【連載】呑んで喰って、また呑んで㉕
イブの夜にオペラ歌手と…
●デンマーク・コペンハーゲン
毎年、クリスマスが近づくと、デンマークの首都、コペンハーゲンでのイブを思い出す。
ローマの中央駅近くでエライ目に遭った。ロマ(ジプシー)のガキたち7、8人に取り囲まれ、ジーンズのポケットに入れていた全財産を盗まれたのである。ミラノで旅行小切手を現金化することができたのだが、それでも1カ月ほどヨーロッパを旅し続けるのは難しい。できるだけ知人のところで泊まることにした。
コペンハーゲンでは、ニルスの家にやっかいになることに。そう、エチオピアの飢餓地帯をトヨタのランドクルーザーで一緒に取材した、あのデンマーク放送のニルスである(前々回に登場)。そんなわけで、川辺に面した築300年という古びたアパートに転がり込んだのだが、たまたまその日はクリスマス・イブだった。
ちなみに、デンマークでは「ユーレ・アフテン」というイブの夜に家族そろってクリスマス・ディナーを楽しむ。突然の賓客に、さぞ迷惑だったことだろう。夕食の食卓を囲んだのは、ニルスとオペラ歌手の新妻、10代前半の女の子(新妻の連れ子)、ニルスの親戚のおっさん、そして私の5人である。
さて、食卓に並べられている料理はというと、パンとチーズ、燻したサーモンとハムぐらいである。ポテトはあるが、ローストポークもローストダックも見当たらない。なんて貧しい食卓なのか。かといって、文句を言える立場ではない。まっ、仕方がないか。まずは赤ワインで乾杯だ。
「メリー・クリスマス!」
さ、食べようか。そう思っていると、ニルスの新妻が立ち上がった。
「夕食前に私の唄を聴いてね」
そう言うなり、彼女は唄い始めた。どこかで聴いたことのあるメロディーだ。イングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガードが共演した映画『カサブランカ』のテーマソング『時の過行くままに(As Time Goes By)』である。さすがオペラ歌手というだけあって、歌声が異常に大きい。脳天どころか、胃腸にもガンガンと響く。腹を空かせていたので、堪ったものではない。
新妻の唄が終わった。貧弱な料理だが、夕食にありつけるぞ。が、その前に呑んだワインがすきっ腹に効いたのか、酔いが早く回ってきたようで、ふらついてきた。ニルスの新妻はすこぶる上機嫌である。そして、再び立ち上がって、こう言い放った。
「さあ、みんなで踊りましょう!」
えーっ、踊るだ、と。いいかげんにしてくれよ、まったく。嫌がる私を彼女は引きずりるように椅子から立ち上がらせた。全員が立ち上がる。手と手を繋ぎ、食卓を取り囲むように輪をつくった。ダンスが始まった。オペラ歌手が訳の分からない歌を唄う。みんなが踊りながらくるくると回る。私の目も回ってきた。吐き気もしてきた。こいつら、私を殺す気か!
しかし、不思議なもので、数分も踊っているうちに楽しくなってきたではないか。気分も高揚してきた。食卓に戻ってからの会話も大いに盛り上がった。再びニルスの新妻が『時の過行くままに』を唄う。もう空腹ではなくなっていたので、天使の歌声のように聴こえたものである。