はざまの庵

分類し難い存在を愛でる覚え書き by aiwendil お気軽にコメントをどうぞ。

2母性マウス。

2007-08-21 03:00:43 | 役にたたない獣医学ひとくちメモ
『単為発生マウス』の「かぐや」で名高い河野氏の研究がニュースになっていたのでメモ。
(ちなみにこれ、広義の単為発生ではありますが、この場合は両親たる別個体由来のゲノム2セットからの発生なので『2母性マウス』と言うのが正解。)
20日朝のNHKニュースで知って、毎日新聞のヘッドラインで概要を確認。
以下、毎日新聞の記事から引用。

単為発生:マウスの誕生確率を大幅に向上 東京農大など
 卵子だけで子どもを誕生させる「単為発生」技術で、マウスが誕生する確率と繁殖能力を持つ大人に育つ確率を大幅に向上させることに、東京農大などが成功した。ほ乳類の発生メカニズムの解明が進むと期待される。20日付の米科学誌「ネイチャー・バイオテクノロジー」に発表した。
 研究チームは04年、世界で初めて卵子だけでほ乳類を発生させることに成功した。ほ乳類の受精卵の成長には、染色体上の特定の遺伝子で片方の親から受け継いだものだけが働くことが欠かせないとされる。研究チームは今回、マウスの遺伝子を操作し、染色体の1カ所を前回同様に働かないようにしたうえ、別の染色体の欠損を加えた。この雌マウスの新生児から未熟な卵子(卵母細胞)を取り出し、その核を精子の代わりに使って、別のマウスの卵子に移植して胚(はい)を作った。
 前回は、371個の胚を別のマウスの子宮に移し2匹が生まれた。今回は286個から38匹が生まれ、27匹が繁殖能力のある大人にまで成長した。
 研究チームの河野友宏教授(発生工学)は「遺伝子操作によって、精子に極めて近い卵母細胞ができたとみられる。精子が働くために不可欠な遺伝子の仕組みが明らかになった。将来は、さまざまな細胞に分化する胚性幹細胞(ES細胞)から卵子や精子を作り出すことが可能になるかもしれない」と話している。【永山悦子】
毎日新聞 2007年8月20日 2時00分


上記記事では『20日付の米科学誌』となっていますが、実際は8月19日付の記事。
「nature biotechnology」のLetter記事のようです。
まだPubMed上へアブストラクトが反映されていなかったのと、日付が間違っていたのとで、元記事を探すのに少々手間取ってしまいました。
ちなみにアブストラクトは→こちら
原文を参照したかったのですが、あいにく「nature」ではなく「nature biotechnology」。
「nature」なら何とかなったのですが、わたくし、「nature biotechnology」まではカバーしていません。
1記事閲覧のために30ドルは痛い。
ということで、涙をのんで図書館へ行けるまで原文はおあずけです。

H19のノックアウトによるIgf2の発現制御、という基本は変わらないようですが、今回はDlk1-Dio3領域が鍵となった模様。Dlk1-Dio3はインプリンティングに係る領域のようですが、PubMedで引いたら2つしか文献がない!
詳細が気になります。
どのようなストーリー展開の論文なのか、楽しみです。

原始生殖細胞が何をもって卵細胞と精細胞へと分化するのか、そのクリティカルな要因は何なのか、ということが長年にわたって追求されてきたわけですが、今回の河野研究室の論文によって、少なくとも精子機能を獲得するためには究極的には2つの要因が鍵となることが示されたわけです。
これでまたひとつ性分化の謎解明のためのヒントが加わったことになります。
世間的には『メスだけで生殖可能な技術』ということばかりが強調され騒がれているようですが、むしろそちらは些事かと。
家畜で実用化するにしても、母1のノックアウト体細胞クローンを作って、さらにその未成熟胎児から未成熟卵母細胞を取り出して、成熟卵母細胞に核置換して、体外成熟させて、そんでようやく母2の排卵へ核移植して活性化して、という工程を経なければならない(しかも成功率は3割)わけですから、これはよほどの必要性がなければ手の出せない領域のような気がします。
しかしまあ、絶滅の危機に瀕していて、伴性の致死遺伝子を抱えてしまったような生物群に対しては有効な繁殖手段ともなりそうな気もします。

性は、生物が生き残ってゆくための 言わばゆらぎを持った戦略的システムです。
雌雄はもともと同じ素材を部材流用して構築されているわけです。
発生過程で分化する以上、哺乳類にもあいまいな性が生じますし、じつは人間が考えているほどオスとメスはかけ離れたものではありません。
オスとメスが不可逆的に分かれている哺乳類は生物界ではむしろユニークな存在かと思います。
その性分化がどのように制御されているのか、そして、なぜ哺乳類だけが性に融通の利き難いゲノムインプリンティングなどというシステムを組み込んで進化を遂げたのか。
SRY発見で決着がついたかと思われた性分化の決定因子についても、様々な上流下流調節遺伝子が次々と発見され、10年以上経った今でも明確な全貌は解明されていません。
まだまだ残される多くの謎。
ここ近年、IT技術と結びついたバイオ技術の進化は目覚ましいものがありますが、それでもきっとあと数十年は楽しめるものと思われ(笑)、興味は尽きません。
発生と性分化。今後も追ってゆきたいトピックです。


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2 コメント

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>ジョウさま (aiwendil)
2007-08-23 05:04:39
>ジョウさま
獣医でしかも臨床繁殖出身で、発生と性分化が元々の専門ですからねえ(笑)。
このあたりの話なら何時間でも語れますよ。

ところで、ページピュー情報ありがとうございます。
今調べてみたら、トップで170kくらいでした。
ちょっと重めですかね。
調子に乗ってハスの写真を入れすぎたせいかもしれません。
折をみて調整してみます。
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さすが、獣医さんって感じです。 (ジョウ)
2007-08-21 23:31:19
さすが、獣医さんって感じです。

記事の内容から、惹かれるか、引かれるか、、、まさに、専門職です。

生物学の世界は、宇宙に通じる不思議な世界であります。

しかし、、ページがかなり重いです。もしかしたら、私のパソコンのせいかな?!
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