目指せ! 標高1122メートル

山の神にお供して歩きつづける、ある山のぼら~の記録。ネイチャー、冒険の本もとりあげるよ。

野鳥観察用に双眼鏡を買ってしまった!

2020-06-28 | 山道具&ウェア
Nikon スポーツスターEX8×25DCF(25ミリ口径)
 
バードウォッチング用に双眼鏡を買ってしまった。だんだんとバードウォッチング熱が自分のなかで高まっているのを感じつつ、先日のバードウォッチング雑誌『BIRDER』の双眼鏡特集を見ていたこともあって、心の中で買ってしまおうと決意していた。山中で姿を見つけても、遠くで黒っぽくしか見えず、何の鳥だかまったくわからないことが多く、いらだっていたことが主な理由かもしれない。
 
何を買うか迷ったが、日本野鳥の会のサイトで入門者用におすすめとされていた上記写真のコンパクトなものをチョイスした。しかし野鳥の会のサイトで購入すると、ほとんど定価どおり(?)なので、Bicカメラのサイトでポイントを使って9,000円くらいで購入した。いろいろなサイトで価格を比較してみると、安く買える。
 
さっそく御前山の山行に持っていったのだが、まったく役に立たなかった。葉が生い茂っているこの時期、バードウォッチング目的で山に入ってもなかなかその姿を見つけられないのに、ふつーに登山をしていて、ついでに野鳥を見ようというのは無理というものだった。しかも登山道付近であまり鳴き声を耳にすることはなかった。やはり葉が落ちた冬がベストシーズンなのか。
 
オナガ
 
ということで、観察場所を近所に変えようかと思っている。最近よく目にするのは、長い尾羽が特徴のオナガ。名は体を表すというが、そのまんまだ。飛んでいても、木の枝に留まっていても、その長い尾でそれと気づく。まずはオナガ観察に使ってみることにした。
 
 
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情熱大陸、再び平出和也氏登場!

2020-06-23 | テレビ・映画


パキスタン、ギルギット Irfan HaiderによるPixabayからの画像

『情熱大陸』「絶景!冒険!ヒマラヤの未踏ルートへ 登山家平出和也」と題した2020年6月14日(日)の放送を見た。

平出和也さんは若きクライマーと思っていたが、いつの間にか41歳。本人もその自覚があるようで、体力の衰えを口にするようになり、あと数年が勝負という。来年(2021年)の未踏ルートをたどってのK2登頂にかける意気込みを語っていた。

その前哨戦として昨年2019年カラコルム山脈のラカポシ7788mを未踏ルートで登った様子を、番組では逐一追いかけていた。平出和也さんは登山界のノーベル賞といわれているピオレドール賞を2018年になんと2度め、相棒の中島健郎さんとともに受賞していて、今回も気心の知れた同氏とともに挑戦した。

2019年6月パキスタンのキルギットに2人は乗り込んだ。K2をにらんでのトレーニングであり、複雑な地形のラカポシは経験を積むのにはうってつけであるという。

入山7日目BC(ベースキャンプ)で大規模な雪崩を目撃する。ラカポシはルート上に大きなセラック(雪と氷)があり、それは運が悪ければ目の前で表層雪崩と化してしまう。雪崩に飲み込まれないようにするためには、雪面がよく締まった気温が低い朝のうちに通過しなければならない。

番組ではそんなリスクもあるのだとしながらも、たんたんと登山の過程を紹介していった。ルートの標高は以下のとおり。
BC 3660m--C1 5200m--C2 6200m--C3 6800--Summit7788m

初日 BCからC1(キャンプ1)ヘ。お互いを撮影しながら和気あいあいと進むも、吹雪に見舞われる。-5℃
2日目 早朝4:30にC1を出て、膝までの雪に悩ませられながらセラック地帯を無事に抜けC2へ。-8℃
3日目 朝から好天でナンガパルバット、ディラン(2013年登頂)が見える。山岳カメラマンでもある彼らはドローンも操って撮影しながらC3ヘ。-10℃
4日目 天候の悪化。どか雪に見舞われる。テントが雪の重みでつぶれないように、必死に雪かきに精を出す。50時間後やっと晴れてくる。
6日目 サミットプッシュ。4:00にC3を出るが、平地の40%の酸素量しかなく、呼吸がどうしようもなく荒くなる。それでも12:00登頂を果たし、性懲りもなく(笑)ドローンを飛ばす。-20℃
7日目 BCに戻る。

