【連載エッセー】岩崎邦子の「日々悠々」⑧
「夕べ、何喰ったっけ?」
夫が私に尋ねた。
「えーと、何だったかな?」と、私はどうしても即座に思い出せない。「あ、そうだ! わかめスープとビビンバ!」
こんなやり取りが我が家でときどき交わされる。
7年前のことだ。白井市が65歳以上の高齢者を対象にしたファイルを無料で配布するというので、夫も私も近くの公民館で受け取ることにした。オレンジ色のファイルには「介護予防ファイル」と明記されている。高齢期を元気に楽しく過ごすために、自立して過ごすことの大切さがあり、「認知症」を知ることや「鬱(うつ)」の予防などが分かりやすく書いてある。
自身の生活の状況や健康状態を確認する手助けとして、いくつかの項目があり、あたかも日記のように書き込むようになっていた。長続きするようにという配慮だろう、「日付」「今日の主な出来事」「運動しましたか?」「誰に会いましたか?」「何を食べましたか?(朝/昼/晩)」といった質問にメモ程度で答えるようにしてある。
認知症が気になり始めた私は、そのファイルを思い出した。改めて自分のファイルを見てみると、2011年8月29日が初日だった。ずぼらな私のことである、5日ほどで途絶えていることも判明した。一方、夫はというと、当初から真面目に書き込んでいる。とくに大好きなゴルフのスコアなどはきっちり書き込んでいた。
夫がときどき私に聞いてくるのは、もっぱら「昨日、何喰ったっけ?」である。認知症になると、つい先ほど食べたことも忘れるとか。まぁ、食べたことだけはしっかり覚えているのだから、「良し」でいいか。
しかし、夫と私に最近多くなった口癖が、「あの、ほら、あの人」。顔はしっかり分かるのに、そう、会話の中にその人の名前が出て来ないのだ。もう頭がモヤモヤと不快な気分になってしまう。だから、必死に探り出す作業を繰り返す。比較的早く思い出したり、何かの拍子にフッと出るならいいが、まったく出てこないと最悪である。
先日、本屋さんで気になるタイトルの本を見かけた。題して「人の名前が出てこなくなったときに読む本」。ムムム~、そんなときが「実は危険信号!」とある。脳細胞を活性化させて、認知症へ移行しないようにするためのハウツー本のようだ。
私の記憶の中で、認知症に関しての忘れられないショックな出来事を綴ってみたい。あれは40歳になった頃のことだ。故郷で小・中学校時代の同窓会が初めて行われた。久しぶりに会った同級生は、すぐに名前が分かる人や「誰だっけ?」と分からないほど変貌している御仁も。職業も様々で、その中に精神科医になったというО君が。子供時代にはあまり話したこともなかったО君だが、精神科医だというので、早速、聞いてみた。
「ねえ、ボケないためにはどうしたら良いの?」
「あぁ、安心してボケたらいいんだよ、くよくよしないで。ま、ボケたもん勝ちだね」
その言葉を聞いた私は、「なるほど~」「くよくよしない、ね」と、安心したり、感心したりしたものだった。あれから何十年が経つ。はたして今もО君はそんなことを言うのだろうか。
ところで、癌にかかる人が「2人に1人」という時代だが、認知症にかかる人も少なくない。65歳以上の認知症は3人に1人もいるらしい。認知症というと、中学時代に仲が良かったSちゃんのことを思い出す。
今思うと、彼女も私も、英語の先生から「好ましくない生徒」として、目をつけられていたようである。私は両親を早くに亡くし、祖母や年の離れた兄が親代わりだった。そのことが原因とは言わないが、今と違って性格は明るいほうではなかった。
Sちゃんも何か複雑な家庭環境があったのだろう、私と同じく明るくない。そんなわけで、何となく意気投合したものである。先生のやり口、たとえば金持ちの子をヒイキしたりしたのが嫌で、どうしても反抗的な態度しかとれない。理不尽に思えることがあると、先生への不満をぶちまけ合った。
