はざまの庵

分類し難い存在を愛でる覚え書き by aiwendil お気軽にコメントをどうぞ。

芸術の秋ツアー2007@大阪。

2007-09-24 03:04:39 | アートなど
昨日23日は大阪近辺をうろうろ。
とりあえず見たものリストをメモ。

A 大阪国際空港滑走路着陸地点近傍
B 岡本太郎「太陽の塔」
C 国立民族学博物館 常設展
D 小林賢太郎プロデュース「TAKE OFF -ライト3兄弟-」再演2007バージョン 18時公演
E 西宮市 甲山大師神呪寺

ネイティブの協力を得て質量ともに充実のスタート。
AがDの、 BCEが今後の前振りになっていて幸先良し。
幸福なツアー第1日目でした。


意味と笑い---ピタゴラ装置を見る者に何が起こっているのか。あるいは小林賢太郎氏のつくる笑いの特徴と

2007-09-21 00:18:09 | アートなど
NHK教育で放映中のテレビ番組「ピタゴラスイッチ」には、ボールなどの転がりが連鎖して面白い動きを見せる装置が登場します。
この装置は佐藤雅彦研究室が製作しており、番組のシンボル的存在として『ピタゴラ装置』と呼ばれています。
(↓参考)
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=hazamanoiori-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000HOL7HY&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>

装置はいずれも様々な日用品を組み合わせたもので、その映像は番組の合間に挿入されています。
この装置の特筆すべきところはその精度とメカニズムです。動きのきっかけとなる冒頭に人の手が加わる他は、重力にしたがってひたすら転がってゆくボールや、それを支える樋、動きを伝える磁石など、物体の持つ物理現象のみをよりどころにしており、動力や人力を一切使わずに装置の動きが成立しています。
綿密な物理法則を駆使した結果、驚異の映像表現が生まれ、老若男女問わず多くの人々が映像に魅了されているようです。

さて、このピタゴラ装置には50種類以上あるのですが、そのうちのいくつかは必ずと言っていいほど見る者に笑いを引き起こします。
顕著なのは「音階」「乾電池」「バンジー」「走る路」など。
とりわけ「音階」では、私が個人的に観察した知人17名のうち16名が映像の最後で笑い声を上げました。
その場面の概要は次のようなものです。

『木のバチがロープウェイのようにぶら下がりながら傾いたアルミ棒を伝って滑り落ちてゆく。その勢いでバチが水の張ったコップに当たってピタゴラスイッチサウンドロゴのメロディを奏でるのだが、最後の音の手前で動きの勢いが弱まり、その一音が鳴らないかに思えた瞬間、少し遅れて最後の一音が鳴る。』
ここで大抵の人間が笑いを浮かべます。

2005年夏の「佐藤雅彦研究室展」においても、この場面では必ず見物人の間から老若男女問わずどっと笑い声が上がっていました。
ところが、よくよく考えると、これはとても不思議なことです。
この映像には、じつは明確な『意味』が無いのです。
『バチとコップという物体が物理法則に従って動いている』、客観的に形容するならただそれだけの映像にすぎません。
意味はもちろんのこと、ストーリーも無い
しかし、それなのに笑いが起きてしまいます。


ピタゴラ装置の映像によって生じる笑いが意味によらない笑いだと気付いたときからずっと、私はこの現象のことが気になってしかたありませんでした。
日常を振り返ると、ふつう、人間の笑いは意味に対する反応として発露しています。
可笑しいと感じるとき、言葉にせよ音にせよ身振りにせよ、我々はその意味に反応して笑っていることが多いのです。
私にとっても、意味と笑いは不可分のように思えていました。
しかし、無生物の物理法則という事象に対して笑いが生じる事例を目の当たりにし、その認識は根本から覆ってしまいました。
ピタゴラ装置では現に意味の無いところに笑いが生じています。
これはいったいなぜでしょう?


考えるうち、私はふと、脳科学のシンポジウム(覚え書き→こちら)で『脳のショートカット』を紹介した坂井克之氏のプレゼンテーションのことを思い出しました。
プレゼンテーションの中で、坂井氏は脳のショートカットの一例としてHeider & Simmel(1944) の研究を紹介していたのです。
紹介されたのは簡単なアニメーション。
大小2つの三角形が動いている映像なのですが、見る者にはそれがどうしても「三角形の親子」のように見えてしまうのです。
(元文献はこちら→Heider, F. and Simmel, M. (1944) An experimental study of apparent behavior. American Journal of Psychology, 57, 243?249.)
同じ映像ではありませんが、Heider & Simmel の研究映像一例を以下に例示してみます。

http://anthropomorphism.org/img/Heider_Flash.swf

この映像例では、大小2つの三角形と小さな円が動いているだけなのですが、見る者はまず間違いなくドラマチックなストーリーを感じ取ってしまうでしょう。
このように、本来意味が無いはずの図形の動きに対してまで人間の脳は勝手に反応し、意味づけと共感を引き起こしているのです。
いわば、意味が無いのに人間の脳が勝手に意味づけをしているということのようです。


さて、ここからが推論。
この図形たちのように、ピタゴラ装置においても同じ現象が起こっているのではないでしょうか。
見る側が、連動する動きを伝える物体たちに人格と共感を投影して、意味の無いところに意味を与えているのではないか。
そう考えると、コップの音階に対する笑いにも納得がゆきます。
表現そのものに意味はないけれど、見る側が意味を付与する、という意味において、この佐藤雅彦研究室の作るピタゴラ装置の表現は非常に希有な特徴を持っているものと思われます。


ところで、佐藤雅彦研究室の仕事を意識した表現として私がまず思い出すのが小林賢太郎氏の「ポツネン」シリーズ。
氏のソロコントライブ「ポツネン」では、佐藤氏の言う『見立て』や『人間にとって抗いがたい表現』を利用したコントパフォーマンスが目立ちました。
しかし、両者を決定的に異ならしめているのが「意味」との関係性であると私は考えています。
小林氏の表現はすべて意味から脱却できていません。
無言のコントも見立てのコントもすべて『意味』に依拠した表現となっています。
表現自体が意味を担っているので、見る側が意味を付与する余地はありません。
佐藤雅彦研究室の表現と表面上は似ていながら、意味に頼っているという点でこの2者の表現は本質的に異なったものとなっています。
以前私は、ラーメンズ小林賢太郎氏のコント作品が日本語という言語に深く依拠していると指摘しました。(参照→こちら )
それは小林賢太郎氏の表現の特徴であり、強みであり、同時に限界であるともとらえることができるかと思えます。
言語における意味の破壊と再構築に依存していた表現から、言語を使わずに意味を構築する表現へとスライドしたのが「ポツネン」という作品であったととらえることもでき、そういう意味では小林氏の表現手法は進化途上にあるとみなすこともできそうです。
もしもすべての人間に相通じる根源的な表現を目指すのであれば、小林氏の「ポツネン」における表現手法は到達点としてはまだ片手落ちと言えるのではないか、と思えます。
もっとも、小林氏がどのような表現を目指しているのかはわかりません。「TEXT」において意味と日本語という言語表現へ徹底的に依存した表現手法へ立ち返っているところをみると、小林氏自身は意味からの脱却にはさほど興味を抱いていないのかもしれません。
しかしながら、あらゆる笑いの可能性を探る姿勢を見せる小林氏が、『意味に依存しない笑い』という難題に取り組んだとしたら相当に面白い表現が生まれ得るものと期待され、佐藤雅彦研究室と小林賢太郎氏との表現上の接点に非常に興味深いものを感じます。