日本ではまったくといっていいほど、報道されなかったが、現地のパキスタンでは、未踏ルートをたどってのラカポシ登頂は快挙に値すると、新聞にでかでかと平出、中島両氏の写真が掲載された。

2021年はいよいよK2挑戦。来年の今頃(6月)は、BCに向かっている頃だと、平出さんは中島さんに語りかけていた。

 

過去記事
クレイジージャーニー、アルパインクライマー平出和也登場!
「情熱大陸」平出和也さん、次はK2未踏ルート

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栃寄から御前山

2020-06-21 | 山行~奥多摩・奥武蔵

標高 1405m 東京都

2020年5月30日(土)晴れ

メンバー 山の神と私

コースタイム 7:25栃寄観光用駐車場7:35--林道ゲート--8:24トチノキ広場8:32--9:25カラマツの広場9:36--御前山避難小屋--10:23御前山山頂10:36--11:13カツラの巨木--11:16活動の広場(昼食)11:56--カツラの巨木--12:23トチノキ広場12:30頃--12:57栃寄森の家--13:12駐車場

非常事態宣言解除後、初の登山。東京都を出るのははばかれるので、久々に奥多摩に照準を合わせた。奥多摩の山地図とにらめっこし、まだ歩いたことのない栃寄から御前山に登ることにした。

5:12自宅を山の神とともに出発する。交通量はそれほどでもなく順調に進み、吉野街道のコンビニで買い出し。寒山寺の駐車場(トイレあり)にすべりこんだ。釣り客らの車がすでに何台も駐車している、その一角に割り込み、朝食をとった。


左:広い栃寄観光用駐車場(トイレなし) 右:ゲート付近

再び車を走らせ、国道411号からトンネルを越えたところで栃寄に左折する。幅が極端に細いところがあるので要注意の道だ。途中望遠レンズを装着したカメラの放列が崖下へ向けられていたから、鷹の巣でもあるのかと思ったが、野次馬している場合ではないとスルー。寒山寺駐車場から30分ほどで栃寄観光用駐車場に到着した。先着はわずかに1台のみ。

7:35山支度を整え、山の神と駐車場を後にする。車道を歩いていくと、すぐに栃寄森の家が出てくる。そこを回り込んでどんどん上がっていく。ゲートを越え、右手に登山口があるはずと見ていくが、ピンクテープがつけられているところが2か所ほどあったが、よくわからずそのまま通過する。とくに指導標もない。


左:車道から見つけた栃寄大滝 右:沢沿いの道は閉鎖中

おかしいなあと山の神と立ち止まり、しばし地図を見て、道が荒れていて閉鎖しているのかもしれないなといいながら、トチノキ広場から山頂ピストンでもいいかと話す。

やがて左手下方に栃寄大滝が見え、まもなくトチノキ広場に着くとわかる。沢へ下りる道には、ロープがかけられ、「木橋崩落の危険あり。通行できません」と書かれていた。


左:トチノキ広場。奥にトイレ。少し上がったところに東屋がある 右:登山道に入る

8:24鬱蒼とした森の中、そして柵の向こうには沢があるトチノキ広場に到着し、トイレ休憩にする。

ここから登山道に入るが、車道も並行して延びていて道路の作業員と思しき軽トラックが上がっていった。


左:山の神、森の道を登高中 右:カツラの巨木

車道沿いのがれ気味の道からやがて気持ちのいい新緑の道に変わる。カツラの巨木も現れ、思わず見上げてしまう。


左:メグスリノキ発見 右:カラマツの広場の高床式東屋で休憩

そこから単独の方など2,3人とすれ違いながら登高を続ける。トチノキ広場から50分ほど歩いて、そろそろ休憩にしようかと久々の山行で足取りの重い山の神に声をかけた。ここからカラマツの広場が近いはずだ。

山頂ルートから少しはずれるけれども、カラマツの広場と指導標が指している方へ向かう。実際にちょっとした広場になっていて、高床式の立派な東屋があった。人影もなく、われわれの貸し切りだった。ここで行動食などを食べながら、体力回復に努める。


