【連載エッセー】岩崎邦子の「日々悠々」㊽
初めて「カラオケ」なるものを知ったのは、37、8年も前の故郷(岐阜県)で開かれた同窓会の二次会であった。有志の地元の人たちに誘われるまま、スナックのようなお店に行き席に着いた。総勢12、3人はいただろうか。そこにはカラオケセットが置かれているから、とのことだった。
こうしたところに来たのは初めてで、何をどうしたら良いのか分からない。目の前に水割りのようなものが配られた。しばらくすると、子供の頃は大人しくて教室では全く目立たなかったO君が、得々と歌い始めた。演歌なのか、私にはまったく馴染みのない歌である。歌う事より飲みたい人もいるからなのか、あるいは、マイクを持ったら放したくないのか、O君が歌い続けている。しばらくすると誰かが歌いだしたが、私にとっては知らない歌ばかりが続いていた。
やがて隣に座っていたK君から私にもリクエストをするようにと、催促をされた。ちょっと困ったが、当時の私はペギー葉山が好きだったので「学生時代」と、言ってみた。やがて、モニターに画面が出てきて字幕も。でも、それにきちんと合わせて歌えない。それでも周りの人は一緒に口ずさみながら、楽し気に盛り上げてくれた。「あらぁ、カラオケって難しいなぁ」。そんな思いを強くした初体験であった。
同窓会は3年ごとに故郷で行われていたが、二次会がカラオケ大会となり、広い会場で盛大に行われることもあった。地元の人たちの張り切り方は見事だが、関西勢も関東勢も自らすすんで歌いたがらない。リクエストの紙が回ってきたが、「歌えません」というのも幹事さんに悪いので、テーブルのまわりの何人かを引き込んで、誰もが知っている歌でやり過ごした。
どちらかというと、関東からの出席者は冷めた見方をしている節があった。何が原因だろうか。歌そのものは好きであっても、そこで盛んに歌われる曲が合わないのか、それともカラオケの場数を踏まないと上手くは歌えないからなのか。
50歳を期に、2、3カ月毎に関東だけのプチ同窓会をしている。「今度は関東勢もしっかり歌えるようになりたいね」と、提案してみたが、反応は今一だ。ランチの後も誰もカラオケに行こうとは言わない。長くコーラスをしてきている人も、カラオケのお店に行くことには、全く興味がないようである。
話は変わるが、20年ほど前に初めてパークゴルフの会に入った。その会の総会で、当時の会長だったIさんが、アコーディオンを演奏された。誰もが知っている歌だったから、何曲かみんなで歌ったものである。とても新鮮なひと時だった。私が娘だった頃、新宿などで「歌声喫茶」が流行っていた。歌声喫茶に行ったことは一度もない私だが、それに似た連帯感を生みだしたのかも。
その後、有志が週に一度、集まって歌う会が生まれた。下手なパソコンを駆使して、抒情歌などを入れた懐かしい歌を中心にして手作り歌本を作った。Iさんは「楽譜は読めないけど…」と言いながらも、音感がじつに良いのか、リクエストをすると、すぐにアコーディオンで伴奏を入れてくれる。
そんなわけで、一人でなく何人かで一緒に歌う事の楽しさを味わうようになった。残念ながらIさんが体調を崩されたことで、この歌の会はそう長くは続かなかった。でも、みんなと歌うのが一番楽しいと思う私は、コーラスの会に所属することによって、解消している。
先日、夫の同僚であった人たちと、久しぶりに会った。ゴルフ仲間として、夫たちは年に何回か関西でプレーをしているが、この度は鎌ケ谷カントリーでプレーをするから、「私の顔を見たい」と言われたらしい。
私は、ゴルフはもうだいぶ以前に卒業しているので、プレーには参加できないが、この人たちに会えば、何十年も前のことも思い出し、懐かしいだろう。そんな思いで、プレーが終わる頃合いに、ゴルフ場に出向いた。食事のあと、カラオケに行くということであった。仲間では一番ダンディなMさんが開口一番、私に質問された。
「岩崎さん、昔から歌う人だっけ?」
「はい、はい、お答えします」
とばかりに、私はその説明をすることとなった。
以前のエッセー(㉟の「酒の功罪」)でも触れたことがあるが、夫が何年か前にパークゴルフの遠征で出かけた折のことだ。夜の宴会で食事が終わるとカラオケとなった。その時の夫の様子であるが、「お酒、飲めません、歌、歌えません」という様子がありあり。別に機嫌が悪いわけではないのに、その姿を初めて見た私はびっくりした。
「飲めないことは仕方がないけれど、少しくらいは歌えるようになったら」
と、夫に忠告したのである。
仲間同士では元気になれる歌、明るく楽しい歌が良い。そんな思いがあって、何曲かチョイスしてみた。その後はユーチューブを見ながら時折練習をするようになった。そんな努力が実ったのか、関西でのゴルフがあると、プレー後は食事会、カラオケとなり、飲んでもいない夫が率先して元気にその場を仕切っているらしい。
「Mさん、このことが始まりなんですけど、ちょっと薬が効きすぎたみたいね」
「いやぁ、楽しいですよ。お陰で大盛り上がりになるんでね」
MさんもTさんも、ほぼ同年齢なので遠慮することもなく、昔話に花を大いに咲かせた。カラオケでは、演歌が苦手ではある私も、好きな歌を何曲かチョイスして、楽しく歌うことが出来た。以前は歌うことがほとんどなかった夫も、最近はカラオケ好きになった。
テレビ番組も録画してまで見るようになったが、本業である歌手が自分の持ち歌を歌っても、高得点とはならず、素人さんの方が、断然点数が良いことにびっくりだ。長年にわたって歌い続けてきた歌を、感情も込めて歌う歌手よりも、カラオケ機械の採点の仕方に慣れている方が、高得点をたたき出すようだ。夫は最近、ゴルフ仲間からは、カラオケにも度々誘われて、夫は嬉々として出かけて行ようになった。人間、変わるものである。夫は故郷に帰ると、弟や従兄弟たちとゴルフをするのが楽しみだ。もちろんプレーの後はカラオケに繰り出す。義弟は、
「兄さんがカラオケで一緒にうたってくれるようになった!」
と、半ば呆れながら喜んでいる。
声を出すこと、笑う事、歌う事などは、誤嚥性肺炎の予防にもなるので、高齢者にとっては大事なことだ。自分に合った方法で良いのだが、とりあえずカラオケは手っ取り早い方法だろう。最近はほとんどの公民館などにカラオケの設備があって、そこを利用する人たち少なくない。が、カラオケで時折トラブルが起きていることも耳にする。困ったもんだ。カラオケにもマナーがあることを忘れないでね!