今後も観察してゆきたいテーマです。

*なお、このエントリはJSRブログへも投稿しています。


【情報】「midnight animation」発売。

2007-09-20 23:08:39 | アートなど
某熱帯雨林書店から拾ってきた情報。
佐藤雅彦研究室出身のクリエイター集団、ユーフラテス。
かれらの新作「midnight animation」が明日付けで発売されるようです。

<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=hazamanoiori-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4568503248&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>

これ、昨年10月に、日本橋のDIC COLOUR SQUAREで開催中されていた「COLOUR OF 10」という展示会に出品されていた作品です。
真っ暗な中で鑑賞するための、アナログかつ斬新で素朴なアニメーション。
予備知識無く触れたなら、純粋に驚きを感じること必至。
まったく新しい考え方のメディアだと思います。
面白いモノ好きや、お子さんをお持ちの方には文句無くおすすめです。

なお、昨年展示を観に行ったときの該当記事は→こちら



TENORI-ONデモ映像。

2007-09-15 00:24:35 | アートなど
</object>

岩井俊雄さんの「TENORI-ON開発日誌」で知った情報。
『0予算プロジェクト』としてToutubeにアップしたTENORI-ONのデモ映像が数日でなんと20万ビューを超えた模様です。
すごい!
せっかくなのでこちらでも宣伝(笑)。
上の動画をどうぞ。
楽器の概念を飛躍させる全く新しい楽器、光と音のTENORI-ON。
知名度が順調に上がっていってくれることを期待。
日本でも早く発売されますように。


行きたい催し9-10月篇。

2007-09-10 23:12:37 | アートなど
備忘録的に。
(*9/11 0:50 3件追加。No.2、5および9。)

まずは、行きたいけれど行けそうにないイベントから。

1 ヤン&エヴァ・シュヴァンクマイエル展 -アリス、あるいは快楽原則-
http://www.lapnet.jp/eventinfo/img/cm/lm/070825_svankmajer/index.html
会場:ラフォーレミュージアム原宿 (原宿 明治神宮前駅近く)
会期:8月25日(土)~9月12日(水)

チェコの映像作家ヤン・シュヴァンクマイエルとその妻エヴェの作品を集めた企画展。
行ければゆきたいと思っているうちに会期が迫る。


2 ますむらひろしの世界展
http://www.yumebi.com/
会場:八王子市夢美術館 (東京八王子市)
会期:7月20日(金)~9月17日(月)

異世界アタゴオルを舞台にした奇想天外な作品群で、独特のマンガ世界を構築するますむらひろし。
作中に登場する究極のトリックスター、デブネコのヒデヨシなど忘れ難いキャラクターのファンはひそかに多いはず。
宮沢賢治への傾倒から、賢治作品のマンガ化も積極的に行うなど活動の場は幅広い。
そのますむら氏の作品展ということでぜひとも行かねばと思っていたところ、つい次期を逸す。
敗因は交通の便か。残念。


3 チェーンリアクション展 音を見る、絵を聞く展覧会
BankARTの広報→http://www.bankart1929.com/whatsnew/200709.html
チラシの画像→http://www.bankart1929.com/whatsnew/images/chain002.jpg
会場:BankART1929 (横浜 みなとみらい線 馬車道駅すぐ)
会期:9月12日(水)~17日(月)

絵を見た作曲家が音楽を作り、その音楽を聴いた芸術家が絵を描く・・・・という作業を積み重ねて生み出された作品群の展示会。
一枚の白いキャンバスを出発点にした、言わば「イメージの伝言ゲーム」。クリエイター32人が参加とのことで、いったいどんなことになってしまっているのか興味深い。
行ってみたい! けどたぶん行けない!


4 山口晃展 今度は武者絵だ!
http://www.city.nerima.tokyo.jp/museum/tenji/yamaguti-ten.html
会場:練馬区美術館 (西武池袋線 中村橋駅 近く)
会期:8月17日(金)~9月17日(月)

山口晃の作品から武者絵を集めた企画展とのこと。6月の「アートで候」が記憶に新しい山口氏の作品群。非常に興味深い。しかし、行けない!
誰か、図録だけでも買ってきてくれないかなあ・・・・。


5 めくるめくろじめぐり
http://www.geidai.ac.jp/labs/machi-yatai/index.html
会場:八谷玉林寺周辺 (地下鉄根津駅 近く JR鴬谷駅、上野駅から徒歩15分程度)
会期:9月7日(金)~9月17日(月)

東京藝術大学建築学科主催のイベント。
MACHI-YATAI PROJECT 2007。
UENO TOWN ART MUSEUM という企画のひとつでもあるようです。
上野の町並みに隠れる路地にアート作品を配し、地域を美術という『場』として提示しようという試み。
観念的ではありますが、何やら楽しげ。近くに寄るのであればぜひとも行ってみたい。
会期の短いのが惜しまれる。


6 岩井俊雄「10人のプロフェッショナルが語る劇的3時間SHOW」
http://www.geki3.jp/schedule_07.html
会場:青山スパイラルホール (地下鉄 表参道駅 近く)
日時:10月7日(日)18時半~21時半

毎日日替わりで各界のプロフェッショナルを呼んで話を聞こうというイベント。
10人のうちの一人として岩井俊雄さんが出演予定。
TENORI-ON発売で勢いに乗るメディアアーティスト岩井俊雄さん。
岩井さんのことですから、サービス満点のエキサイティングなパフォーマンスやプレゼンを見せてくれるものと期待されます。
まだ受付締切されていないかどうかわかりませんが、アートやものづくりに興味のある向きはおすすめ。



次は、多分行くであろうイベント。

7 ヤノベケンジ展 トらやんの世界
http://open-air-museum.org/ja/art/exhibition/yanobekenji/
会場:霧島アートの森 (鹿児島県湧水町)
会期:8月1日(水)~9月24日(月)

現代アーティスト ヤノベケンジの企画展。
青森県立美術館開設時に、『子供を守るロボット』して火を吹くジャイアントトらやんのパフォーマンス報道を目にして気になっていたところ、7月の東京都現代美術館の常設展(第1期)でアトムスーツや太陽の塔征服映像に衝撃を受け、以来、まとまった作品展を見たくて仕方なかったヤノベケンジ氏。
企画展が開催されていると知って喜んだものの、開催地はよりにもよって南の果て。一時期は諦めかけていたのですが、どうにかこうにか目処が立ち、行けそうな気配です。
なにわのトらやんとの対面。楽しみ。


8 エルネスト・ネト展
http://web.infoweb.ne.jp/MIMOCA/event3.html#EVENT_1
会場:丸亀玄一郎現代美術館 (香川県丸亀市 丸亀駅前)
会期:7月15日(日)~10月8日(月)

有機膜を思わせる個性的な造形で独特の世界を形づくるインスタレーション作家エルネスト・ネトの大規模な企画展。
かつて2001年の横浜美術館や箱根彫刻の森美術館、つい最近のオペラシティアートギャラリー「メルティング・ポイント」などで散発的にその作品と遭遇したことはありましたが、個展としてのまとまった展示は未見。
他都市は巡回しないらしいので、これはぜひとも行っておかなければなりませんねえ。


9 野田弘志展 ~写実の彼方に~ 現代リアリズムの極限に挑む
http://www.hiroshima-museum.jp/special_top
会場:ひろしま美術館
会期:9月15日(土)~10月21日(日)

リアリズムの極致。アンドリュー・ワイエスもびっくりの筆致。上田薫氏を思い出すも、それ以上の細密っぷりか?
画像からもそのとんでもなさがうかがえ、実物はどのような質感なのか興味深い。
ぜひとも作品群と対面してみたい企画展。


10 インタラクティブ東京(i-tokyo)
http://interactivetokyo.jp/2007/about.php
国際学生対抗バーチャルリアリティコンテスト(IVRC)
http://ivrc.net/2007/
会場:日本科学未来館7階 (台場 ゆりかもめ 船の科学館駅 近く)
会期:9月29日(土)~30日(日)

