もうすぐ帰ってくる。考え込んだ雅志は箪笥の上に置かれたヴァイオリンに近付いた。壁に高校の頃書き出した貼り紙があり、ちょうどヴァイオリンケースの真上辺りに『これからどう生きるか』と書かれている。雅志は、ヴァイオリンを、質屋に持っていった。「三千円でお預かり致しましょう」質屋の主人は言った。「もっと、価値のある物なんですよ! ウン十万とすると思うんですけど」気色ばむ雅志。「価値のある物だからこそ、これ流してしまっていいんですか? 高くお入れになると、出す時大変になりますよ? 月々の利子だって。大事な物なんでしょ?」ヴァイオリンを見る雅志。「ありがとうございます」雅志はヴァイオリンを三千円で質に入れた。
金と質札を置いた机で、雅志はどんぶりで
     3に続く

ちゃんぽん食べたか 3

2015-07-26 20:48:00 | 日記
インスタントラーメンをすすっていた。と、昔の雅志が出てきた。中学時代の雅志、制服を着ている。仕切りにヴァイオリンを探し回る昔の雅志。「ヴァイオリンが無かと、ヴァイオリンが無かと!」「すまん」「すまんやなか、ヴァイオリンはどげんしたと?」「もうどうしようもなかったんだ!!」机を叩く雅志。「それにほら、もうすぐあいつらが帰って来るんだ、なんか旨いもんでも食わしてやりたいだろ?!」「あなたは、自分の魂ば、売ってしもうたどです」「違う、売ったんじゃない! ちゃんと、戻してくるつもりだから。だからちょっとの間」振り向くと昔の自分は消えていた。
「うああぁーっ!」夜の橋の欄干で叫ぶ雅志。「うああぁーっ!!」川は答えない。ふらふら夜の街を歩く雅志は空き缶を蹴り、これが1台の車に命中した。中から、筋モノ四人が降りて来た。「今のお前か?」「すみませんねぇ」投げやりに通り過ぎようとして襟首掴まれる雅志。「ちょっと面貸せよ」「貸してもいいけど後で返せ!」筋モノを突き飛ばすとたちまち乱闘になり、雅志は叫んで喰い下がり、四人の筋モノに袋叩きにされた。
気が付くと、化粧をした美しい女が自分を見詰めていた。「大丈夫? ねぇ? ねぇ! 大丈夫?」呼び掛ける女に雅志は笑ってしまった。「あの世かぁ」「何言ってんの?」意識がはっきりしてきて女に手伝ってもらい身を起こす雅志、ごみ捨て場だった。「痛ぇ」全身ボロボロだった。雅志は紫の服を着た女を改めて見た、相手も振り返り、その仕草に見覚えがあった。「岡倉さん?」雅志は近くのスナックで岡倉に傷の手当てを受けた。もう営業時間を過ぎているらしく他に客も従業員もいない。
「動かないで」痛がる雅志の取り敢えずの手当てを終えた岡倉。「ここ、お母さんの店?」「そう、
     4に続く

ちゃんぽん食べたか 4

2015-07-26 20:47:51 | 日記
あたしこの店手伝ってるの」「え?」「女優になるの、止めたから。劇団の研究生になったんだ。そこには才能のある人、いっくらでもいた。それでも頑張ろうと思った。オーディションはちっとも受からないし、お金は無くなるし」今の岡倉は、母のスナックのカウンターの中にいた。「飛び込んだだけ、偉いよ。芸大を受ける前に、ヴァイオリンを諦めた」「諦めるなら早い方がいいよ。今、大学生?」「あんまり行ってないけど」笑ってしまう岡倉。「笑っちゃうくらいダメじゃん、あたし達」雅志も笑った。「そうだな」岡倉は店のカレーを出してくれた。
「はい」嬉しそうに受け取り、食べると、口を切ってる雅志は滲みて悶絶する雅志。また笑う岡倉。「ばーか」「死ぬかと思った、でも旨い!」「でしょ?」食べ続ける雅志。カウンターに置かれたライトは淡い暖色だった。「会えて良かった。なんか、ちょっと元気出た」「俺も! また、会う?」岡倉は首を横に振った。雅志は、いくつかの言葉を呑み込んでから、続けた。「いつか、お互いに自分の道を見付けた頃に、また会おう!」「うん」雅志は痛みを堪え岡倉に見守られながら、苦労してカレーを平らげた。
古田と樫山が巡業から帰ってきた。雅志は料理を用意していた。いなり寿司、太巻き、ゆで卵、唐揚げ、サラダ、赤いウィンナー炒め、サンドウィッチ、コーラといった内容で、今の雅志の精一杯だった。「おお?!」「豪勢だなぁ!」古田と樫山は驚いた。「お前らが来るからにはな。さあ、食ってくれよ!」「頂きます!」喜んで食べる古田と樫山。雅志も機嫌良かった。「で、どうだった?」「楽しかったよ、なぁ?」樫山は古田に話を振った。「まぁ」曖昧に答える古田。「好きなことやって金を貰えるんだ。こんな最高のことないや! お前もくれば良かったのに」「嫌なことだってあるよ」
     5に続く

ちゃんぽん食べたか 5

2015-07-26 20:47:40 | 日記
「どんなこと?」「あるある、あのマネージャーだけは許せねぇ」「音楽のことだよ、つまんない曲ばっかやらされてさ」「わかってたことだろう?」「いい経験にはなってるよ」「がんばれよ、俺は俺でがんばるよ」樫山は雅志の言いように、我慢ならなくなった。「何をがんばるっていうんだよ?」樫山は古田を見た。「俺に気ぃ使って黙ってることないだろう?」「言っていいの? 雑用しかやらされてないこと」「ええ?」戸惑う雅志。「ああそうだよ! お前だって、あんなちんけな店で、がんばるなんて! 笑わせんなよ」「野沢さんが必死にやってる店だ。そんな言い方すんな」顔色を変える雅志。
「二人とも、恵まれ照るクセに文句ばっか言ってよぉ」「恵まれてる?」「そうだよ!」樫山は立ち上がった。「音楽の才能があるのに! 生かせないで何やってんだよ?! 古田はまだいいよ! お前はなんだ? ヴァイオリン止めて、居酒屋の店員か?」止まらなくなった樫山は雅志に近付いた。「まーちゃん、ビール一丁」雅志は樫山に掴み掛かった!「ざけんなっ」樫山も興奮する。「やんのかこの野郎!」古田は間に入った。「止めろって、止めろ!」二人を引き離した古田は、背を向けて座った樫山と雅志にため息をついたが、ふと傍の箪笥の上に置かれたヴァイオリンの質札に気付いた。「ヴァイオリンは?」「質屋に入れたよ」「はぁ?」「なんでだよ」喧嘩したばかりの樫山まで問うてくる。「金無くてさ、どうせ辞めたし、持ってたって」「じゃあこれ」料理を見る古田。「気にするな」「流す気は無いんだろ?」「それも未練のような気がしてさぁ! このまま流れた方がいいのかもなぁ」古田も樫山も、何も言えなかった。
長崎では土地の管理が上手くいかなかった雅志の両親が、両親に管理を任していた宮下に頭を下げていた。「あん土地はあの値段が、よかとこじゃろ?
     6に続く