『これはあいつの名誉のためにいうが、おれは花安英と断袖《だんしゅう》の契りを交わした仲を装っていただけだ。
あいつはおれの真似をして、いろいろ遊んでいたようだが、本気じゃなかった。
それでも、あいつは熱心に『壷中』の任務に励んでいたから、やる気をなくしたおれが歯がゆかったのだろう。
喧嘩ばかりするようになって、これがまたおれの倦怠感に拍車をかけてくれた。
おまえさんと会うと、そんなうんざりした気持ちも吹き飛んだ。
おまえさんは、『壷中』に連れていかれていなけりゃ、そうだったかもしれない『おれ』だったからだ』
以降、程子文の、孔明に対する思い入れが、長々と綴られていた。
正直なところ、それを目にすることは趙雲にとっては苦痛であった。
すでに生《せい》の灯火《ともしび》の消えた者の、心の内に、土足で入り込んでいるような、居心地のわるさをおぼえたからである。
加えて、そこに展開していたのは、単なる友情だけではない。
憧れと、嫉妬と、激しい愛着の入り混じった、複雑きわまる心情であった。
断袖の趣味も持っていた男のたわ言、というだけではなかった。
程子文の心の動きのなかに、自分によく似た部分を見つけ、趙雲はうろたえた。
程子文は、孔明と再会し、その誇り高く、明快で、孤独と誤解をおそれない生き様に圧倒された。
もしかしたら、こんなふうになっていたかもしれない自分として、程子文は孔明に己の欠片を見出そうとする。
しかし孔明の放つ光輝は、程子文の想像をしのぐほどに、大きくまばゆいものであった。
やがて嫉妬といった醜い感情は駆逐され、純然たる憧れだけが胸のうちに残されていく。
一方で、程子文という男は、他者に愛情をかけることで、己を保たせようとする類いの男であった。
孔明が、理想の人物の域にまで高められてしまったので、ほかに愛情を向ける相手を探す。
そして、あらたに愛情を向けることになったのが、劉琦であった。
劉琦は、程子文の困った性癖を知りながらも、全幅の信頼を置いてくれる、稀《まれ》な器量の持ち主であった(その下りを読んだとき、趙雲は、劉琦を見直した)。
程子文の、劉琦に寄せる思いは、むしろ子を守ろうとする親のように温かく、つよいものであった。
程子文は己を許容してくれたはじめての『壺中』以外の人間である劉琦のために尽くすようになる。
同時に、おのれを縛り付けていた『壷中』との対立を明確にする。
劉琦と劉琮の対立が激しく表面化するにつれ、『壷中』の劉琦に対する攻撃の激化も予想されたからである。
程子文は、新野の麋竺と連携することにした。
麋竺もまた、事情があって『壺中』の影を振り払いたいと願っていたのだ。
そして二人で反旗を翻そうとする。
やがて待ち受けるのが、死そのものであると知りながら、それでも戦うことを止めなかった。
『おっとりとしていて気弱だと思われがちの劉公子だが、意外に頑固なところがある。
『壷中』の存在を劉公子が知ったなら、あの御仁は、『壷中』を潰しにかかるだろう。
陰険なのとはまるで縁のないお方だから、攫われた子供たちを解放し、豪族どもを糾弾するだろう。
しかしそれでは豪族どもが困る。
いや、もっと『壷中』で美味しい思いをしている奴が、いちばん困ることになる。
おれが劉公子から守らねばならない最大の敵、戦わねばならない敵は、そいつであった。
もうだいたい判っているだろう。
だが、あえてここには書かないで置く。
なにかの拍子で、これが劉公子の目に触れることも在りうるからな。
おれは目立ちすぎた。
劉公子から連中の目を逸らすためならなんでもやったからな。
そろそろ限界だろう。
だが、不思議と心は落ち着いている』
程子文、という男を、趙雲は知らない。
しかし孔明や劉琦、花安英らの様子を見ると、後進から慕われる男であったようだ。
奔放であったとしてもなお、この類い稀な気質を持つ青年軍師に存在感を見せる男。
ふしぎと人を惹きつける、魅力的な男であったのだろう。
たとえその素行は乱れていても、他者に向ける想いは、本物であったのだ。
つづく
※ 昨日はたくさんの方においでいただいたようで、感謝ですー♪
ブログ村・ブログランキングへの投票もありがとうございました!