新緑の森

カラマツの広場でゆっくりし、また元のルートに戻って御前山へと登り始める。意外に人気のコースなのか、再び何人かの下山者たちとすれ違う。


大岳山を遠望する

途中大岳山を一望できる開けた場所があり、立ち止まって仰ぎ見る。近そうだけど、遠いんだろうな。


左:御前山避難小屋 右:御前山山頂

初めて見る御前山避難小屋もこのルート上にある。中に入ってみたが、まだ新しい感じできれいな小屋だった。ただこのコロナ禍のさなかにに泊まるには勇気がいるが。

10:23御前山山頂にたどり着いた。すでに6人くらいの先着様がくつろいでいた。中にはがっつりとマスクで口を覆っている人もいる。あとから3人が上がってくる。おそらく東京在住の方々でわれわれと同じようなことを考えてここに来たのだろう。


御前山山頂からの展望

まだ時間も早いし、少し下ってからごはんにすることにしようと、休憩したのち10:36山の神と元来た道を戻り始めた。

途中で森の家のスタッフなのか、声をかけられ、活動の広場に行くのなら、カツラの巨木のところから行くとわかりやすくていいといわれる。荒れたコースが多いということなのか。いわれたとおり、カツラの巨木まで戻り、そこから活動の広場へと向かう。


左:活動の広場。写真の右側あたりで昼食にした。下のほうにトイレあり 右:栃寄森の家。トイレが使える

活動の広場はカツラの巨木からは指呼の間で、あっけなく到着する。人っ子一人いない。建物があって、中に入れるのかとドアノブに手をかけたが、鍵がかかっていた。広場の朽ちかけのベンチで昼ごはんにした。ごはん中だれも来ることはなく、とても静かな場所だった。

11:56下山開始。カツラの巨木からしばらく下ると、こんな時期、こんなところで外人さんたちのパーティとすれ違う。東京在住なのだろうか。

12:23トチノキ広場の東屋に着き、しばし休憩する。ここからは車道だ。

最後は栃寄森の家に立ち寄る。あとから下山してきた年配の夫婦もここのトイレを借りていた。私は山の神を待つ間、カメラをザックに仕舞い、帰宅モードに入っていた。山の神が建屋から出てきて、さてと立ち上がり、森の家を出て最初のカーブをぐるりと回ったところで、左手の草むらをするすると進んでいる蛇に気づいた。体には赤いまだら模様があっていかにも危険生物でございという威圧感を発している。これはもしかしてヤマカガシじゃないかと思って、近づくと「あんた、だれやねん」と鎌首を上げる。ヤバいと立ち止まると、蛇はそそくさと道を横切り始め、草むらに逃げ込もうとしていた。必死にザックからカメラを取り出したが、撮影はかなわなかった。後でスマホで撮ればよかったなと悔やみつつ、「ヤマカガシ」を検索してみると、ドンピシャだった。ちなみにこの蛇の毒はハブよりも強い猛毒とのことだが、あごの構造から噛まれても毒が出にくいらしい。

13:12ヤマカガシに襲われることもなく無事駐車場に着いた。帰りの道もスイスイだったが、反対車線はけっこうな混み具合で、観光やドライブに繰り出して来た人がこんなに多いのかと驚かされた。寄り道していると渋滞に合いそうだと、まっすぐ自宅へ向かい、15:30には我が家の敷居をまたいだ。

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NHKBS1スペシャル「穂高を愛した男 宮田八郎」

2020-06-13 | テレビ・映画


穂高連峰 かねのり 三浦によるPixabayからの画像

6/1(月)に放送されたNHKBS1スペシャル「穂高を愛した男 宮田八郎 命の映像記録」の録画を見た。調べてみると、もとは2019年11月2日に放送されたものだった。

なんととりあげられた宮田八郎氏はすでに故人。2018年4月に知床遠征への準備として静岡でシーカヤックの練習中、行方不明となり、遺体で発見された。享年52歳。人生100年時代には若すぎる死だった。宮田八郎氏は穂高岳山荘の小屋番として、例年GW前の4月から冬が訪れる11月まで穂高の山中にこもっていた。

番組の前半では、彼が小屋番をしながら撮りためた映像をもとに穂高の四季を紹介していく(以下ほとんどネタばれになるので、これから見ようという人は注意)。

4月は小屋番の仕事初め。荷揚げのためにヘリポートにスタッフが終結し、しばらくお別れとなる家族も見送りにやってくる。切ない仕事初めだ。ヘリで小屋に到着すれば、雪おろしと雪かきと小屋明け作業で大忙しとなる。やがてGWがやってくれば、小屋は登山者でいっぱいになる。5月毎年小屋に引き込む水の確保のため、雪に埋もれた沢までスコップで掘り進み、雪のトンネルの先にパイプを通す。