インタラクティブ技術を広く一般に向け展示したイベント。VR技術の新発想を問うコンテスト作品展示も同時開催。
メディア芸術祭やメディアアート好き、面白いモノ好きは必見。


11 地下展 空想と科学がもたらす闇の冒険
http://www.miraikan.jst.go.jp/j/sp/underground/
会場:日本科学未来館 (台場 ゆりかもめ 船の科学館駅 近く)
会期:9月22日(土)~2008年1月28日(月)

個人的に注目している内田まほろさんキュレーションの科学企画展。
地下というものに焦点をあて、1階特別展示会場すべてを使った かつてない規模で催される未来館渾身の展示。
『空想と科学』と『闇』というキーワードに心惹かれる。
これは是非とも行ってみなければなりませんねえ。


12 千厓・センガイ・SENGAI -禅画にあそぶ-
出光美術館のサイト→http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/schedule/200702.html
フジテレビ情報のサイト→http://wwwz.fujitv.co.jp/events/art-net/go/494.html
会場:出光美術館 (有楽町駅近く 帝国劇場ビル9階)
会期:9月1日(土)~10月28日(日)

なんとも摩訶不思議な味わいのある禅画を描く千厓(←たぶんwinでは文字化けする。まだれに土ふたつ。せんがい)の没後170年記念企画展。
一見しただけで目を奪われる独特の画風は一見の価値ありかと。


13 馬と現代美術展
http://www.mmat.jp/timetable.html#2007
会場:目黒区美術館 (目黒駅から徒歩15分)
会期:10月11日(木)~11月25日(日)

良質の渋い企画展を次々と繰り出してくれる目黒区美術館の次期企画展。
現代美術の中の馬に着目するという、その目のつけどころに拍手喝采。馬好き必見?


14 六本木クロッシング2007:未来への脈動 展 -今、見たい日本のアーティスト36組-
http://www.mori.art.museum/contents/roppongix02/index.html
会場:森美術館(六本木ヒルズ53階)
会期:10月13日(土)~2008年1月14日(月)

今注目の日本の現代作家作品を集めた企画展。
佐藤雅彦氏と桐山孝司氏の「計算の庭」が出展されるので、まずもって楽しみ。
さらに、出品作家を見ると、人形作家四谷シモン氏や、「くらしいきいきいきいきいきいき」が記憶に残る田中偉一郎氏、私の中で『正規分布の橋』として名高い横浜トリエンナーレ2005のウェルカムゲートの池水慶一氏、pixcellシリーズの名和晃平氏、辻川幸一郎氏など、素敵な取り合わせの名前がずらり。
これはかなり楽しみな展示です。


まだまだたくさん気になるイベントがあったような気がするのですが、とりあえずここまで。
思い出したら付け足します。


TENORI-ON 基本操作解説映像。

2007-09-05 23:18:42 | アートなど
岩井俊雄さんの「TENORI-ON 開発日誌」からの情報。
全く新しい概念で作られた光の楽器TENORI-ON。
とうとう昨日イギリスで発売されたわけなのですが、その関係で、ヤマハのTENORI-ON開発担当である西堀さんが、製品基本操作を解説している映像がweb上に公開されているようです。
http://www.sonicstate.com/news/shownews.cfm?newsid=5236
とてもわかりやすい解説。
英語ですが、西堀さんが喋っているので聞き取りやすいです。
基本操作だけでもこれだけ多彩な様相を呈しているのがワクワク感を煽ります。
エレクトロプランクトンや、今までの岩井俊雄さんのメディアアート作品に通じる機能が、さらにパワーアップして備わっている感じでしょうか。
まさに、「音と光」と戯れるための楽器なのだなあと思えます。

どうやら英国での発売定価は£599ほどらしいです。
そのまま日本円に換算しても無意味かとは思いますが、価格帯としてはMacBookやiMacくらいでしょうか(笑)。
いずれにせよ、日本での発売が待ち遠しいです。


真心ブラザーズ「きみとぼく」PV。

2007-09-05 03:09:45 | アートなど
ユーフラテスと佐藤雅彦氏関連でもうひとつ。
真心ブラザーズの「きみとぼく」PVをユーフラテスの植田美緒(うえ田みお)氏と佐藤雅彦氏が製作したようです。
ユーフラテスの公式記事はこちら↓
http://euphrates.jp/archives/72

佐藤氏のサイトTOPICSの該当ページはこちら↓
http://www.masahicom.com/blog/index.cgi/information/20070903kimitoboku.htm

真心ブラザーズのオフィシャルページには残念ながらPV情報は出ていないようです。
どうしても見たかったので試しに検索してみたところ、「きみとぼく」 「PV」の二語で動画がヒット。
「フレーミー」に見られるような植田さんのほほえましい世界観と、佐藤氏(と佐藤研)特有のラディカルな表現手法がマッチした、なんとも素晴らしい映像です。
見ていてドキドキしっぱなし。
シンプルかつ個性的、なのに伝わる。そして、人間を見つめるほほえましい視線を感じさせる。
曲の調子とあいまって、思わず感動。見ながらちょっと涙してしまいました。
認識の極限を突いてくるような最小限の情報しかないので、これはある意味、人間にしか通じない表現かもしれません。
意味の生成と消失の瞬間を目の当たりにすることで、認知の不思議と、自分の感覚への純粋な驚きを実感することができます。
映像が描く『関係性』への優しいまなざしも好きでたまりません。
PV込みで曲がパッケージ化されてくれれば即買いなのですが・・・。
映像の正式な流通を熱望です。


ユーフラテス公式サイト。

2007-09-05 02:28:48 | アートなど
下のエントリ「笛社会」を書いてからふと思い付いて検索してみたところ、いつの間にやらユーフラテスの公式サイトが立ち上がっていたことに気付きました。
ピタゴラスイッチの「○と△のしゅうだん」の制作者が気になって調べた時には全くヒットしなかったので、サイトができたのは今年に入ってからでしょうか。
いずれにせよ、喜ばしいことです。
なお、ユーフラテスのサイトはこちら↓
http://euphrates.jp/


栗コーダーカルテット「笛社会」。

2007-09-05 02:16:15 | アートなど
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=hazamanoiori-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000P0I854&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
ロックでポップなリコーダーグループ、知る人ぞ知る栗コーダーカルテット。
その新譜「笛社会」をようやく購入しました。
長期出張でナローバンドのネット落ちしていた時期に発売されていたらしいのですが、気付くのが遅れた上、大きなCDショップへの遠征機会を逸していてこんなにも遅くなってしまいました。
今さらながら驚いたのが、ユーフラテスによる「おじいさんの11ヶ月」PVが収録されていたこと。
佐藤匡氏の「反復かつ連続」を元にしたとおぼしき『!』な映像が堪能でき、たいへんにお買い得です。
パッケージデザインもユーフラテス仕様。
CD裏の曲目リスト番号がいかにもなデザインで、思わずニヤリとしてしまいました。
栗コーダーカルテット好きはもちろんのこと、ユーフラテスや佐藤雅彦氏好き、ピタゴラスイッチ好きにはおすすめの一枚です。


池上永一「シャングリ・ラ」。

2007-09-05 01:39:13 | アートなど
いつの間にか出ていた池上永一の単行本「シャングリ・ラ」。
図書館でみかけて借り置きしていたものですが、いざ読みはじめたら止まらない。つい一気読みしてしまいました。

温暖化が進み、炭素排出削減のための炭素経済政策に支配された近未来の地球。強硬な森林化政策により廃墟と化した東京と、その上に建設された巨大階層都市『アトラス』の謎をめぐり、個性豊かで強烈な登場人物たちが織りなす戯画調エピック大活劇。

