ねこ絵描き岡田千夏のねこまんが、ねこイラスト、時々エッセイ
猫と千夏とエトセトラ
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旅先の猫②
2011年05月28日 / 猫

山ツツジがちらほらと咲く山頂周辺を散策したけれど、標高1200メートルを越える山の上で、さすがに猫は見なかった。
そこから、甲賀にある忍術村へ行った。鈴鹿山麓の原生林の中に作られた野趣あふれるテーマパークで、山門をくぐって山道を少し行くと、忍者のからくり屋敷や、手裏剣道場、忍者の博物館などがある。前日の鈴鹿サーキットのモートビアなど、安全管理が徹底された遊園地とは対照的なところである。たとえば水ぐもの術を修行する池。池の片方から他方へロープが一本渡されていて、その下に、足に履く浮き輪みたいなものがふたつ浮かべてある。それらを使って、池を渡るのである。監督するスタッフは誰もいない。チャレンジしたい者は、各自、自己責任で勝手にやる。簡単なようで、意外と難しく、池に落ちる人も結構いるらしい。「昨日は落ちてずぶぬれになった人がたくさんいたからね」と忍者の貸衣装屋のおばさんは事も無げに言う。池の両岸に足を拭くためのタオルが、泥だらけになって無造作においてあるのも面白い。
お昼をだいぶ過ぎていたので、食事が出来るらしい「霧隠荘」というところを探して、案内図を頼りに林の中を歩いていくと、誰もいない少しひらけた空き地の真ん中に誰かが使ったあとのバーベキューの道具が片付けられずに置いてあって、私たちが近づくと、お皿の横から何か黒っぽいものがするりと逃げていくのが木のあいだから見えた。
野生動物かと思ったけれど、猫だった。黒猫が、狭い空き地の向こうの「霧隠荘」という看板の掛かった、バラック小屋のような建物の中に逃げ込んでいった。覗いてみると、「霧隠荘」が営業していないのは明らかで、なべや調理道具の棚が並んだ細長い通路を、さっきの黒猫と、もう一匹、白黒の猫が走っていった。
二匹の猫は、建物の反対側から外へ出て、「霧隠荘」の裏へ逃げていった。入れ違うように、建物の影から一匹の茶トラが姿を現した。先の二匹とは反対に、私たちを見に来たみたいだった。斜面になった林の地面の高いところに腰を下ろして、涼しげな顔をしてこっちを見下ろしていた。
最後にもうひとつ、猫そのものではないけれど、宿泊した旅館の仲居さんは感じのいい若い人だったが、帰り際に、息子がリュックにつけていた猫の缶バッジがきっかけで、猫好きな人であることがわかった。玄関から駐車場まで、深い緑の庭を通っていくあいだ、猫の話をした。どんな柄かは聞かなかったけれど、寮で一匹飼っているらしい。その仲居さんの元へ来る前に、どこかで虐待を受けた猫で、そのせいかとても甘えん坊だという。「履歴書の扶養家族のところに、ちゃんと『一匹』って書いてますよ」と仲居さんはさらりと言った。不幸だった猫が幸せになれてよかった。不幸な猫を幸せにした、そんないい人に出会えてよかった。
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