はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 太陽の章 その55 最期のことば

2023年02月09日 10時09分32秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章



陳到は、劉備がやってくるまえに、いろいろわからないことを尋ねていたのだが、麋竺は、
「なにもかも明らかにするが、それはわが君が来てからだ」
と、なかなか口を開かなかった。


しかも、嫦娥《じょうが》が一緒にいてくれなくては困るという。
その口ぶりから、麋竺が新野から出た際に、いっしょに襄陽城に連れて行った「若い女」こそ、この嫦娥だったのだろうと、陳到は見当をつけた。


麋竺が嫦娥の身を案じているのはあきらかであった。
関羽は、ふたりを劉備のところへ連れて行こうとした。
しかし、今度は嫦娥が、瀕死の怪我人を置いて、屯所から出ることはできないと頑張ったのだ。


斐仁の命はあきらかに消えかけていた。
もはやうめくことすらできない。
次第に、その顔色が、土気色に変わっていくのがわかる。


麋竺の斐仁を見る目に、憐憫はない。
かといって冷酷に見下すでもなく、悲し気な顔をして、嫦娥の手当てをじっと見つめていた。
麋竺と斐仁。
身分も立場もちがうはずの両者のつながりは、どんなものであろうか。


ともかく、嫦娥が屯所を動かないので、麋竺もやはり動かない。
仕方がないので、劉備を呼んで来る、ということになった。


劉備は、麋竺をかばう嫦娥をみて、はてな、と首をかしげている。
「姐さん、どうも貴女とは初対面ではないな」
「あいにくと、わたしは劉豫州とお会いしたことはございませぬ。
わが名は嫦娥、帯下医を生業にする者でございます」
ほう、と驚きつつも、劉備は納得せず、首をひねりつづける。
「おかしいな、わしは人の顔を覚えるのは得意なのだ。
どこで会ったのだったかな。
あんたみたいな別嬪《べっぴん》、なかなか忘れられるものじゃないのだが」


意外なことに、容姿を誉められた嫦娥は、喜ぶどころか、皮肉げに唇をゆがめるばかりであった。
劉備の言葉はいつも直球である。
たいがいの者の微笑をさそうものであるので、このような醒めた反応はめずらしい。
劉備自身も、ちょいと勝手がちがうようだと戸惑っているのが、傍目にもわかった。


そうして、あっとなる。
「思い出した、孔明だ。
孔明の引っ込んでいた隆中の草庵で会ったのだ。
ただそのときは、ちらりと笠の下の顔を見ただけであったから、すぐに判らなかったのだよ。
あんたはたしか、孔明の草庵の外で、なにやら手持ち無沙汰にしていたっけな。
わしが何をしているのだと尋ねたら、家の者に用がある、といって、孔明の弟御のところへ行ってしまったのだ。
そうかい、あんたは孔明の知り合いかい。
おい、わしの記憶力も、まだまだ衰えてないだろう」


得意そうに関羽に言う劉備だが、むすっとした関羽にすぐにたしなめられた。
「兄者が賢いのは、よーくわかった。
だが話を元にもどそうではないか。
使者にあらかたの事情は話させたが、兄者はどこまでわかっている?」
「壷中っていう、劉表どのが操っている組織が、妙な動きをしていること、どうやらわしらにとってまずいことになりそうだ、っていうこと。
さらにまずいことには、孔明と子龍が襄陽城の壷中ってのと対決しているらしいということ。
斐仁が帰って来たが、麋芳のウッカリ者が半死半生の目に遭わせてしまったので、話が聞けない状態だ、ということ。
それから子仲《しちゅう》(麋竺)さんが元気で戻ってきたということだ」
「概要は掴んでいる、ということだな。
細かい事に関しては、子仲どのがお話ししてくださる」


麋竺が、意を決したらしく、顔をあげたときである。
がたり、と陳到の背後で大きな物音がした。
みると、驚いたことに、身動きひとつできなくなっていた斐仁が、起き上がり、懸命に劉備になにかを訴えようとしていた。


「斐仁、わしになにが言いたい」
勘の良い劉備は、無駄な問いはせず、斐仁の元へ駆け寄った。
そして、虫の息の斐仁を抱きかかえる。
斐仁は、死にからめとられながらも、懸命に唇を動かして、劉備に言葉を告げる。
「軍師が、子龍どのをお助けするため、壷中にみずから捕らわれ、それをお助けするため、子龍どのも襄陽城へ戻り…」
「うん、それで?」
声が消え入りそうになるのを、劉備は励ましつつ、促す。
「子龍どのは、潘季鵬《はんきほう》の罠と」
「潘季鵬?」


劉備は、顔をあげ、やはり斐仁の声を必死に聞き逃すまいと、そばに寄っている関羽と顔を見合わせた。
劉備と関羽のどちらも、公孫瓚のもとに身を寄せたさい、趙雲を指導していた潘季鵬と面識がある。


「潘季鵬は、壷中の、要で」
「壷中ってのは、どうして軍師を捕らえた?」
「子龍どのを、捕らえるため」
「なんだと、なんだって子龍が狙われる?」
だが、それには答えず、斐仁は、最後の力を振り絞って、劉備の襟元をぐっと掴むと、必死の形相で訴えた。
「仇を、わが一族の仇を」
劉備が肯くのを待たず、斐仁のからだから、すうっと力が抜けた。
斐仁は、七年間、偽りの忠誠を誓い続けてきたその相手に看取られ、事切れた。


つづく


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さて、太陽の章もあと半分というところまできました。
早いものですねえ。
PCが使えなかった一か月があったにせよ、だいたい連載に一年かかりました。
大幅に加筆したということもありますが、以前のバージョンとくらべると、だいぶ長くかかったなあという印象です。
続編制作も、どんどんやっていかねば! がんばりまーす!
ではみなさま、よい一日をー('ω')ノ



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