按察使大納言というのは明石の入道の叔父と言っていたけど、かつ、その按察使大納言の娘が源氏の母上である桐壺更衣となると同じ按察使大納言でも紫上の母親の父君とは別人ということになるよね。
また、紫上は兵部卿宮の娘と言うことになっているけど、この兵部卿宮は藤壺の兄で、光源氏の異母弟の蛍兵部卿宮とは別人なのよね。ややこしいわ。
弘徽殿女御なんて桐壺帝の奥さんも冷泉帝の奥さんもそう呼ぶからこんがらがっちゃう。
あ、源氏の講義は昨日だったんですが、昨日は眠くて花の写真で凌ぎました。
さて今回は自分の認識とちょっと違ったところがあったのをご報告。
というのは明石君が「そこら辺の男性と結婚するくらいなら、海にでも身を投げてしまえ」と父君の明石入道に言われていたように思っていたんですが、本人の信念だったんですね。優雅で上品、見識も備わっていると表現されている明石君のそのかたくなな気持ちは、それでもそのまま父親の意向が伝染しちゃってたせいじゃないですかね。
非常に常識派の母親と思い込みが激しくへんこつな父親のやりとりというのも何かリアルでおもしろかったし、今は出世して三位中将になっている頭中将が訪ねてきた際、貝を持ってきた漁夫たちががやがや言うのを「さえずる」と言っていたのも何だか笑っちゃいました。
賎しい人々のもの言うのを鳥の声に比してそんな風に言うんだそうで、平均早口で喋るのは下品という認識だったようですね。
でも男ふたり旧交を温めて催馬楽を歌うと言った場面は、現代だとギターをつまびき、流行歌を歌うといった所だろうかと想像するとわび住まいとは言え、そこには青春の香りが漂っているような気がしました。
写真は当日の茶菓子と会に贈呈された週刊朝日百科「絵巻で楽しむ源氏物語」の一部。
源氏の世界を絵で見る事ができるというのは、お話を読むのとはまるで別次元です。