だが、ひとつの可能性が、頭をかすめる。
「|程子文《ていしぶん》が、実は生きている、ということはないか?
遺体は、見分けがつかないほどにズタズタにされていて、程子文だと確認したのは花安英だったというではないか。
死体を最初に見つけたのも花安英だ」
「正確には、最初に見つけたのは、花安英の片腕の悪い従者だ」
「どちらでもよい。花安英の従者であれば、嘘の証言はいくらでもするだろう。
それに、襄陽城の連中もいい加減なもので、流血沙汰をおこすのは、新野の人間に決まっていると、決め付けていたそうではないか。
殺されたのは別の男で、程子文は、おのれの死を道具に、|斐仁《ひじん》に罠をかける。
そうして、さも自分が殺されたように、襄陽城の人間に錯覚させ、斐仁に|己《おのれ》を殺した罪をかぶせ、斐仁の上役たる俺、俺の守るおまえ、というふうに、間接的な罠を展開させたのではないか?」
「それはないな。あなたは、程子文という男を知らないから、そういう可能性が出るのだ」
その言葉に、なぜだか趙雲はムッとした。
「ありとあらゆる可能性を考えるべきであろう。『壷中』の正体はわかった。
だが、われらが対峙すべきは、『壷中』を操る者どもだ。
しかし、程子文といい、おまえといい、さっきから、『豪族』とその名をひとくくりにして、具体的な名前を挙げることを避けている。
庇っているやつでもいるのか」
すると孔明は、器用に片側の眉だけをつりあげて、趙雲を睨むように見る。
「わたしが、豪族のだれかを庇っている、とでもいうのか。
わたしが、龐家や、黄家とつながりがあるから、具体的な名前を挙げることを避けていると」
「ちがうのか。ならば、なぜ、おれに新野に一人で帰れ、などと言ったのだ」
すると、それまでおとなしく木陰に座っていた孔明は、思い切り揶揄するような眼差しで、しばらくの間、趙雲を見つめていた。
じいっ、と、瞬きもせずに、まじまじと見ていた。
最初は、敢然とその眼差しを受け止めていた趙雲が、だんだんと居心地がわるくなり、たじろぐまで、じいっ、と見つめ続けた。
わかった、なんだか判らぬが悪かった、と言いかけたとき、ようやく孔明の唇が動いた。
「莫迦」
「莫迦?」
「あなたはときどき、ひどくおつむの調子が悪くなる。乱世の弊害か?」
「頭のよしあしと、乱世が関係あるのか?」
憮然と趙雲が言うと、孔明は、仕方がない、というふうにため息をひとつつくと、言った。
「まあいい。とりあえず、時代のせいにしておこう。では、はじめの問いから答えるか。
わたしがさきほどから『豪族』と|百把一絡《ひゃっぱひとからげ》に呼んでいるのは、具体的な名前なんぞ、いまの時点ではわからぬからだ。
わたしとて、千里眼を持つ仙人ではないのだ。情報が少なすぎる。
つぎに、わたしが誰かを庇っているのかという問いに答えよう。
わたしが庇っているのはあなただ。
得心はいったか? いかぬであろうな。
さらに答えよう。わたしがなぜ、あなたに一人で新野に帰れ、と言ったのか?
わたしと一緒だと、殺される可能性が高いからだ」
「殺されるだと? それは、俺がおまえを守りきれずに、命を落とすかもしれない、ということか。
ならば、余計に一人で帰れるか。俺はおまえの主騎だぞ。
主騎が、守護の対象を見捨てて、わが君もとへ帰れるわけがなかろうが」
「いいや、わたしは殺されない。『壷中』にとって、わたしは敵ではないからだ」
「…なんだと?」
言葉が出るまで、ずいぶんと時間がかかった。
そのあいだ、孔明は、木陰に座り、うろたえる趙雲を凝視していた。
孔明の眼差しは、責めるようなきびしいものではなく、趙雲の様子をさぐっているような、冷静なものであった。
趙雲は、その視線を受け止めて、かえって不安をおぼえつつ、孔明のことばをなぞった。
「つまり、俺たちの敵は『壷中』ではない、と?」
「そうではない。わたしの、諸葛孔明の『敵』ではない、ということだ」
とたん、趙雲は肩の力がぬけた。
そういうことか?
「おまえ、強気なのもほどほどにしろ」
趙雲が眉をしかめて、大真面目にそういうと、孔明は、苦笑いを浮かべる。
「ああ、ちがう。そういう意味ではない」
「ちがうのか。では、おまえが『壺中』の敵ではないという、その根拠は何だ?」
つづく
※ 昨日もたくさんの人にお越しいただけたようで、ありがとうございました!(^^)!
ブログ村およびブログランキングに投票してくださったみなさまも、ありがとうございます、光栄です!
