これは今年の「ゆかたのまち盛岡」オープニングイベントでのさんさ踊りです。
で、このイベントには去年も参加したのですが、その時「ふじ美苑」の藤田さんにお話を伺いまして色々なことを聞きました。以下はそれを踏まえての雑記です。
(内容は昨年の話ですが、一部今年に合わせて改訂しました)
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今年はともかく暑い。ある女子高校では熱中症騒ぎも出たほどだ。こんな暑い夏はシャツ一枚で、と行きたいところだが、汗臭い格好で街に出てもただ気持ち悪いだけ。やはり何か着て外に出てもらいたい。
そこで浴衣を着て夜の街へ、と言うのはどうだろうか。わたしは浴衣ではなく甚平(作務衣の一種で、前を紐で結ぶもの)を着てさんさ踊りを踊ったこともあるが、若い世代にも浴衣や甚平を着てもらえたらなと思う。
そこで盛岡市が官民一体で推進しているのが「ゆかたのまち盛岡キャンペーン」だ。しかしわたしには何の根拠があってのゆかたで街おこしなのか?ハッキリとわからなかった。これが東京(江戸)や京都や金沢ならわかる。しかし夏涼しいはずの盛岡ではしっくり来ないと云う人もいるかもしれない。
そこで去る(2017年)7月15日に肴町で行われた「ゆかたのまち盛岡コンテスト」の会場で、市内の呉服商の方に話を聞いてみた。以下の見解は呉服商の方の話である。
盛岡市はそもそも小京都と呼ばれ、京都から様々な文化を取り込んできた。その中には南部古代型染や南部紫根染のような着物もあったわけだし、かつては中津川で巴染工場が金沢の友禅流しみたいなことをしてた。こうした着物文化を浴衣を通じて若者、さらに多くの世代に伝えることがこのキャンペーンの趣旨だと思う。
確かにそう言う歴史的根拠を語られるとわたしは納得してしまう。ならばそうした背景も宣伝するべきではないだろうか?特に県外から来る人には先述の「なぜ盛岡で浴衣なのか」という疑問がある人がいるだろう。そうした人たちにわかりやすい説明は必要だ。
さんさ踊りも佳境である。これから肴町の七夕、仙北町の舟っこ流しと夏祭りは続く。是非とも浴衣を着て街に繰り出してはいかがだろうか。
(了)
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と言うことですが、今年もあと少しでさんさの本番です。
盛岡大学のさんさ太鼓がこっちまで響いてくるんです。母は時々雷かと勘違いするんですが。
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