【連載】呑んで喰って、また呑んで(84)
超クソ真面目な通訳が逃亡
●中国・上海
さあ、上海3日目はの女の子たちへの突撃取材を敢行することになった。まず向かったのは、かつて「犬と中国人は入るべからず」と注意書きのあった公園。共産党が政権を取った後、その公園は「人民公園」と名を変え、若いカップルの格好のデート・スポットとなっていた。
さっそく私と公園内を散策する上海女子に突撃インタビューを開始した。
その日は共産党系の観光代理店に紹介された通訳を雇う。一見して、クソ真面目なニオイがプンプンする。
「あの子、いいですね」
可愛い子をレンズ越しに物色していたОカメラマンが声を上げた。さすが日頃から美人に接する機会の多いカメラマンである。目が肥えているではないか。キュートな17歳だった。
青年宮のゲームセンターで受付をしているという彼女は、当時、世界中で人気を集めていたマイケル・ジャクソンの大ファン。月給36元(当時は日本円で約3000円)なので、「大学を出た頭のいい人と結婚したい」のだそうだ。まだまだ貧しかった中国である。今のように経済的に繁栄した中国からは想像できないだろう。
上海手工業機械学校で学ぶ23歳もマイケルのカセット・テープを毎日聴いているという。婚約者とデートしていた30歳の女性は、クラシック音楽が好きな慎み深い女性だった。ボーイフレンドと公園のベンチでいちゃついていた21歳にも突撃。
「時装表演(ファッション・ショー)を見るのが趣味なの。ディスコには彼と二人でよく行くわ」
そこまでは通訳青年も何とか持ちこたえた。しかし、女子にインタビューするには、あまりにも荷が重すぎたのかも。まったく気の利かない堅物だったからである。彼女たちにスリーサイズを聞いてみたときだ。
通訳青年が真面目な表情で女子に質問すると、彼女たちは一応に顔を真っ赤にしてうつ向く。日本ではみんな平気で答えるのに……。当時の上海女子にとって、そんなハレンチな質問をされるとは思いもよらなかったのかもしれない。よほど恥ずかしかったのだろう。面白かったのは、通訳青年の一言だ。
「スリーサイズなんて、私も測ったことがありません」
けっ、アホか。男のスリーサイズなんか知りたくもない!
あの周君を通訳にすればよかったのだが、そうはいかない。なにしろ久しぶりの里帰りである。家族はもちろん、友達にも会いたいだろうし、親せきにも日本土産を渡さなければならないから忙しいのである。しかし、夜はつき合ってくれるという。
その夜、周君の案内で、118年前に創業したという「上海老飯店」へ。前年には松坂慶子も訪れたという。彼女が食したスッポンのスープ(清蒸甲魚)を注文した。こってりして実にいい味を出している。
そのほかに、鶏肉の唐揚げ、カニの味噌炒め、椎茸の砂糖醤油煮を。結構いい値段だったが、周君のお陰で、上海グルメを満喫できた。いやあ満腹したぞ。余は満足じゃ。
次の日も突撃インタビューが続くことになっていた。しかし、翌日、登場したのは前日とは別の青年だった。
「今日は私が通訳します」
前日がクソ真面目よりも、さらにあくどく「クソクソクソ真面目」な男だった。事前にインタビュー内容を伝えると、みるみる彼の顔が曇る。なぜか怒りも混ざっていた。
「私、急に用事が出来ました」
そう言うがいなや、超真面目男が脱兎のごとく走り去ったではないか。私たちは口をポカーンと開けて唖然茫然である。その日のインタビューはこうして没になった。ホテルに戻ってから通訳を紹介した事務所に怒りの電話を入れる。
「通訳が勝手に帰ったよ! 一体、どうなってるの!?」
すると電話口に出た女性が反撃した。
「あなたが悪いよ。ヘンな質問しようとしたでしょ!」
スリーサイズを尋ねるのが、そんなにヘンな質問なのか。これ以上議論しても始まらない。通訳を雇うのを諦めるしかない。あとは片言の北京語で何とか取材を終えたが、こんなトラブルがあっても、面白い取材だった。
さて、帰国してからのことも報告しよう。北京に語学留学していたビバリーは、なぜか2カ月も経たないうちに日本に戻ってきた。Оカメラマンと親密な関係になったのかどうか。想像にお任せしよう。
周君とは帰国後も親交を深めることに。ホームパーティーで餃子の作り方を一から教えてくれたのも周君である。もっともっと刺激的というか、小説みたいな後日談があるが、ここでは言えない。墓場まで持っていくことにする。ゴメンね。