歌が上手だった彼女は中学卒業後、音楽の専門学校に進む。高校へ進んだ道が違ったこともあって、大人になってからは交流も途絶えがちに。社会人になったSちゃんは独身を通し、地元でスナック喫茶を開く。誰にも気遣いが細やかな彼女の接客とお店の清潔さが評判を呼ぶ。
だから、同窓会が開かれると、気の合った者だけがそのお店で二次会をすることになった。もちろん、私もその一人である。旧知の仲はすっかり戻り、3年ごとの同窓会や実家での法事があるときには、必ずと言っていいほど、そのお店を尋ねた。
彼女は地元ですっかり人気者になっていたので、ふらりとその店に行けば、同級生の誰かに会えることもある。カウンターに座る私に、Sちゃんは手際よくコーヒーをいれてくれる。思い出話や最近の出来事、そして噂話などに花が咲く。だが、50歳を半ば過ぎたころになって、彼女にいろいろと理解しがたい言動が……。
「偏見は良くないわ。何かを見るとき、一方からだけ見ていてはダメね。例えば――」と言ってSちゃんは茶筒を取り出し、「底を見れば丸いけど、横から見れば長方形でしょ」
「なるほどね」
彼女が身近なものを使って話すことに私は感心した。
ところが、ものの5分も経たないのに、同じ話を得々として話し出すではないか。
(あれ~変だぞ)
しかし、私は黙ってうなずくしかない。その後も、あたかも初めて話すかのように、とくとくと同じ話を繰り返す。
それだけではない。同窓会の案内が行っているはずなのに、「来ていない」と主張する。私が「会えるのを楽しみしている」と書いた私のハガキのことも、「そんなもの見たことがない」と言う。他の友人が「くんちゃん(私のこと)のハガキも同窓会のハガキも、確かにSちゃんの家で見たよ、来ていたよ」とSちゃんに話してくれたのだが、聞く耳持たず。
あるときの同窓会の会場では、「靴が無くなった」と大騒ぎした。仕方なくスリッパで家へ帰る羽目になったのだが、後で聞くと、彼女の靴が一足下駄箱にポツンとあったという。その後も地元の同級生たちは、折を見てSちゃんの様子を見に行ってくれていた。奇麗好きで、おしゃれな彼女だったが、どんどんと様変わりしてゆく。
仕事盛りの男性陣がいつも同窓会に出られるとは限らない。そこで、故郷に戻る機会があれば、必ずSちゃんのスナック喫茶店に行く。ところが、彼女のあまりの変貌ぶりに誰もが大きなショックを受けることになる。アルツハイマー型認知症だったのか、若年性認知症なのか、何とも残念な話である。
同窓会は3年から2年ごとに変更されたが、もうSちゃんと会えることはなくなった。スナック喫茶店は違った職種のお店となっている。独身だったSちゃんには、日々の変化を見る身近な人がいなかった。介護施設で暮らしているが、尋ねた人の顔も認識していないようだ。彼女には好きな歌を歌いながら安穏とした余生を送って欲しいと願うしかない。
他の病気もそうだが、認知症も早期に発見することが大事だ。最近では、病気の進行を遅らせる薬も開発されているという。白井市だけではなく、全国の各市町村では認知症の予防法や、いろいろな支援活動も行われている。また、病気に対するノウハウをテレビ番組やネット情報からも知ることができるので、ぜひ参考にしてもらいたい。
こんな情報も知った。私が「へぇ、そうなの!」と思ったのは、認知症が現れる約10年前から「嗅覚の衰え」があるということだ。頭も性格も良くないし、片耳が聞こえない私だが、匂いや臭いに関しては敏感なほうだ。今でもそれは変わらないので、私、安心してもいいかも。
興味のあることにはどんどん挑戦し、どうにもならない嫌なことには、ひたすら悪態をつくことにしている。でも、たとえボケたとしても、落ち込むことはない。精神科医になった同窓生のО君が言っているではないか。「くよくよしないで、ボケた者が勝ち」と。けど、夫婦そろってボケたら、一体どうするのよ。誰か教えて~。