このような劇的な変化には驚かされます。
4年前〜「雄安新区」と「一帯一路」、前回雄安新区に来た時から気になっていたのがこれ〜
1917 年、中国の将来を決定する大胆な決断により、この地域全体が発展しました。
当時、私は北京第二南門のアパに住んでいたので、近くの一番小さな駅、北京東駅へ行くのが便利でした。
駅〜北京東駅から~徐水まで普通列車に乗って通り過ぎました!チケット代は 当時 15元くらいだったでしょうか。
ところが、訪問日の前日、
時刻表を見ても正式な発車時刻が分からなかったので、この北京東駅を直接訪れ 確認しました。
当時の駅舎は4年前と全く同じで、初めての人は行きにくく、わかりにくい。
周囲を民家に囲まれた一角に ぽつんと佇む駅。大通りで誰に聞いても道順は 当時はわからないような感じでした。
4、5年前のあの頃、優安~静かで賑やかな イメージがよみがえりました。
現在の 雄安高鉄駅! あまりにも巨大、歩くと5分以上も!
しかし、先週の授業にて感じたことは
これからは日本も Global South をもっと真剣に、そして
アフリカ、南米、南アジア等の国ともっと真剣に 交流~経済や政治も~
図る必要があると感じた。
(先週、7名の Global Southからの留学生交流より)
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