あべちゃんの写楽生活

撮ることが楽しいのか、楽しいから撮るのか

満を持して真打ち登場です

2015年12月19日 03時48分13秒 | シャネル フレグランス

 

今までシャネルのフレグランスを紹介してきましたが、

あえてNo.5を避けてきました。

  

というのは、かなりのボリュームになることが予想されたためです。

しかし、私のような50代の感じる温度と今の若者に感じる

温度に差があることに気がつきました。

私たちの年代はシャネルといえばNo.5なのですが、若者は

数ある製品のなかの一つ、ワン・オブ・ゼムなのですよ。

ということで、取り立てて区別することなく、普通に紹介

することがいいのではないかと思いました。

 

まず最初にいろんな文献やウィキペディアで紹介されている、

一般的なことから。

香りに興味が無い方でも、話のネタとして読んでいただければ幸いです。

No.5はシャネルの最初の香水です。

1920年に発表されました。

もう95年も前なんですよ。

シャネルは最初、帽子のデザインを始めました。

それから服のデザインに広げていったのですが、当然

香りも視野に入っていたことは容易に想像できます。

しかし以前にもこのブログで書きましたが、いかに天才デザイナーと

いえど、服をデザインするのと香水を調合するのでは

まったく違う知識と才能を必要とするのです。

ですから有名メゾンの香水は調香師と呼ばれる人に

調合を委託しているのです。

 

No.5を調合したのはロシア生まれのエルネスト・ボーです。

彼はシャネルと知り合う前から、いくつか作品をストック

していたようです。

シャネルから依頼されたとき、彼は10のサンプルを

No.1~No.5、No.20~No.24の2つのグループに分けて

持っていったとされています。

彼女は、そのどちらかのグループの5番目のサンプルが気に入って

採用したそうです。

そのとき「何という名前にしますか?」とボーが尋ねたら、

「私の5回目のコレクションが5月5日にあるの。5という数字は

 私に幸せをもたらしてくれるような気がするわ」

と言って、No.5という名前になったらしい。

以上が、ググればわかる知識です。

ここからはあべちゃんの推測です。

シャネル本人がネーミングについて言及している記録はないはず。

そう言ったらしい、という話だけである。

カリスマには「神話」が作られる。

もっと単純な理由だったのだが、周りがイメージ戦略で

作り上げたものかもしれない。

クリスチャン・ディオールの娘は自分の父親の

会社に勤めていた。

ある日、大遅刻をしたのだがすこしもおくびれず、

「ボンジュール・メッシュ(おはよう、みなさん)」

といったため、「おやおや、娘も大物だねぇ」

という意味を込めて新製品に「ミス・ディオール」

と名付けたという逸話が残っているが、

これも後から作られた作り話である、

というのが今日の定説である。

ボーがNo.5を北欧の白夜をイメージして作った、とされているが

どこが北欧でどこが白夜なのか、私にはわかりません。

本当に言ったのかよ。

ちなみに以前紹介したNo.22もボーの作品です。

 

No.5の成功はそのやさしさにあると思う。

日本人と西欧人の違いを肌で感じる時がある。

海外のヴォーグというファッション雑誌を読むと、

たまに綴じ込みで広告と一緒に香水のサンプルが

封入されていることがある。


その香りを嗅いでみると、直接的というか刺激的

というか、およそ日本人とはかけ離れたフィーリングだ。

個性を求める人種だから、鼻先にガツンとくる

ものが好まれるのかもしれない。

これをそのまま日本に輸入しても売れないだろうな、

という感じがする。

その点、No.5は甘い優しい香りである。

西欧人にはちょっと物足りない感じがするかもしれないが、

日本を含むアジア圏にはうけた。

感性が合ったのかもしれない。

香りには好き嫌いがあるが、No.5をイヤな匂いと感じる

人は日本にはあまりいないのだ。

シャネルは有名ブランドだし、No.5はモンローで有名だし、

香りは悪くないし。

日本人の大好きポイント満載。

No.5は贈って失敗しない香水だったのだ。

No.5が世界展開に成功したのはこのような理由も

あったのではないかと思います。

偉そうに書いてますが、あくまでも私(あべちゃん)の私見です(笑)。

 

