劉琮は花安英《かあんえい》よりさらに年下のはずだが、この落ち着きぶりはどうだろう。
うしろにお付きの侍女や取り巻きを引き連れているとはいえ、変にはしゃぐこともなければ、尊大すぎるというふうでもない。
なにより、劉琮は闊達《かったつ》な叔父の蔡瑁によく似ていた。
曹操と同年に孝廉《こうれん》として推挙された蔡瑁は、華々しい経歴を持つにふさわしい堂々とした美丈夫でもあった。
劉琮は、そんな蔡瑁をちいさくしたような感じだ。
才気煥発なところ愛されて、劉表は自分によく似ていると公言していると聞いていたが、外貌だけ見ると、温和でおとなしい劉琦のほうが劉表に似ている。
「話を途中から聞いてしまったのだけれど、叔父上が取り調べをしている囚人を自分で尋問したいのですって?」
「琮よ、どこから聞いていた」
うろたえている劉琦がたずねると、劉琮は平然と答えた。
「花安英が『囚人に会わせる権限は兄上にはない』と言ったところから。花安英の声は響きますからね」
伊籍が花安英を振り返って、にらみつける。
花安英がどんな顔をしているのかは、孔明のほうからは、はっきり見えなかった。
反省しているといいのだが。
「囚人に会いたいのなら、わたしが叔父上に口をきいてあげましょうか」
あっさりと言ってのける劉琮に、孔明は内心おどろいたが、表情には出さず、軽く微笑するだけにとどめた。
「ありがとうございます、そうしてくださるなら、手間が省けます」
「お役に立てて何よりですよ。わたしは、あなたとは仲良くしたいんだ。でも、ただというのは、こちらが面白くありません。
孔明どの、よろしければ、新野の様子をわたしに教えてくださいませんか。わたしは新野に行ったことがないので、興味があるのです」
「そのようなことでしたら、お安い御用です」
「では、決まりだ。今宵、歓迎の宴をひらきます。そこでお話ししましょう。
なに、宴といっても、ごく身内だけのささやかなものですから、気を遣わずにいらしてくださいね」
ああ、楽しみだな、などと言いながら、劉琮は言うだけ言うと、さっさと取り巻きの一団を引き連れて、|踵《きびす》を返していった。
「おかしなことになったな」
趙雲に声をかけられるまで、孔明は劉琮のうしろ姿を目で追っていた。
劉琮は香木でたきしめた衣を着ていたらしく、残り香がまだそこいらに漂っている。
取り巻きたちの衣装も派手であったし、なにより若々しい生気にあふれていた。
振りかえると、雨に濡れた犬のような顔をした劉琦が、苦労で老け込んだ顔をしている一団とともに孔明を見ている。
元気そうなのは花安英だけであった。
劉琦と目が合うと、弱弱しく、にこりと微笑む。
「話が早く進んだようで、ようございました」
「あまりにトントンと話が進んだので、罠かもしれぬとさえ思っておりますよ」
「弟は、単純に新野のようすを知りたいのでしょう。父と義母がいつくしむあまり、あれを襄陽から出さぬようにしておりますから」
劉琮がほとんど襄陽から出ないというのは、父母の愛情のあかしだと思われているらしい。
息が詰まってしまうだろうにと孔明は思ったが、口には出さない。
「子龍、聞いた通りだから、今宵はわたしは劉琮どのの宴に出る。あなたは公子のもとに残って、公子をお守りしてくれないか」
趙雲は眉をあげて抗議してきた。
「それでは、おまえの守りはだれがする」
「だれがそばにいなくても問題ないよ。むしろ、この城の中では、劉琮どののそばにいるほうがいちばん安全だろう。徳珪《とくけい》(蔡瑁)どのも、かわいい甥の客人には手をつけまい」
「しかし、何かあったら?」
「何かある可能性があるのは、いまは公子のほうだ。頼むよ、子龍。仮にこれが罠だとしても、虎穴に入らずんば虎児を得ず、だよ。なにかしら収穫を得て帰ってくるさ」
「そこまで言うなら」
趙雲はしぶしぶというふうに、引き下がった。
「さて、そのまえに、どうしても見ておきたいものがある」
孔明はふたたび劉琦のほうを向く。
「公子、程子文《ていしぶん》が死んだ場所へ案内していただけませぬか。