今後ともがんばりますので、また遊びに来ていただけると嬉しいです(*^▽^*)
あいつはおれの真似をして、いろいろ遊んでいたようだが、本気じゃなかった。
それでも、あいつは熱心に『壷中』の任務に励んでいたから、やる気をなくしたおれが歯がゆかったのだろう。
喧嘩ばかりするようになって、これがまたおれの倦怠感に拍車をかけてくれた。
おまえさんと会うと、そんなうんざりした気持ちも吹き飛んだ。
おまえさんは、『壷中』に連れていかれていなけりゃ、そうだったかもしれない『おれ』だったからだ』
以降、程子文の、孔明に対する思い入れが、長々と綴られていた。
正直なところ、それを目にすることは趙雲にとっては苦痛であった。
すでに生《せい》の灯火《ともしび》の消えた者の、心の内に、土足で入り込んでいるような、居心地のわるさをおぼえたからである。
加えて、そこに展開していたのは、単なる友情だけではない。
憧れと、嫉妬と、激しい愛着の入り混じった、複雑きわまる心情であった。
断袖の趣味も持っていた男のたわ言、というだけではなかった。
程子文の心の動きのなかに、自分によく似た部分を見つけ、趙雲はうろたえた。
程子文は、孔明と再会し、その誇り高く、明快で、孤独と誤解をおそれない生き様に圧倒された。
もしかしたら、こんなふうになっていたかもしれない自分として、程子文は孔明に己の欠片を見出そうとする。
しかし孔明の放つ光輝は、程子文の想像をしのぐほどに、大きくまばゆいものであった。
やがて嫉妬といった醜い感情は駆逐され、純然たる憧れだけが胸のうちに残されていく。
一方で、程子文という男は、他者に愛情をかけることで、己を保たせようとする類いの男であった。
孔明が、理想の人物の域にまで高められてしまったので、ほかに愛情を向ける相手を探す。
そして、あらたに愛情を向けることになったのが、劉琦であった。
劉琦は、程子文の困った性癖を知りながらも、全幅の信頼を置いてくれる、稀《まれ》な器量の持ち主であった(その下りを読んだとき、趙雲は、劉琦を見直した)。
程子文の、劉琦に寄せる思いは、むしろ子を守ろうとする親のように温かく、つよいものであった。
程子文は己を許容してくれたはじめての『壺中』以外の人間である劉琦のために尽くすようになる。
同時に、おのれを縛り付けていた『壷中』との対立を明確にする。
劉琦と劉琮の対立が激しく表面化するにつれ、『壷中』の劉琦に対する攻撃の激化も予想されたからである。
程子文は、新野の麋竺と連携することにした。
麋竺もまた、事情があって『壺中』の影を振り払いたいと願っていたのだ。
そして二人で反旗を翻そうとする。
やがて待ち受けるのが、死そのものであると知りながら、それでも戦うことを止めなかった。
『おっとりとしていて気弱だと思われがちの劉公子だが、意外に頑固なところがある。
『壷中』の存在を劉公子が知ったなら、あの御仁は、『壷中』を潰しにかかるだろう。
陰険なのとはまるで縁のないお方だから、攫われた子供たちを解放し、豪族どもを糾弾するだろう。
しかしそれでは豪族どもが困る。
いや、もっと『壷中』で美味しい思いをしている奴が、いちばん困ることになる。
おれが劉公子から守らねばならない最大の敵、戦わねばならない敵は、そいつであった。
もうだいたい判っているだろう。
だが、あえてここには書かないで置く。
なにかの拍子で、これが劉公子の目に触れることも在りうるからな。
おれは目立ちすぎた。
劉公子から連中の目を逸らすためならなんでもやったからな。
そろそろ限界だろう。
だが、不思議と心は落ち着いている』
程子文、という男を、趙雲は知らない。
しかし孔明や劉琦、花安英らの様子を見ると、後進から慕われる男であったようだ。
奔放であったとしてもなお、この類い稀な気質を持つ青年軍師に存在感を見せる男。
ふしぎと人を惹きつける、魅力的な男であったのだろう。
たとえその素行は乱れていても、他者に向ける想いは、本物であったのだ。
つづく
※ 昨日はたくさんの方においでいただいたようで、感謝ですー♪
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