あと、これも私の推測だが、シャネルの日本法人、シャネル株式会社

のメインストリームはコスメ(化粧品)ではないかと思われる。

私が若い頃はフランスで製造された物を直接輸入していたので、

中には「ちょっとこれは・・・」というのもあったのだ。

しかし今は現地法人ができて、その国、土地の趣向などを分析し

細かい商品展開ができるようになっている。

なにしろ、広告量、新製品の投入スパンがフレグランスとは

まったく違うのだ。

コスメは単価はフレグランスに比べて安いが使用する量が多い。

毎日、どこでも化粧する女性なんてザラにいるでしょ?

女性は一度気に入ったブランドが見つかったら、ずっと使ってくれる。

これは会社にとってはかなりおいしい。

格下げとまでは言わないが、フレグランスは主力製品ではなくなった

感じがするのだ。

 

30年くらい前の骨董品のようなパンフレット

たった4ページ

 

  

それが今では厚さでこれくらい。

  

コスメはもっとえげつない。

  

けっこうレアなNo.5のサンプル。サンプルまでかっこいいのはさすが。

どこのシャネルコーナーでももらえる、というものではないらしい。

地方の小さいコーナーには配布されていない感じだ。

ちなみにこれは銀座店からもらった物。

  

最後に香水は高い、というイメージがある。

たしかに花精油と呼ばれる花から抽出したものは、

その使用した花の量からすると、ほんのわずかである。

だからある程度の金がかかるのは、いたしかたない。

「No.5だから材料は高級品ばかりなんでしょ?」

たしかにローズ・ド・メのように希少品種もある。

しかし、以外と知られていないのがアルデヒド、合成香料だ。

そう、No.5には合成品も入っているのだ。

香水に人工物を取り入れた最初の香水と言ってもいい。

ボーは天然物以外使わない、などとは言わずに

合成品のもつ可能性に期待していた感じがある。

今でこそ安物の代名詞の合成香料だが、当時は伸びしろの多い

これからの素材だったのだ。

今までは花から抽出するしかなかった香料が人間の手で

つくれるようになったのだ。

これだけでも当時、かなりワクワクしたことが想像できるよね。

しかし、近頃はこのアルデヒドが足を引っぱるような感じだ。

アルデヒドの弱点は「香りがこもる」のだ。

今はスカッと爽やかに抜ける香りが好まれる傾向にある。

だから、シャネルでも最近発売されている物にはあまり

配合されていないような感じがする。

しかし、アルデヒドには香りを安定させる働きもあるので、

安定剤として多少は配合されているはずです。

しかし、これが95年前に発売された製品であるとして見た場合、

そのポテンシャルはすごい。

今でも古さを感じないし、いい香りである。

やっぱり名香なんだね。

おまけの話になるが、昔はシャネルの日本法人がなかった。

輸入総代理店という会社が日本での販売、宣伝を一手に引き受けていた。

ブランドごとに輸入総代理店は違っていた。

現地に赴き「これだ!」と思うブランドに掛け合い、ライセンスをもらうのだ。

コロネット商会という会社だった。今でもあるかは、わからない。

海外旅行で直接フランスから買ってくる以外、日本人はコロネット商会

からシャネルを買うしかなかったのだ。

だから、当たれば大きい。

バイヤーは血眼になって新しいブランドを開拓していた。

タバスコの輸入総代理店がアントニオ猪木の会社だった、というのは

有名な話である。

一般の化粧品店がコロネット商会からシャネル製品を仕入れられるかと

言えば、それは違ったようだ。

よく分からなかったが、デパートのような大手に卸していた感じがする。

シャネルの利益に輸入総代理店の利益がプラスされ、さらに小売店の

利益がプラスされれば安くなるわけがない。

しかも当時は1ドル300円くらいだった。

当時は今よりも高嶺の花だったんだね。

 

長文にお付き合い、ありがとうございました。

 

コメント
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