ナウシカ世界を彷彿とさせるような終末的様相の中のカリスマ少女、嘘をつく者に死をもたらす謎の幼女、天才的頭脳で経済を操る小学生、無敵の美貌オカマ、冷血無比の猟奇的女医・・・・形容しただけで荒唐無稽と評されそうな、アクの強すぎる登場人物たちの存在が、物語世界の中ではごくごく自然に成立している点が特筆すべきところ。
後半などは完全に戯画調。
それでも一定のリアリズムが保持されているのがすごい。
「風車祭(カジマヤー)」や「レキオス」で萌芽の見られた人物原型が、沖縄という地域的枠を離れてさらにブラッシュアップされた感があります。
ミーコの中にギーギーを、小夜子の中に郁子やオルレンショー博士を、モモコや涼子の中にオバァのフジをそこはかとなく感じて懐かしく思ういっぽうで、これらの原型に拘泥しない発展をみせる人物造形に池上永一の持ち味を見た気がして嬉しくなりました。

あとがきで作者本人が述べているように、沖縄人という『外国人』の目で東京を見たその視点がとても意外な作用を生んでいる作品だと思います。
期せずして自分の中の歴史的バイアス、タブーに気付かされたのがある意味衝撃でした。
結末や背景に唾棄すべき感情を覚えたとしたら、それはおそらく見えないタブーによるもの。
外側からの視点を獲得できたなら、これはきっと単なる物語上のネタのひとつに過ぎないと気付くはず。
滑稽諧謔に満ちながら、シリアスなリアリズムも同居し、壮大な妄言を述べつつ読者の日本観を揺さぶってしまう作品かと。
ある意味、大規模な民話ととらえることもできそうな気がします。
池上永一、とんでもない作家だと思います。
これからも目が離せません。

初出情報を見るに、どうやら月刊ニュータイプで連載していたものを単行本化した模様。
後半の矢継ぎ早感は連載による紙面の都合か。
それでも2段組みで594ページもの分量は圧巻。
エンタテインメントとしても申し分無し。
活字好きには文句無くおすすめです。

書誌情報は↓こちら
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=hazamanoiori-22&o=9&p=8&l=as1&asins=404873640X&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>


同作家の「風車祭(カジマヤー)」↓もおすすめ。
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=hazamanoiori-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4167615029&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
(↓うぉっ! 今、調べていたら「風車祭」がマンガ化されているらしい! 画像化なんてできるのか? しかも、あの長大な原作を何巻かけてマンガにするつもりなのか?! 一体どういうことに! 恐い!)
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=hazamanoiori-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4063406067&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>


コンドルズ「沈黙の夏」。

2007-09-01 12:05:19 | アートなど
昨日8月31日は、仙台電力ホールで上演されていた「コンドルズ日本縦断大轟音ツアー2007 Summer Time Blues ~沈黙の夏~」を見て参りました。

近藤良平氏率いるダンスカンパニー コンドルズ
圧倒的な身体能力を基礎に据え、学ラン姿の男たちが大音響での群舞、笑い、小ネタ、映像、一発芸的表現、寸劇など、何でもありのバカカッコいい舞台を展開します。緩急自在の疾走感あふれるダンスは圧巻。
2005年を皮切りに、通算4回目の仙台公演です。

今回は「沈黙の夏」と銘打つ通り、ほぼ全編にわたって言葉を用いない構成。
身体表現と振り付けの妙、そして、音楽と構成の活きた作品であったかと思います。
「夏」を感じさせる舞台。
そしてかつ、「ああ、夏が終わってゆくなあ」と感じさせる舞台でした。
8月最後の日に演ずるにふさわしい、詩的で叙情性にあふれた作品だと思います。

冒頭で仙台市民の心を見事に鷲掴みし、おおらかな地域性を上手く引き出す手腕には脱帽。
毎度ながらのスタンディングオベーションでしたが、かつてない盛り上がりだったような気がします。
回を重ねるごとに熱狂度合いの高まってゆく仙台公演。
次回が今から楽しみでなりません。


横浜経由東京遠征8/5。(ヨコハマEIZONE、照明展 Flament style 003)

2007-08-06 23:57:42 | アートなど
昨日8月5日は、横浜で複数のイベント会場と、渋谷でひとつの展示を観て参りました。

まずは、横浜地区で開催されていたヨコハマEIZONE。
横浜の桜木町駅やZAIM、赤レンガ倉庫など、海沿いに位置する10の会場で広域的に行われる、映像芸術や現代美術の祭典です。
前日に訪れた「日仏現代美術交流展 Le Chine」や「OPEN STUDIO vol.4」もこのヨコハマEIZONEへの参加イベントのひとつとして位置付けられていたものです。
スタンプラリーもあり、せっかくなのでこの日は残りの全会場を周回。
ZAIM、横浜市映像情報センター、赤レンガ倉庫、旧桜木町駅舎を回り、記念の缶バッヂと横浜トリエンナーレ2008ノートをいただきました。
赤レンガ倉庫ではデジスタ関連のデジタル縁日やデジタルショーケースが開催されており、さまざまなブースが出されていました。メディア芸術祭のブースで映像作品が流れていて、ちょうど「電信柱のお母さん」が上映されていたので、以前途中から拝見して目を奪われた作品「レッツゴー番長 デッドオアアライブ 完全篇」を見ることができると期待していたところ、プログラム違いで邂逅は叶わず。残念。
しかしながら、以前の芸術祭会場で未見だったノミネート映像作品をいろいろ見ることができました。
今回も見ていてやはり感じたのが、都市性に立脚した作品の多さ。
私自身が田舎に住んでいるせいか、都市性にそのまんま依存した作品にはいまひとつ共感を持てません。表現者が接する世界をそのまま描くのではなく、世界からなにがしかを抽出・純化し、再構成した作品が普遍的な強さを持っているような気がします。
印象に残ったのが、オタマジャクシの親子を扱った作品。シンプルながら非常に面白く、脚本と見せ方の妙に感心しました。
他にも色々なブースがありましたが、時間の関係でじっくり見られず。残念。

夕方には渋谷へ移動。
NHK近くの原宿パークマンション1F Room-F で開催中の「照明展 Flament style 003」を見て参りました。
滋賀在住の照明作家 key-men の販売を兼ねた展示会です。
銅を素材にした、独特の風合いとデザインを持つ照明器具たちは、なかなかの秀作ぞろい。
陰影が蝋燭の灯りや月明かりを彷彿とさせます。
古いモノ好きやクラフト・エヴィング商會好きには特におすすめ。
暗い中での照明たちを見せるために夜中の10時まで営業しているそうですので、興味のある向きは夜に訪れてみるのが良いかと思います。
8月12日まで。

このあと、友人とばったり出会い、せっかくなので日没を待って再び照明展へ。
闇に沈む照明たちは明るい時とは全く違った表情を見せていました。

その後、最終電車で帰宅。車両故障によるダイヤの乱れで遅延があったものの、無事に家に辿り着くことができました。
充実の二日間。
暑さもあいまって、忘れられない夏の思い出となりそうです。


横浜遠征8/4。(BankART「日仏現代美術交流展La Chaine」、東京藝術大学大学院映像研究

2007-08-04 23:57:38 | アートなど
本日8月4日は、横浜で2つ(3カ所)の展示を観て参りました。

まずは、馬車道のBankART 1929 および 海岸通りの BankART Studio NYK の2カ所で開催中の「日仏現代美術交流展La Chaine」。
クリスチャン・ボルタンスキー発案の展覧会ということで足を運びました。