これからもしっかり気合入れていきます♪
寒暖差の激しい毎日ですが、皆様、どうぞご自愛くださいませね。
わたしも気を付けます。
「|程子文《ていしぶん》が、実は生きている、ということはないか?
遺体は、見分けがつかないほどにズタズタにされていて、程子文だと確認したのは花安英だったというではないか。
死体を最初に見つけたのも花安英だ」
「正確には、最初に見つけたのは、花安英の片腕の悪い従者だ」
「どちらでもよい。花安英の従者であれば、嘘の証言はいくらでもするだろう。
それに、襄陽城の連中もいい加減なもので、流血沙汰をおこすのは、新野の人間に決まっていると、決め付けていたそうではないか。
殺されたのは別の男で、程子文は、おのれの死を道具に、|斐仁《ひじん》に罠をかける。
そうして、さも自分が殺されたように、襄陽城の人間に錯覚させ、斐仁に|己《おのれ》を殺した罪をかぶせ、斐仁の上役たる俺、俺の守るおまえ、というふうに、間接的な罠を展開させたのではないか?」
「それはないな。あなたは、程子文という男を知らないから、そういう可能性が出るのだ」
その言葉に、なぜだか趙雲はムッとした。
「ありとあらゆる可能性を考えるべきであろう。『壷中』の正体はわかった。
だが、われらが対峙すべきは、『壷中』を操る者どもだ。
しかし、程子文といい、おまえといい、さっきから、『豪族』とその名をひとくくりにして、具体的な名前を挙げることを避けている。
庇っているやつでもいるのか」
すると孔明は、器用に片側の眉だけをつりあげて、趙雲を睨むように見る。
「わたしが、豪族のだれかを庇っている、とでもいうのか。
わたしが、龐家や、黄家とつながりがあるから、具体的な名前を挙げることを避けていると」
「ちがうのか。ならば、なぜ、おれに新野に一人で帰れ、などと言ったのだ」
すると、それまでおとなしく木陰に座っていた孔明は、思い切り揶揄するような眼差しで、しばらくの間、趙雲を見つめていた。
じいっ、と、瞬きもせずに、まじまじと見ていた。
最初は、敢然とその眼差しを受け止めていた趙雲が、だんだんと居心地がわるくなり、たじろぐまで、じいっ、と見つめ続けた。
わかった、なんだか判らぬが悪かった、と言いかけたとき、ようやく孔明の唇が動いた。
「莫迦」
「莫迦?」
「あなたはときどき、ひどくおつむの調子が悪くなる。乱世の弊害か?」
「頭のよしあしと、乱世が関係あるのか?」
憮然と趙雲が言うと、孔明は、仕方がない、というふうにため息をひとつつくと、言った。
「まあいい。とりあえず、時代のせいにしておこう。では、はじめの問いから答えるか。
わたしがさきほどから『豪族』と|百把一絡《ひゃっぱひとからげ》に呼んでいるのは、具体的な名前なんぞ、いまの時点ではわからぬからだ。
わたしとて、千里眼を持つ仙人ではないのだ。情報が少なすぎる。
つぎに、わたしが誰かを庇っているのかという問いに答えよう。
わたしが庇っているのはあなただ。
得心はいったか? いかぬであろうな。
さらに答えよう。わたしがなぜ、あなたに一人で新野に帰れ、と言ったのか?
わたしと一緒だと、殺される可能性が高いからだ」
「殺されるだと? それは、俺がおまえを守りきれずに、命を落とすかもしれない、ということか。
ならば、余計に一人で帰れるか。俺はおまえの主騎だぞ。
主騎が、守護の対象を見捨てて、わが君もとへ帰れるわけがなかろうが」
「いいや、わたしは殺されない。『壷中』にとって、わたしは敵ではないからだ」
「…なんだと?」
言葉が出るまで、ずいぶんと時間がかかった。
そのあいだ、孔明は、木陰に座り、うろたえる趙雲を凝視していた。
孔明の眼差しは、責めるようなきびしいものではなく、趙雲の様子をさぐっているような、冷静なものであった。
趙雲は、その視線を受け止めて、かえって不安をおぼえつつ、孔明のことばをなぞった。
「つまり、俺たちの敵は『壷中』ではない、と?」
「そうではない。わたしの、諸葛孔明の『敵』ではない、ということだ」
とたん、趙雲は肩の力がぬけた。
そういうことか?
「おまえ、強気なのもほどほどにしろ」
趙雲が眉をしかめて、大真面目にそういうと、孔明は、苦笑いを浮かべる。
「ああ、ちがう。そういう意味ではない」
「ちがうのか。では、おまえが『壺中』の敵ではないという、その根拠は何だ?」
つづく
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わたしも気を付けます。