そして、かれの最期がほんとうはどうであったのか、教えてください」
つづく
うしろにお付きの侍女や取り巻きを引き連れているとはいえ、変にはしゃぐこともなければ、尊大すぎるというふうでもない。
なにより、劉琮は闊達《かったつ》な叔父の蔡瑁によく似ていた。
曹操と同年に孝廉《こうれん》として推挙された蔡瑁は、華々しい経歴を持つにふさわしい堂々とした美丈夫でもあった。
劉琮は、そんな蔡瑁をちいさくしたような感じだ。
才気煥発なところ愛されて、劉表は自分によく似ていると公言していると聞いていたが、外貌だけ見ると、温和でおとなしい劉琦のほうが劉表に似ている。
「話を途中から聞いてしまったのだけれど、叔父上が取り調べをしている囚人を自分で尋問したいのですって?」
「琮よ、どこから聞いていた」
うろたえている劉琦がたずねると、劉琮は平然と答えた。
「花安英が『囚人に会わせる権限は兄上にはない』と言ったところから。花安英の声は響きますからね」
伊籍が花安英を振り返って、にらみつける。
花安英がどんな顔をしているのかは、孔明のほうからは、はっきり見えなかった。
反省しているといいのだが。
「囚人に会いたいのなら、わたしが叔父上に口をきいてあげましょうか」
あっさりと言ってのける劉琮に、孔明は内心おどろいたが、表情には出さず、軽く微笑するだけにとどめた。
「ありがとうございます、そうしてくださるなら、手間が省けます」
「お役に立てて何よりですよ。わたしは、あなたとは仲良くしたいんだ。でも、ただというのは、こちらが面白くありません。
孔明どの、よろしければ、新野の様子をわたしに教えてくださいませんか。わたしは新野に行ったことがないので、興味があるのです」
「そのようなことでしたら、お安い御用です」
「では、決まりだ。今宵、歓迎の宴をひらきます。そこでお話ししましょう。
なに、宴といっても、ごく身内だけのささやかなものですから、気を遣わずにいらしてくださいね」
ああ、楽しみだな、などと言いながら、劉琮は言うだけ言うと、さっさと取り巻きの一団を引き連れて、|踵《きびす》を返していった。
「おかしなことになったな」
趙雲に声をかけられるまで、孔明は劉琮のうしろ姿を目で追っていた。
劉琮は香木でたきしめた衣を着ていたらしく、残り香がまだそこいらに漂っている。
取り巻きたちの衣装も派手であったし、なにより若々しい生気にあふれていた。
振りかえると、雨に濡れた犬のような顔をした劉琦が、苦労で老け込んだ顔をしている一団とともに孔明を見ている。
元気そうなのは花安英だけであった。
劉琦と目が合うと、弱弱しく、にこりと微笑む。
「話が早く進んだようで、ようございました」
「あまりにトントンと話が進んだので、罠かもしれぬとさえ思っておりますよ」
「弟は、単純に新野のようすを知りたいのでしょう。父と義母がいつくしむあまり、あれを襄陽から出さぬようにしておりますから」
劉琮がほとんど襄陽から出ないというのは、父母の愛情のあかしだと思われているらしい。
息が詰まってしまうだろうにと孔明は思ったが、口には出さない。
「子龍、聞いた通りだから、今宵はわたしは劉琮どのの宴に出る。あなたは公子のもとに残って、公子をお守りしてくれないか」
趙雲は眉をあげて抗議してきた。
「それでは、おまえの守りはだれがする」
「だれがそばにいなくても問題ないよ。むしろ、この城の中では、劉琮どののそばにいるほうがいちばん安全だろう。徳珪《とくけい》(蔡瑁)どのも、かわいい甥の客人には手をつけまい」
「しかし、何かあったら?」
「何かある可能性があるのは、いまは公子のほうだ。頼むよ、子龍。仮にこれが罠だとしても、虎穴に入らずんば虎児を得ず、だよ。なにかしら収穫を得て帰ってくるさ」
「そこまで言うなら」
趙雲はしぶしぶというふうに、引き下がった。
「さて、そのまえに、どうしても見ておきたいものがある」
孔明はふたたび劉琦のほうを向く。
「公子、程子文《ていしぶん》が死んだ場所へ案内していただけませぬか。
そして、かれの最期がほんとうはどうであったのか、教えてください」
つづく