はじめに行ったのが、馬車道のBankART 1929 。
銀行跡地を利用したアート施設です。
こちらにはボルタンスキーの2作品と、松本春祟氏の作品群が展示されていました。
1階の大ホールを利用したボルタンスキーのインスタレーション作品が圧巻。
光を最小限に落した照明。時を告げる無機質な言葉が暗い室内に大音量で響き渡る。ホール中央には作家本人の幼少期からの顔写真が時系列順にモーフィングされた映像が延々と投影されつづけている。
だだっぴろくがらんどうのホールに配置された音と光が、止まることのない時間と、循環する生の記憶と、失われるものたちへの哀悼を静かに生々しく表しているようで、闇の中で目を凝らしながらつい作品に没入してしまいました。始めと最後に2回鑑賞したのですが、その2回とも気が付くと10分以上が経過していて、作品の吸引力を実感。
人を捕らえる場、空間、を作り出すその手腕にあらためて脱帽してしまいました。
地下のボルタンスキー作品も印象深いもの。
氏の誕生日にあたる9月6日に放映されたニュース映像が、生年から現代に至るまで数分に凝縮編集され、室内に投影されている。部屋中央のボタンを押すと、めまぐるしく流れていたその映像の一コマが数秒間静止する。というもの。
驚いたのが、ほんの一瞬しか映らないにもかかわらず、人はずいぶん多くの映像を認識できるのだということ。
目を凝らすことで数十年間の情報が一挙に受け渡されるような感覚を味わいました。

松本春祟氏の作品群「星座」は、4分割された四角形をモチーフに、絵画や映像やオブジェなどさまざまな手法がちりばめられたインスタレーション。
殊に印象的だったのは「シロクマ」。観客の居ないシアターを再現した奥のスペースに、不思議な存在感を感じました。


続けて、もうひとつの会場、海岸通りの BankART Studio NYK へ。
こちらは古い倉庫を改装したアート施設です。
心象風景のような独特の世界を紡ぐさわひらきの映像作品「Unseen Park」や生命の営みの一瞬をとらえたアンジェリカ・マルクルの「Choses vues」、そして、不可思議な映像で異形の者たちを描いたガブリエラ・フリードディスクドティールの作品「TETRALOGIA」も印象深いのですが、この会場で今回一番心を惹かれたのは、意外にも常設作品とその展示空間のほうでした。
施設3階にある空間には、丸山純子氏の「丸山花店」と、牛島達治氏の「homege to the Moon」「イトナミ、オクからテマエを超えてズウットズウット」「記憶-原動-場」のインスタレーション計4作品が設置されています。そしてさらに、この空間が一種独特の異様な世界として存在感を放っていました。
まず、この3階展示空間そのものが倉庫時代のまま改装もされず古びた香りを放っているので、建物そのものが打ち捨てられた異空間のような空気を持っています。濃厚な埃の臭い。地面は土間のようで樽の痕が丸く残る。落ちて残っているコーヒー豆。ハトやねずみの住んでいそうな気配。そこへ、古い扉から漏れる外光や照明光が加わり、えも言われぬ異界感を醸し出しているように思えました。
人が滅びたずっと後までも存在していそうな、不可思議な機械たち。そして幻想的な花。
まるで押井守氏の「アヴァロン」の世界のような雰囲気です。
時間の重みと場の持つ力を実感させられました。
廃虚好きや古いモノ好き、異空間好きはぜひともこの3階へ足を運ばれることをおすすめします。
なお、この3階常設展示は Landmark Project の一環として設置されたものなのだそうで、BankART Studio NYK で展示イベントが行われるときだけ限定で観ることができるようです。
EIZONE期間内は問題なく観られますが、その後の鑑賞には確認のための問合せが必要かと思いますのでご注意を。



さて、次に東京藝術大学大学院新港校舎で開催されていた映像研究科メディア映像専攻「OPEN STUDIO vol.4」。
芸大大学院メディア映像専攻の制作展を兼ねたスタジオ公開です。
昨年の vol.2 、vol.3 がたいへん刺激的で面白かったので、今回も楽しみに足を運びました。
専攻開講2年目とあって学生数も2倍に増えた今回は、展示方法にも変化が見られました。
内容としては、修士1年の授業内容を紹介するスペースと、修士2年の個人製作を展示するスペースに大別されますが、両者をきっちりと区分し、さらに作品ごとの配置を考えて鑑賞者の動線を工夫することで、より『見せること』を意識したスマートな展示になっていたように思います。
回を重ねるごとに展示方法と内容が着実に進化・深化しているようで非常に感慨深いです。
また、この日はたまたま、教員である佐藤雅彦氏と桐山孝司氏の共同作品「計算の庭」のプレ展示が行われており、非常にスリリングかつエキサイティングな体験をさせていただくことができました。本展示が楽しみでなりません。
以下、今回展示への勝手に解釈&コメント&感想。

1 修士1年の展示:エントランスホールの大きな1壁面を利用したスペースを用い、1年生が4月からの3ヶ月間に取り組んできた授業内容と課題製作の概要をキャプションや写真パネルやプロジェクタで展示したもの。昨年とは違い、今年は修士1年のスペースがここ限定なので、大量の情報をいかにしてボリュームを抑えてわかりやすく提示するかに苦心しているのが感じられました。
様々な工夫が見てとれて、感心する所多々。
パネルを正方形に統一し壁一面に整列配置させることで、全体がすっきりとした形にまとまっていたのが印象的でした。
また、映像の展示法が秀逸。モニタを設置するのではなく、壁の正方形パネルに向かって正方形に調整した画像を直接プロジェクタ投影することで、写真パネルの中に映像が自然に溶け込み、壁の展示スペース全体の統一的トーン保持に成功していたように思います。
惜しむらくは音響課題関連の展示。ヘッドホンで実際の課題製作を聞くことができるようになっていたのですが、ヘッドホン用のパネルが展示に溶け込みすぎて、鑑賞者が勝手に手に取って良いものかどうか迷う雰囲気であったかと思います。せっかくの体験展示なのにもったいないなあと感じました。私の場合は再生ボタンがついていたのでかろうじて試聴用だと気付けましたが、もう少し鑑賞者が手に取りやすい工夫をすると、もっと多くの人々が自然に聴けるのではないかと思われ、今後の進化が期待されるところです。
 ディスプレイモニタを高速度撮影でとらえた映像と、ティッシュに取り出し数が投影された映像、身体表現をモチーフにした映像などが気になりました。課題の中にも個性の表れが見え隠れしているようで、制作者と作品との対応関係が知りたいところです。ひとつひとつの成果作品をじっくり見られないのが残念でなりません。

2 津田道子氏「鏡の中のカメラ、カメラの中の鏡」: 映像作品。部屋を映すカメラ。そこへ鏡が置かれ、部屋を映した実像と、部屋の中央部に置かれた鏡に映る鏡像とが、あたかも連続性を持つかのようにぴったりと重ねられる。そこで、それらを映すカメラが振り子運動をはじめる。視点となるカメラが動くことで、実体と鏡像との疑似連続性が保たれたまま、その境界がスライドしてゆき、思いもよらない多重世界が立ち現れる。
いつも面白い構造を提示することで映像と世界の関係性をあらわにしてくれる津田作品。今回もエキサイティングな構造を提示してくれました。
実体と鏡像を接続させるだけでも面白いのに、さらにそこへカメラ=視点の振り子運動を加えることで、如実に構造の面白さが際立つ構成になっていたかと思います。また、物体だけでなく人や動物など制御し難いものを世界に組み込むことで、より臨場感が増していたように感じました。
シンプルな構成なので、しくみが露呈しているのも面白さを倍増させていたかと思います。
構造設備そのもののインスタレーション展示もぜひ拝見してみたいと思いました。

