しばらくネット落ちしておりました。
すっかり遅くなってしまいましたが、書き貯めていた遠征記をアップしてみます。
まずは昨年12月22日(土)のぶんを。
2007年12月22日は、川崎と横浜で調べもの1つと4つの展示を見て参りました。
まずは、川崎市にある川崎ミュージアム関連で4つ。
1 資料室
遡ること一年前、2006年秋の仙台市博物館企画展「大江戸動物図館」でわたくし、『姫国山海録』という古文書に心を奪われました(該当記事は→
こちら)。この書は江戸時代の『こんな変な生きものがいました』を記録する、いわば図鑑のような書物です。こういった書物としては『山海経』などが有名ですが、この『姫国山海録』は少々趣が違います。収録されているのはあくまで目撃具体例。博物学的興味と野次馬的興味、地方新聞的感心がないまぜになったようなコンセプトなのに加え、絵が非常に『ユルい』のです。目撃された時の状況が妙に具体的に記述され、さらに妙ちきりんな生きものの記録図が逐一描かれているのですが、この絵が底抜けに面白い。本当に変な生きものだったのか、描いた人が下手で変な生きものに見えるだけなのかが、もはやわからないくらいにすごい絵で、見る者を思わず笑いに誘います。喩えるなら、大路画伯の「カマキリ」(piper「発熱!猿人ショー」参照)を越える勢い。
「大江戸動物図館」で展示されていたのは見開き2例だけだったのですが、残りの例を見てみたくてたまらず、いろいろ調べていたところ、2004年の川崎ミュージアム企画展「幻獣展」の図録に、全25図が掲載されているとの情報に辿り着きました。
そこで前々からこの図録を手に入れようと思ってはいたのですが、なにぶん企画展のアーカイブ情報が公開されていないため正確な開催時期と企画展名がわかりません。図録を注文しようにも名前がわからないのではお話しになりません。そこで直接行ってこの目で確かめてから買おうと思っていたわけですが、交通の便の悪さについ足が向くのが遅れておりました。
今回ようやく足を運んでみたわけなのですが、行ってみればなんと、当の図録は数日前に完売したばかりとのこと。
しかしながらもし資料室に図録が残されていれば複写可能とのことでしたので、望みをかけてそちらへ足を運びました。
結果、資料は健在。問題の『姫国山海録』の収録部分も無事に複写することができました。
残念ながらモノクロコピーのみだったのが少し心残りですが、まあ良しとしましょう。
この『姫国山海録』、変なモノ好きの方にはおすすめ。お近くでしたらぜひ一度ごらんあれ。
2「多面体」
資料室のとなりで開催されていたグループ展。せっかくなのでぐるっと見て参りました。
技術も質もテーマもてんでバラバラ玉石混淆。いったいどんな展示なのかと聞いてみたところ、とあるアーティストを核とする参加自由な流動的グループ展とのこと。日韓交流の意味合いもあるとのことで、なるほどと納得して参りました。
3「映像の創出」
無料開放の企画展。フィルム映像の歴史と映像芸術のあゆみを紹介したなかなか侮れない展示でした。時間がなくてさらっとしか見られなかったのが残念。
4「9.5mmフィルム パテベビー 上映会」
たまたま珍しい上映イベントが催されていたので、せっかくだからと見て参りました。
1920年代にフランスのメーカーが開発製造し、日本でも富裕層に普及していた9.5mmフィルム手回し映写システム「パテベビー」の映像作品3本を、当時の映写機とフィルムで上映するイベント。映像保存協会という団体の協力により「映像の創出」展の一環として実現したものだそうです。
9.5mmフィルムなどというものが存在していることすら知らなかったのに加え、フィルム送りのための穴が中央に一列だけという特殊な形態、手回し再生の機構、6A程度の電球によるほの暗く幽かで風情ある投影像、そういったすべてがはじめて見るものばかりだったので、たいへん感銘を受けて参りました。コマ送りと連動してパタパタいうシャッターの音がどこか懸命で不器用な生きもののようで、思わず優しい気持ちで見守りたくなる雰囲気を醸し出していたような気がします。
映写機は自発光無し型の顕微鏡ほどの大きさで、2m先の壁に投影するのがやっと、というほどの光量です。フィルムをセットしてハンドルをゆっくり回すことで動画として投影されます。当然、終わったあとは反対に巻き戻して収納することになります。
当時の人々はこれを最新技術として見ていたのだなと考えると、この同じ現象に対する受け止めかたや、映写から受けるイメージは感覚的にかなり異なったものになっているはずで、それもまた面白いなと感じました。
上映映像自体は90秒が2本に180秒が1本、という構成。間にこのパテベビーというシステムの説明が入るため、イベント全体ではおよそ40分程度だったのではないかと思います。