6月は雪解けの季節だ。大量の水が穂高を源として流れ出す。その水に促されるように咲き誇るニリンソウの群生地の映像はすばらしい。宮田氏が生前内緒にしていた場所と紹介される。涸沢カールでは、シナノキンバイ、ハクサンイチゲが咲き誇っている。

宮田氏は穂高の大量の映像記録を残していて、貴重なものも多い。番組では惜しげもなくその貴重映像を流していく。つかの間のモルゲンロート(朝焼け)、霧に浮かぶブロッケン現象、白い虹、太陽の上方に光が伸びて見える太陽柱、エリック・ロメールの映画を思い出すけれども、日没時に瞬間現れるグリーンフラッシュ、夏の積乱雲、雷雨、そして直後の見事なアーチを描く虹、見渡す限りの雲海、そして次々に稜線を駆け上がり下っていく滝雲。

秋ともなれば、紅葉はもちろん、北海道の大雪でもなかなか見ることのできない「三段染め」がすごい。三段染めといってもピンとこないかもしれないが、ハイマツなどの常緑樹の緑、紅葉の赤や黄色、そして新雪の白がいっぺんに見られる景色だ。

そして小屋閉めの11月。別れの季節だ。まず学生バイトが下山していく(なぜ11月なのかは突っ込まずにおこう)。そして窓に板を打ち付け、シーズンは終了する。ザックを背負って皆下山だ。

しかし、人を寄せ付けない冬が到来しても、宮田氏は奥さんの握ったおにぎりをザックにしのばせ、穂高を目指し撮影を続けた。そこには、「原始の穂高」があったと宮田氏はいう。厳冬期に撮られた傑作映像は、月、満天の星、雪煙を上げる穂高の岩峰が織りなす自然の造形だ。

後半は、宮田八郎氏の山岳レスキュー活動に焦点を当てる。まったく知らなかったが、コミック『岳』の主人公、島崎三歩のモデルということだ。わが家に最初の1巻目だけがあって、思わずページを繰ってしまった。

生々しい遭難現場、そして救出の映像が流れる。宮田氏は100件以上の遭難救助に携わり、その死も目の当たりにしたことから、「人はなぜ山に登るのか」という哲学的問いにさいなまれるようになる。串田孫一の『山のパンセ』をひもとくのも、この時期だ。

とくに親しくしていた仲間の死がさらに思索を深めることになった。そのうちの一人今井健司氏は、2015年ネパール、チャムラン北壁で遭難。享年33歳。大きく報道され私もよく覚えているが、ピオレドール賞受賞の谷口けい氏も2015年大雪山系黒岳で滑落死した。享年43歳。

そうした思索の結果、宮田氏のなかでは「なぜ人は山に登るのか」の問いに対する答えが出ていたようだ。それは「生きるために登る」。これから生きていく自分への励ましの言葉のように思える。奥さんの和子さんのインタビューからも宮田八郎氏のそんな一生懸命な生き方が伝わってきた。

参考:宮田八郎氏ブログ「ぼちぼちいこか」

 

 
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栃木百名山、赤雪山・仙人ヶ岳

2020-06-06 | 山行~尾瀬・栃木・茨城

赤雪山 標高 620.6m 仙人ヶ岳 662.7m 三角山 623m 知の岳 561m 栃木県

2020年4月5日(日) くもりのち晴れ  →

メンバー 山の神と私

コースタイム 8:18まつだ湖畔駐車場8:28--9:04 419m地点9:12--9:35赤雪山山頂9:42--原仁田ノ頭--10:43三角山10:49--11:40仙人ヶ岳(昼食)12:13--12:38熊の分岐--12:50知の岳--13:30頃 まつだ湖畔キャンプ場--13:45駐車場

緊急事態宣言が出る直前、外出自粛要請が出ていたものの、山に入る前に立ち寄るのはコンビニくらいであって、家の近所のコンビニに行くのと同じことではないかと思いながら、久々の山行を決行した。

多少のうしろめたさを感じつつも、山の神と5:40自宅を出た。道は予想どおり空いていて快適に走れた。例年この時期、この時間の出発だと交通量は間違いなく多くストレスを感じるものだが、東北道に入ってもガラガラ。蓮田SAで前日買っておいたパンで朝食にする。