3 木村奈緒氏「access clock」: ネットワークにおけるシステム上の物理的時差を表現したインタラクティブ作品。それぞれ日本、アメリカ、ニュージーランドを示す3つの時計が壁に並んでいる。アメリカはyahoo、ニュージーランドはamazonのドメインに対応しており、日本を表す時計の針を鑑賞者が動かすと、他の2つの針が、それぞれのレスポンスタイムに即した遅れを伴って動き、ネットワークの時差を視覚的に表現する。
 即時性を特性とするインターネットであっても、経由するノードが増えるごとに情報の物理的処理速度に起因する遅延が生じる、ということは、なるほどよく考えてみれば納得がゆくのですが、普段の生活ではほとんど意識する機会がありません。そういった、たしかにありながら知覚されない事象を如実に表すシステムとして非常に面白い作品に思えました。
 自分の個人的経験を振り返ると、遺伝子配列の相同性検索サイトなどの利用時に、日本の国立遺伝研サーバーと海外サーバーでは微妙に応答時間が違うような気がしていたのですが、これもあながち気のせいではなかったのかな、と少し腑に落ちた気がしました。その実はどうなのでしょう。気になります。

4 牧園憲二氏「元気」: 写真加工作品。風景の中にフレームを配し、その中に切り取られた植物が位相のズレや増幅によって存在感を主張するかのような挙動を見せる画像4作品。人工物の中の自然物としての植物をフレームシフトすることで、逆にその人工性と、人工性を超えたところにある無秩序性=生命感が浮き彫りにされているような印象を受けました。
 前回の作品手法を引き継ぎつつ新たなテーマ性を模索しているように感じられ、今後の方向性が楽しみです。

5 重田佑介氏「ルールする運動」: 映像作品。映像中の物体や人間・生物の動きに伴って、映像に重ねられた線分が一定のルールに則って様々な動きをみせる。孔雀、サイコロ、角材、卓球、釘打ち、辞書、犬の散歩、ペンギンなどの動きに付随するルールを創出付加した作品が5つのモニタで再生されている。
 映像に線分が加わることで、本来なかった意味が付加される様子が非常に面白く感じられました。線分の動きによるルールの創出であると同時に、世の中の事象からのルール抽出的側面も併せ持った表現であるような気がします。
たまにルールの規則性が理解し難い部分もありましたので、ひょっとすると単純なルール表現ではない要素も込められていたのかもしれません。気になるところです。

6 坂本洋一氏「回すと灯りのつくスイッチ」: 関係性の逆転を扱ったインスタレーション作品。通路両脇に縦長で奥行きのある穴がいくつか配置されている。通路奥にはカメラが設置されており、通路をモニタしているのが見てとれる。通路脇の穴の中には電灯が仕込まれていて、不可思議な規則性をもってたまに灯りが点灯する。鑑賞者がインタラクティブを予想期待して通路を動くと、思ったような反応は得られず、規則性と相互作用の期待が裏切られる。作品解釈ができぬまま作品を後にすると、会場出口で最後に「作品通路裏に電灯を点けるためのスイッチと、通路を観測するためのモニタがあった」ことが知れる。
 個人的に、今回一番印象に残った作品。出口で作品の構造に気付いた時には『やられた!』と感じるとともに思わず笑ってしまいました。鑑賞者の解釈行動や作品鑑賞そのものの特性を逆手に取って鑑賞行為自体を相対化してしまう手法、そして、同じ状況が異なる意味を持ちうる関係性の多重性に着目した展開。関係性のフレームチェンジという点では前回の作品「私と神様と王様」の延長線上にありながら、今回はデジタル技術を一切使わず、これだけのアナログで同一テーマを表現してしまっているところにすごさを感じました。脱帽です。

7 小野崎理香氏「memories of life」: インタラクティブ作品。切り株の絵が表示された台状のモニタにペンタブレットで触れると、年輪の位置に応じた樹木の姿が壁面に投影される。さらに切り株の欠損部にタブレットが触れると、樹木の伐採搬送工事場面が写し出される。
 時と記憶の関係性を樹木の年輪というアナロジーに託して視覚化した点に、素直に感動を覚えました。年輪位置の組成や物性を調べることでその当時の環境を知る『環境復元』という科学分野に通じる概念だと思います。そういった生物学的な意味付けと象徴的な意味付けがぴったりと寄り添うような、情理兼ね備えたモチーフのように思えました。人間の知覚や記憶を越えて数百年オーダーで生き続ける生物種としての樹木に記憶の担体としての役割を担わせることで、単なる植物以上の存在意義が付与されるような気がします。
 樹木そのものの持つ記憶に加え、もしも個的な記憶も包括するようなシステムが構築されたならば、さらに素晴らしい作品へと飛躍を遂げそうに感じられ、今後の方向性が楽しみです。

8 井高久美子氏「操作する時間」: インスタレーション作品。プロジェクタで壁面へ静止映像が投影されている。鑑賞者がプロジェクタ台から伸びるハンドルを回すと、投影された画像に時間が流れる。
 シンプルながらテーマ性のはっきりした説得力ある作品に思えます。ただ、残念だったのが設備の脆弱性。私が訪れたときは会期終盤だったためか、不注意な鑑賞者が多かったためか、ハンドルがゆがんでしまいプロジェクタ操作部との接合部に不具合が生じていて、ハンドルを回してもなかなか映像に反映されない状態になっていて、非常にもったいないなと感じました。
物理的要件に左右される分野だけに、鑑賞者と作品との間合いの取り方が難しそうです。苦労がしのばれますが、ぜひ困難をクリアしてがんばっていただきたいものです。

9 佐藤哲至氏「仮定されたビジョン」: インスタレーション作品。大きな木製テーブルの上に木製のボールを転がすと、同時に仮想映像のボールが並行して転がってゆく。実体である木製ボールの行く手には投影された映像ブロックが、投影された仮想映像であるボールの行く手には実体である木製ブロックが配置されている。実体のボールは映像ブロックをすり抜け、対して映像のボールは実体のブロックに跳ね返された後にその中をすり抜ける。
 実体と映像との関係性に着目した作品のように思えました。ちょうど7月27日付エントリで、実体と映像の関係性について考えていたところだったので、不思議な符丁に感慨深いものを感じました。映像が実体の存在性に影響を与える可能性を追求してゆくと非常に面白いことになりそうな予感がします。技術分野からのアプローチだけではなく、概念の提示としてのアート的アプローチに期待する所以です。
 今回の作品では、作品の素材や存在感に好感を持ちました。手触りや全体的な雰囲気が醸成する舞台装置的側面の重要性を再認識させられた気がします。

10 小佐原孝幸氏「ゲシュタルト・ウーマン」: インスタレーション作品。プロジェクタから壁面へモザイク壁画状の女性肖像が投影されている。鑑賞者が絵の前を横切ると、影がプロジェクタの投影映像を遮る。すると絵はすべて隠れず、部分的に存在し続ける。そこでようやく、女性の肖像として見えていた絵が2つのレイヤーから成る二方向からの合成映像であったと知れる。
 シンプルかつ明快。ひとつのレイヤーでは意味を成さない絵が、総体としてはじめて意味を生ずる。ゲシュタルト理論の概念を実に鮮やかに具現化してみせた作品に思えます。

11 山峰潤也氏「多角的な肖像」: インスタレーション作品。壁面のモニタに写し出された女性の顔写真が、鑑賞者の立ち位置に応じて縦方向に分割されてゆき、最大8分割もの短冊状になる。細分された顔画像はぞれぞれ別の角度が撮影されており、分割数が多いほど多方向を同時に網羅した肖像になってゆく。
 3次元の実体を見る場合に鑑賞者が360°移動しながらいろいろなアングルを探すはずの行為を、さらにひとつづつディメンジョンを落とし、鑑賞者の直線的な探索行動のみで平面から全周的な複合視点を得られるようになっているところが面白く感じられました。何となく『動くキュビズム』という形容が浮かびます。