手回し映写システムは、実に愛すべき独特の雰囲気を持っているように感じられました。こういったものを目にできる機会は滅多にないですから、実際に見ることができて本当に良かったと思います。幸運でした。
もしも同様の機会がありましたら、ぜひご覧になってみるのが良いと思います。
さて、次に向かったのは横浜の新港地区で開催されている、「OPEN STUDIO Vol.5」。
先日も紹介させていただいた、東京藝術大学大学院映像研究科 メディア映像専攻の1年生による作品展です。
夏の展示(Vol.4)では会場の一部限られたスペースで課題作品をまとめて紹介していた1年生。その1年生が主体となるはじめての展示とのことで、実質は2期生の展示デビューにあたるイベントだった模様。
11月のワークショップ発表会や12月のポケットフィルムフェスティバルなど、外部に向かって貢献するイベントと並行しながらの準備は実にたいへんだったろうと想像され、学生さんたちの苦労が偲ばれました。
内容的には、インスタレーションや研究ポスター、映像作品等、全部で12の展示がありました。今回は全体的におとなしい印象。調整に苦労しているものやあと一歩踏み込みが欲しいなと思えるもの等もありましたが、いっぽうで着想やねらいに大いに頷ける部分も併存していて、そのぶんこれからの進化が楽しみに思われました。いろいろ考え合わせると、かなり健闘していたのではないかと思います。学生さんたちとお話ししてみると、クリアすべき問題や付加すべき価値など、さまざまに自覚されていたようですので、その問題意識を活かされるであろう次回展示が楽しみです。
以下、個人的な作品短評と雑感。
1 村上華子氏「『海水電話』のための習作」
インスタレーション作品。海水の入ったブリキのバケツに1つづつ、天井から吊り下げられた様々な形の金属電極が浸っている。バケツの前にはスピーカーがあり、電極の感知した電位抵抗に対応した周波数の音が出力されている。海水が揺れたり、電極が揺れたり、鑑賞者がバケツに手を触れたりすると、抵抗値が変わり、その変化が音の違いとなって体感される。という作品。キャプションによれば、海そのものを聴くための試みを目指した作品の習作にあたるとのこと。海水が電解質であることに着目し、それを出力機構に組み込んだ点が面白い。今回の展示では少し音の変化がわかり難いかなとも思えましたが、将来的には本物の海を聴くためのシステムを目指しているようでしたので、入出力の調整は規模に合わせることになると予想され、現時点ではそれほどクリティカルな部分ではないのかもしれません。
2 勝目祐一郎氏「移動する映像」
映像インスタレーション作品。1:16程度の比で横に長いスクリーンに、2:3比率でフレーミングされた映像が写し出される。映像は車窓からの風景のように一定の速度で動いているが、フレーミングによって常に一部しか見ることができない。また、映像フレームと同サイズの白いフレームや小さな十字、ドット等の図形も別個にスクリーン上に投影されている。風景は右から左へ流れるいっぽうで、映像フレームは左から右へと動いてゆき、その過程で映像の動きと映像フレームや図形とが同期したり前後したりする。
風景の映像フレームと投影された図形との関係性が面白い。それぞれの図形の動きの意味合いが次第に変化してゆくところが興味深い。まだ発展の余地のあるモチーフのように思われ、楽しみです。
3 田島悠史氏「インタラクティヴアートへの遺伝的アルゴリズムの利用」
研究成果パネルとインタラクティブ作品のサンプル展示。生物の遺伝進化パターン骨子を抽出したアルゴリズムをインタラクティブアートへ応用しようとした試みの経過を発表したパネル。となりにはモニタがあって、簡易サンプルの展示も併せて行われていました。
鑑賞者が作品にとっての環境条件として作品と関わることで、作品自体の進化を規定してゆこうという試みかと思われます。実際の進化では複数の環境要因や内的要因が関連し合うことで、同じ資質が生存にとっての利点とも欠点ともなりうるので、そういった概念も含めて生物的なおもしろさを取り込めたらとても面白い作品になりそうな気がして楽しみです。
4 細川泰生氏「来場者という概念」
インスタレーション作品。背丈ほどの白い箱の前面にQRコードがプリントされている。携帯電話でそのアドレスにアクセスすると、QRコード上部に設けられたカメラの映像すなわち来場者自身の姿が静止画像として提示される。という作品。
クリアな映像ではない意図が気になるところ。顔を判別できないようにピントを甘くしていたということなのでしょうか。その実はいかに。
後日、別の来場者を見ることができるかと思いアドレスを保存しておいたはいいのですが、チェックの機会を逸してしまいました。残念。
5 竹川尚志氏「予期する動作」
