【連載】呑んで喰って、また呑んで⑩
気分はもうヘミングウェイ
●アメリカ・マイアミ〜キーウエスト
▲スラッピー・ジョーズ・バー(Sloppy Joe’s Bar)
フロリダ州のマイアミには、カストロの圧政を逃れてキューバから逃れてきた難民が数多く住む。一時、難民の一人がマイアミ市長にもなったくらいだ。そんなマイアミの通称「リトル・ハバナ」で素朴なキューバ料理を食べ、ラム酒をたらふく呑むと、もう気分はアーネスト・ヘミングウェイである。そう、キューバをこよなく愛した作家だ。
私もヘミングウェイに興味を持っている。と言っても、彼の作品ではない。その波乱万丈の生き方、そして飲食へ執着にである。スペインのマドリッドに滞在していたとき、ヘミングウェイがしばしば通ったという豚肉専門の料理屋を訪れた。なんでもスペインで最古のレストランらしい。
さすがヘミングウェイが惚れたレストランである。豚肉のローストはじつに香ばしく、パリッとした皮の下からジューシーな豚肉が…。噛むと旨味の詰まった肉汁がにじみ出た。ああ、今思い出してもよだれが出てくるではないか。
「リトル・ハバナ」でヘミングウェイ気分に慕っていると、もう居ても立っても居られない。そうだ、キー・ウエストに行こう!
翌日、キューバにもっとも近いアメリカ最南端の島、キーウエストを目指した。両側に大海原が広がる「セブンマイルブリッジ」を4時間ほど車で走ると、そこはもうアメリカであって、アメリカではないトロピカルな楽園である。
キューバに近いから、ヘミングウェイも1931年から9年間住んでいた。その邸宅は今、博物館として一般公開されている。もちろん、私も訪ねて行った。ヘミングウェイは猫好きで有名である。その子孫が今も住みつき、訪れてた観光客とじゃれ合う。不思議なことに、猫たちのほとんどが6本指を持つ。指が1本余分でも可愛い。
ひとしきり猫と遊んでから、ヘミングウェイ行きつけのバー『スラッピー・ジョーズ・バー(Sloppy Joe’s Bar)』に向かう。カウンター席はお客でほぼ満席である。ヘミングウェイのそっくりさんも何人か座り、モヒートの入ったグラスを傾けていた。私もモヒートを注文し、一気に飲み干す。しかし、言うまでもなく、このカクテルは甘い。2杯目はパパダブルにした。パパはヘミングウェイの愛称だ。ラムをダブルにし、砂糖は入れないカクテルである。このカクテルだと何杯も呑めるので、5杯でやめた。あとはビールだ。つまみはハンバーガーである。
東映のヤクザ映画を観た観客が映画館を出るとき、あたかも自分が高倉健になったような気持ちになるとか。それと同じだった。『スラッピー・ジョーズ・バー』を出たときの私は、完全にヘミングウェイになりきっていた。夕日が顔に容赦なく当たる。じつに心地よい。さっ、もう一軒行こうか。