12 越田乃梨子氏「イソウの部屋」: 映像作品。ふたつづきのメゾネットハウスのように並ぶ4つの白い部屋。その中に存在する二組の男女。中の人々が動くことで、本来の物理的位置関係とはズレた部屋同士のつながりが表現される。同一平面状にある4つの部屋を、横方向からとらえて画面上で格子状に並べ、それぞれの部屋同士の位相のねじれを表現。位相の繋がり方向を変えた4つの断章から成る。
 構造を理解したと思って見ているとそれが心地良く裏切られる、だまし絵のような作品に思えます。淡い質感も手伝ってか幻想的なトーンが生じ、人形の家のような、どこか小さな異世界での出来事を描いているようにも感じられる気がします。ビル・ヴィオラの『キャサリンの部屋』や、「水と油」の舞台作品を連想しました。
 越田氏は昨年から一貫して位相のねじれをテーマにしているように見受けられます。見せ方の進化もうかがえ、今後の展開が楽しみです。

13 渡辺水季氏「イメージの操作」: インスタレーション作品。壁面へプロジェクタ投影されたピントの甘い映像。鑑賞者がプロジェクタと壁の間に凸レンズをかざすことで焦点距離を操作し、一部だけクリアな映像を得ることができる。
 昨年の「焦点距離」を発展させた作品かと思われます。映像に動きを加えることで、凸レンズを通した光路の反転に気付かされるようになっているのが面白く感じられました。また、あらかじめ一部に虫眼鏡を固定配置するなど、システムを理解させるための工夫が加えられているのに感心しました。今後どのような方向性を見せてくれるのか興味深いところです。

14 米沢慎祐氏「visual cue」: インスタレーション作品。床面に投影されたフィールドに等間隔で配置された二等辺三角形の間を仮想の見えないボールが転がってゆく。ボール自体は見えないが、その位置を三角形の頂角が指し示すので、三角形の挙動を頼りに鑑賞者はボール位置を推測し、手に持った網で捕らえる。三角形の底辺-高さ比は3パターンあり、頂角の高さを変えてやることでボール位置の認識性ががらりと変わってしまうことが実感できる。
 存在そのものではなく、周囲の反応を検知することで存在の位置を知る、という間接的な検知システムに人間がきちんと対応できているのが面白い。ある意味でこれは、気配を検知しているととらえることもできそうな気がします。また、三角形の長さが変わることで認知性が大きく異なってくるのも面白く感じられました。正三角形での指向性の消失は当然ともいえますが、よく考えるとこれも不思議な現象です。指向性認知の閾値がどこにあるのかが興味深いです。さらに、もしも三角形ではなく短い線分や菱形を利用したらどうなるのだろうと夢想してしまいました。興味深いところです。
 
15 河内晋平氏「身体の分解能から考察する質の研究」: 実験研究展示。職人の持つ質の判定能力が身体の分解能に由来するものと仮定し、職人、造形作業をする人、物を作らない一般人、の3群に対し、触覚によるヤスリの粒度判別作業実験を行い、被験者が微細な違いを判別するときのプロセスを映像的に解析し、被験者属性群ごとの差や傾向を抽出しようと試みた研究の経過を示したもの。
 職人の持つ共有的価値基準の生成に着目した結果、完全な自然科学的アプローチに行き着いているのが非常に興味深く思えました。実験システムの創出も面白い。それぞれの被験群別データから抽出した特徴を統計的に解析したなら、とても有意義な結果が得られるのではないかと予想され、今後の展開が期待されるところです。

16 中島隆氏「僧とタヌキ」: 絵本作品。禅僧の一人問答に託し、認識論的テーマを扱った作品。
 絵柄と言葉運びがユーモラス。紙媒体でなければ生じない物質性の中で形のない認知テーマを描いているのが面白い。情報の固着と受容される情報の不確かさとの関係性がじんわりと滲み出る試みのように思えました。

17 橋本典久氏: 写真作品。昆虫が人間と同じスケールまで拡大された巨大写真として展示されたもの。
 共同研究員とのことですが、昨年、大地の芸術祭においてキョロロでこの方の展示を拝見したことがありました。実体顕微鏡で覗いた世界がそのまま巨大化して出現したかのような画は圧巻。別スケールの世界を生きる昆虫たちが我々と同スケールになることで、普段気付かない世界があることを目の当たりにさせてくれるのが感慨深い。受容器の知覚システム自体が異なるので、昆虫たちの見ている世界を直接知ることはできませんが、こうしてスケールを合わせることで、彼らが互いをどう見ているのか想像をめぐらせることが可能になるのではないかと思います。
 微細構造までもクリアに再現する解像度とプリント仕上げは相当の技術の結晶なのではないでしょうか。身近な昆虫の他に、いわゆる不快害虫や小動物、さらには微生物や生体内の小器官を拡大プリントしたならどうなるのか見てみたい気がしました。

おまけ 佐藤雅彦氏&桐山孝司氏「計算の庭」: 今年秋に森美術館で公開されるらしい作品のプレ展示。事前に具体的な内容を知ってしまうと面白くないので簡単な概要だけ。
 鑑賞者が「計算の庭」というフィールドの中で演算の力試しをする体験型作品。フィールドの中には自然数つきの四則演算子が書かれた演算用のゲートがいくつかあり、数字の書かれたIDタグを持った鑑賞者が、自身を数字に見立てて演算ゲートをくぐるとそのとおりに計算が実行される。出口のゲートにはとある数字が書かれていて、その数字と同じ計算結果にならないとフィールドから出ることができない。
 体験者は、自分の演算能力だけをたよりに行動するしかないので非常にスリリング。面白いです。外から見ているだけでは何が起こっているのかわからない、という体験者と外野とのギャップも特徴。また、同じ数字から始めて、どれだけスマートにゴールできるかを競い合うのも面白く、学生さんたちと一緒にたいへん楽しませていただきました。
 小学生から大人まで、年齢問わず楽しめる作品だと思います。本展示が楽しみでなりません。

結局、すべてを見て回るのに3時間ほどかかったでしょうか。なかなか盛りだくさんの内容だったと思います。
また、この日はたまたまレセプションパーティーがあり、僭越ながら私も縁あって参加。おいしい料理のご相伴にあずかりながら制作者である学生さんご本人たちにいろいろとお話をうかがうことができ、たいへん楽ませていただきました。考えていることや目指していること、製作上のポイントや課題など、個性豊かで多岐にわたる話題は非常に刺激的で、私個人的にもいろいろと気付かせられることの多い、たいへん貴重な体験でした。
プレ展示で遊んだ時間も、むかし牛の出産のため徹夜で泊まり込んだり、実験や議論で夜中まで過ごしていた自らの研究室時代のことを思い出し、懐かしくも幸せな気分になりました。
この日ここで過ごした時間は私にとって宝物のような時間だったと思います。開かれた姿勢で最前線を走り続ける教員各氏と学生さんたちに感謝。
2年生の次作、そして1年生の課題製作ダイジェストで見受けられた個性の萌芽が興味深く、次回のOPEN STUDIOが今から楽しみでなりません。

大変密度の濃い横浜遠征1日目。
人間の個性と創造性に惜しみない感謝を。


かわうそアニメ劇場。

2007-08-02 21:10:55 | アートなど
フジモトマサル氏のサイト「フジモトマサルの仕事」で知った情報。

カタログハウスのサイトで、フジモトマサル氏の「かわうそアニメ劇場」傑作選が公開されているようです。
3か月にわたる集中連載とのことですので、フジモトマサル氏好きは要チェック。
氏のイラストと絶妙の間が醸し出す空気感がなんとも可愛らしくて微笑ましい。
フジモトマサル氏を知らない方にもおすすめです。