インスタレーション作品。木の筐体に組み込まれたモニタに木槌の画像が映っている。筐体から出ている取っ手を引っ張って離すと、その引っぱり度合いに応じた大きさで木槌の画像が動く、という作品。物理的に手で触れられる取手の引っぱり具合と、実体のない映像とが連動してあたかも木槌を取手で持ち上げて操作しているような感覚になるのが面白い。
6 阿部沙耶香氏「カウントする部屋」
インスタレーション作品。床が木のパネルで覆われた部屋。中央には白熱灯がひとつ吊り下げられていて薄暗い。床をよく見ると数十センチおきにカウンタがついていて、人の歩いた振動を感知してその歩数をカウントしていた、という作品。
部屋が暗く、しかもカウンタが小さくひそやかなので、カウンタの存在になかなか気付けず作品の意味を知るのに少し時間がかかってしまったのが残念。しかしながら着想は面白く、これはもう鑑賞者の動線を重積プロットしている(しかもアナログで!)ようなもの。作品に残された行動の重積を読み解くことで、自分を含む人間の行動パターンが知れるのがとても面白いと思いました。美術館や展示会場でひそかに仕込んでおいて、出口で存在を知らせてもう一度見て回ったら相当面白いのではないかと夢想してしまいました。
7 北村伊知郎氏「アイダ」
インスタレーション作品。金魚の泳いでいる水槽があり、その上部の透明な板に触れると、その位置に対応した水槽の底へ波紋の映像が投影される。金魚のいる位置を上から触るとその真下、つまり金魚の周りに波紋が投影され、その刺激によって金魚が位置を変えてゆく。つまり、水槽を泳ぐ本物の金魚を、空間を隔てて動かそうという作品。
実物の生物を作品に取り込んでいるのがすごいなと思いました。果敢な挑戦だと思います。映像で魚を動かそうというのも非常に面白い。しかし、やはり生きものだけに予想どおりの動きをしてくれないことも多く、制御に苦慮されているようでした。操作精度を上げるのであれば制御刺激に工夫が必要なのかなとも思えます。今後に期待です。
8 萩原美帆氏「再生」
立体アニメーション作品。暗い空間の中でモチーフが順次発光してゆき、その一連の動きがアニメーションとして提示される、という作品。立体ゾートロープともまた違った独自のアイデアで、立体アニメーションを実現してしまった作品かと。投影光ではなく自発光というのもナイス。タイミング調整に苦慮されているようでしたが、改良次第で様々な可能性を提示してくれそうな気がして今後の展開が楽しみです。
9 望月俊孝氏「Preserve Holic」
インスタレーション作品。ほの暗い壁の一角に設置された棚。食物貯蔵庫のような風情で、奥からは冷風が吹き出している。棚には食糧貯蔵瓶が並んでいる。それらをよく見ると瓶のひとつにうごめく何かが写し出されている、という作品。
とても完成された『恐い』を提示した作品だと思います。考え抜かれたディティールがその恐さを支えているように思います。また、実際、獣医分野では病理検体なんかは梅酒用の瓶で保存されていたりしますから、貯蔵食糧ニアイコール生きていた何か、という真実を期せずして示してしまっているような気もしました。
10 播本和宣氏「mono-TSUCHI」
インスタレーション作品。2畳ほどの正方形の区画に土が盛られており、その上に土を扱った映像が投影されることによってリアルな質感が再現される、という作品。土の上に土の映像を投影しているのに加え、音や臭いの効果も手伝って、驚くほどリアルな質感が再現されていたように思います。あえて難点を挙げれば、映像に白が含まれると地が見えてしまって少しがっかりする、といったくらいでしょうか。たいへん面白い作品だと思います。
11 末宗真理氏「いただきます/ごちそうさま」
映像作品。食べられてゆくプリンの映像が二台のモニタで正順と逆順で同時に流れる、という作品。そもそものアイデアも面白いのですが、正順の映像と逆回しとで動きが同期していたり、正順映像がそのまま折り返すように逆回しになったりと、多くの工夫によって支えられた面白さの部分も大きい作品かと思います。思わず見入ってしまいました。個人的に今回もっとも印象に残っている作品です。
12 藤田至一氏「視覚心理学実験その1」
インスタレーション作品。縦長の窓のようなモニタに鑑賞者の輪郭を幽かにとらえた映像が映っており、そこへ網戸をかぶせることでモアレ効果によって思わぬ視覚効果が発生する、という作品。動きだけでなく色まで変わって見えるのが面白い。日常的に目にする何の変哲もない網によって見え方がこれほど変化してしまうことに新鮮な驚きを感じました。
それぞれの個性を感じさせる展示。欲を言えば前回の展示での課題作品との関係性や作者相関をぜひ知りたいところです。
今後、この二期生さんたちがどのような進化を見せてくれるのか楽しみでなりません。
学生さんはじめ色々な方たちとお話もでき、たいへん楽しく有意義な遠征1日目でした。