あなたを見つめて。。 monochrome life

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力強さと儚さと ROLLEI SL66E Planar80mm TRI-X Rodinal1:50

2010年06月04日 23時56分35秒 | Rolleiflex 2.8F・3.5F・ SL66E
巡礼しようと、なんど真剣に考えたか知れぬ。

ひとり旅して、菅笠(すげがさ)には、同行二人と細くしたためて、私と、それからもう一人、道づれの、その、同行の相手は、姿見えぬ人、うなだれつつ、わが背後にしずかにつきしたがえるもの、水の精、嫋々(じょうじょう)の影、唇赤き少年か、鼠いろの明石(あかし)着たる四十のマダムか、レモン石鹸にて全身の油を洗い流して清浄の、やわらかき乙女か、誰と指呼(しこ)できぬながらも、やさしきもの、同行二人、わが身に病いさえなかったなら、とうの昔、よき音(ね)の鈴もちて曰(いわ)くありげの青年巡礼、かたちだけでも清らに澄まして、まず、誰さん、某さん、おいとま乞いにお宅の庭さきに立ちて、ちりりんと鈴の音にさえわが千万無量のかなしみこめて、庭に茂れる一木一草、これが今生(こんじょう)の見納め、断絶の思いくるしく、泣き泣き巡礼、秋風と共に旅立ち、いずれは旅の土に埋められるおのが果なきさだめ、手にとるように、ありありと、判って居ります。

そうして、そのうちに、私は、どうやら、おぼつかなき恋をした。

名は言われぬ。

恋をした素ぶりさえ見せられぬ、くるしく、口くさっても言われぬ、不義。

もう一言だけ、告白する。

私は、巡礼志願の、それから後に恋したのではないのだ。

わが胸のおもい、消したくて、消したくて、巡礼思いついたにすぎないのです。

私の欲していたもの、全世界ではなかった。

百年の名声でもなかった。

タンポポの花一輪の信頼が欲しくて、チサの葉いちまいのなぐさめが欲しくて、一生を棒に振った。

太宰 治 『二十世紀旗手』 (3唱 同行二人)
コメント (2)
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