左:まつだ湖畔駐車場 右:登山道入口にある赤雪山遊歩道案内図

北関東道に入り、足利ICで高速を下りる。まっすぐ目的地に向かうとコンビニが一軒もないので、遠回りをしてセブンイレブンに寄る。ここで本日の昼食と行動食をゲット。

8:18予定より若干早くまつだ湖畔駐車場に到着した。すでに何台も停まっていて、こんなに登山者がいるのかと驚くが、まつだ湖に調査に来たお役所関係者の車が多いことに気づく。この駐車場から右手に上がっていく登山道もあるが、現在は荒れていて閉鎖中だった。

8:28山支度を済ませ、山の神と駐車場を後にする。どんよりとした雲が上空を覆い陰鬱な気分になるが、それを振り払うようにウグイスや野鳥が気持ちよく啼いていて、さらには桜もところどころで咲いていて気分ははなやいでくる。湖畔沿いの道をいくと、右手に赤雪山遊歩道案内図の看板と登山口、そして熊出没の嫌な警告板が出てきた。

 
左:杉木立の道を行く 右:赤松が出てきた

山の神とさっそく熊鈴をつけて歩き出す。すぐにうねうねとした九十九折りの急登となる。傍らの木々の新芽や新緑が目にまぶしいが、その緑も高度を上げるにつれ徐々に減っていく。419mのピークに差し掛かると前方に赤雪山の姿がでんと見えた。もうすぐだ。

ここで水分補給。再び歩き始めると、せっかく登ったのに、いったん下ることになる。


左:アカヤシオ 右:赤雪山山頂。奥に東屋

やがてぽつぽつと花を目にした。あれっ間違いじゃないかという季節のずれたツツジの花をはじめ、アカヤシオも淡いピンクの花を咲かせている。

9:35赤雪山山頂に到着。到着直後に老夫婦が別ルートから上がってきた。やはり外出自粛要請など関係ないのだと思いながらも、ベンチに腰を下ろし水分補給をする。


赤雪山山頂からの眺め。あいにくどんよりとした雲が広がってしまった

9:42山の神と赤雪山を後にする。

 赤雪山の先はアカヤシオの群落

赤雪山山頂で会った老夫婦からこの先アカヤシオがきれいですよと聞かされていたとおり、次々にピンクの花を見ることになった。花さかじいさんよろしく、枯れ木に花を咲かせましょう、みたいに花が付いていて、目立つこと、きれいなこと。心和む光景だ。


左:三角山のユニークな指導標 右:仙人ヶ岳直下の急登。最後のひとふんばり

原仁田ノ頭、三角山とアップダウンを繰り返し、ここはトラバースできたじゃないかと道標のないのにいらだっていると、最後の急登が現れる。トラロープにつかまりながら、えいやと上がると仙人ヶ岳山頂だ。

2点とも仙人ヶ岳山頂

11:40山頂に到着。思ったより人は多く、単独者や3,4人のパ-ティ、7,8人の集団もいる。山の神と山頂奥の場所に移動し、昼食にしたが、その後も単独の方々、3人のパーティがやってきた。こんなにポピュラーな山なのかと驚かされる。と同時に政府の「外出自粛」はどこ吹く風なんだと、山のぼらー強しと感じさせられる。


仙人ヶ岳山頂奥からの眺め


左:知の岳 右:知の岳の先からまつだ湖を見下ろす

12:13昼食を終え、下山開始だ。「まつだダム」の標示に従い下っていく。この時間になっても、まだひっきりなしに登ってくる人たちがいる。10人くらいの顰蹙の団体、われわれのような夫婦、単独者も次から次へとやってくる。こんなに人気の山なら避けたのになあと山の神にこぼす。

でも熊の分岐を過ぎるとさすがに登ってくる人もほとんどいなくなった。さらに知の岳を過ぎると急に前方が開けて、まつだ湖とキャンプ場が見えた。ここから一気の下りに入り、単調な下山路になる。


左:まつだ湖畔キャンプ場の枝垂れ桜 右:同キャンプ場のソメイヨシノ

13:30頃ようやくまつだ湖畔キャンプ場に出た。そこそこキャンパーがいて、それぞれがそれぞれのスタイルでくつろいでいた。ここでは、もうちょっとで満開の枝垂れ桜やほぼ満開のソメイヨシノが山の神と私を出迎えてくれた。キャンプ場のトイレを借りて、13:45駐車場に戻る。

帰りは寄り道することもなく、東北道佐野ICで休憩するのみ。まったく渋滞はなく、16時台にはもうわが町に到着していた。

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