東京遠征7/28。(東京藝大美術館「金刀比羅宮書院の美」、「歌川広重 名所江戸百景のすべて」、「素描

2007-07-29 00:37:02 | アートなど
昨日7月28日は、東京にて4つのギャラリーで8つの展示を観て参りました。
以下簡単に。

まずは、東京藝術大学美術館で企画展3つ。

「金刀比羅宮 書院の美 ? 応挙・若冲・岸岱 ?」
(情報は→こちら あるいは こちら )

こんぴらさんの愛称で親しまれる四国金刀比羅宮の書院襖絵を公開した企画展。
応挙や若冲の筆があると聞いて足を運びました。
内容は、円山応挙や伊藤若冲、岸岱らの筆による襖絵をメインに、金刀比羅宮をめぐる信仰習俗を紹介したもの。
やはり展示品が襖絵なだけあって、移動不可能な部分は複製画で対応。
若冲の花丸図は6割が複製でした。
若冲目当てで行くとがっかりしてしまうかもしれません。
しかしながら、それぞれの襖絵の部屋を再現しつつ、部屋の役割などがきっちり解説されており、やはりメインは金刀比羅宮の文化的価値に係る紹介なのだなと納得。
広報に問題があるような気がします。
個人的ヒットポイントをいくつか。
応挙の遊虎図の虎たちがユキヒョウのようにモコモコフワフワで微笑ましい。
岸岱の水辺柳樹白鷺図の凛とした美しさ。
若冲の花丸図。枯れや虫食いも込みで植物の持つ生命感。
頓田丹陵の富士巻狩図にパロミノの馬が描かれていて吃驚。
こんぴら狗のエピソードにほろり。
ところでわたくし、疲れている時に薄明かりの中でたまに見えないものが見えてしまったりするのですが、立ちくらみも手伝ってか、今回も若冲の花丸図の中に一瞬昆虫がうごめいているような幻を見てしまいました。それが妙にはまっていて、一人脳内で感心。花丸図には虫が似合いそうな気がします。
総じて良質の企画展。
文化財級の調度を惜しげも無く貸し出してくれた金刀比羅宮に拍手。
9月9日まで。

2つ目。
東京藝術大学創立120周年企画 芸大コレクション展「歌川広重《名所江戸百景》のすべて」
文字通り、歌川広重の浮世絵「名所江戸百景」を一堂に集めてしまった驚きの企画展。
「金刀比羅宮 書院の美」よりもある意味こちらのほうがボリューム満点だったかもしれません。
単品でならいくつか目にしたことはあっても、このようにまとめて見る機会はなかったので圧倒されました。
まとめて見てみると、構図の面白さ、秀逸さがよくわかってお得感倍増。
ゴッホやゴーギャンへ与えた影響を紹介するコーナーもあって非常に面白い。
現物が一同に会するのは滅多に無いことでしょうから、浮世絵好きはこの機会にぜひ。
こちらも9月9日まで。

3つ目。
東京藝術大学第二研究室「『素描展』?思索のなかで?
美術館隣りの陳列館2階での学内展示。
研究室の面々がそれぞれの制作活動の課程で残してきた素描を展示したもの。
ふつう我々鑑賞者の目に触れるのは最終的な作品のみだけれど、このように思索の跡が白日の下に晒されると、それもまた作家性を理解する縁となって非常に面白い。
わたくし個人的には川又聡氏の習作に一目惚れ。
馬と鶏に生命へのまなざしを感じました。
完成作をぜひ目にしてみたいものです。
こちらは会期短く31日(火)まで。
最終日は正午までなのでお早めに。


次に、銀座のギャラリー小柳で展示をひとつ。
須田悦弘展

須田氏に関しては、今年の1月13日、14日に行った金沢21世紀美術館で作品「雑草」を拝見して、そのつつましやかな展示方法と木彫の超絶技巧に心を奪われていたところ。
(須田氏については→こちら )
東京藝術大学美術館でみかけた展覧会情報誌で発見して、予定を変更してダッシュで足を運びました。
桜の葉、スミレ、ツツジ、朝顔、ハハコグサ、カタバミ、そして小さな雑草たち。
身近でつつましやか、それでいて美しい植物たちを模した精密な木彫作品は、いくら間近で見ても本物と見紛うばかり。
単に精密さを求めているわけではなく、生命そのものへのまなざしを感じるのが素晴らしい。
技術と視点と手法と理念が見事に一体化した作品群だと思います。
これからも注目してゆきたいアーティストです。
残念ながら会期は今日で終了。
そのかわり、京都のアサヒビール大山崎山荘美術館 の企画展 で9月17日まで作品が展示されているようですので、興味のある方はぜひ。


次いで、目黒区美術館でひとつ。
線の迷宮<ラビリンス>II - 鉛筆と黒鉛の旋律
鉛筆や黒鉛など、白と黒を基調としたシンプルな画材で表現を追求している作家10名の作品を一同に集めた企画展。
ボリューム、質ともに大変素晴らしい内容。期待以上でした。
同じ鉛筆等を使いながらも、これだけ技法と表現に個性が生じるという事実。
10もの作家世界はどれも濃密。圧巻です。
絵画好きと現代美術好きにはおすすめ。

有名どころの作品で客寄せするのではなく、こういった良質の企画展を次々と打ち出す目黒区美術館。
今、私の中で注目度ナンバーワンの美術館かもしれません。
(前回は「原マスミ大全集!」。ちなみに次回予定は「馬と近代美術」!!)
今後もぜひともがんばって運営していってほしいものです。


最後に、東京オペラシティアートギャラリーで3つ。

まず、「メルティング・ポイント
ジム・ランビー、渋谷清道、エルネスト・ネト、の3氏作品を集めた企画展。
オペラシティアートギャラリーの企画展にしては作品数は少なめ。
三者三様の作風が面白いけれど、行き慣れているとちょっと物足りないかもしれません。
ネトの作品にはいつも生物膜を連想するのですが、今回の作品もその例に漏れず。
骨内部の構造体や、細胞膜のモジュール構造を彷彿とさせる造形がやはり興味深い。
丸亀市猪熊玄一郎現代美術館  での個展へはぜひ行ってみたいところ。

次に、「[収蔵品展]いのちの宿るところ」
オペラシティアートギャラリーの収蔵品を、会期ごとにテーマを定めて展示したもの。
たまに、企画展よりもこちらの収蔵品展のほうがとんでもなく充実していたりするので侮れない。
今回も、私個人的にはこちらの「いのちの宿るところ」のほうが大ヒット。
殊に竹内浩一氏の動物画には、激しく心を奪われました。
具象でありながら理想化され抽象化された動物たち。
驢馬の穏やかな表情はさながら宗教画のよう。
ほぼ原寸大の重種馬を描いた「遠ざかる音」は圧倒的な存在感。
静謐な空気の中に佇む馬体はどこか神々しさを感じさせるような気がして、しばらくぼうっと魅入ってしまいました。
奥山民枝氏の光を扱った絵画群も目が釘付け。
具象と抽象のあわい。
それでいて光の特性を実に的確に描き出している様子はさながら物理の世界を見ているようで、妙に感心しきってしまいました。
他にも濃~い絵画が盛りだくさん。
なかなかのおすすめです。

最後に、「[project N]田尾創樹 展」
若手作家への支援として位置付けられた展示。
田尾創樹氏は初見でしたが、その圧倒的な諧謔性とメタ的視点に度肝を抜かれました。
どこまでが本気なのかよくわかない上、好悪の分かれそうな作風。
苦労も多そうですがぜひとも突っ走っていただきたいものです。


今日は思わぬ出会いがあったりと、ずいぶん盛りだくさんの一日でした。
晴天に感謝。