杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

雲を紡ぐ

2024年06月12日 | 
伊吹 有喜 (著) 文春文庫

羊毛を手仕事で染め、紡ぎ、織りあげられた「時を越える布・ホームスパン」をめぐる親子三代の「心の糸」の物語。
いじめが原因で学校に行けなくなった高校2年生・美緒の唯一の心のよりどころは、祖父母がくれた赤いホームスパンのショール。
ところが、このショールをめぐって母と口論になり、美緒は岩手県盛岡市の祖父の元へ行ってしまう。美緒は、祖父とともに働くことで、職人たちの思いの尊さを知る。一方、美緒が不在となった東京では、父と母の間にも離婚話が持ち上がり……。
「時代の流れに古びていくのではなく、熟成し、育っていくホームスパン。
その様子が人の生き方や、家族が織りなす関係に重なり、『雲を紡ぐ』を書きました」と著者が語るように、読む人の心を優しく包んでくれる1冊。
文庫版特典として、スピンオフ短編「風切羽の色」(「いわてダ・ヴィンチ」掲載)を巻末に収録。(文庫解説・北上次郎 )


美緒は、自分の思いを伝えるのがとても下手です。繊細過ぎて逆に相手の感情を読み取り先回りして何も言えなくなってしまいます。学校での「いじり」も嫌だといえずに笑いで誤魔化しているうちに、学校に行こうとするとお腹が痛くなり、家に引き籠るようになります。美緒の心を支えていたのは、彼女の誕生祝いに父方の祖父母から贈られた赤いホームスパンのショールです。それを頭から被ると、繭の中にいるようで安心できたのです。

中学の教師をしている美緒の母は、殻に閉じ籠って逃げていると娘を責めます。同じく教師だった母方の祖母も母と同じ考えでした。
学校に相談に行った母は一応の解決を得たとばかり登校を促しますが、そんな単純なことじゃないわけで・・・母も中学校の生徒たちの裏サイトで攻撃され苦しんでいるのですが、「逃げ」ずに立ち向かおうとしているんですね。だから余計に娘が不甲斐なく思えるのかな。

父の会社ではリストラの話が出ています。家でも会社でも寛げない父は、仕事帰りにコーヒーショップで時間を潰して帰宅していました。

勇気を振り絞って登校しようとした美緒を、父が学校まで車で送ってくれます。この時の父娘の描写に、会話不足で互いの気持ちが伝わらないもどかしさを感じます。美緒の寡黙で口下手なところは父譲りなのね。
結局教室に行けずに家に逃げ帰ってきた美緒でしたが、大事なショールがありません。「また」母が私の大事なものを勝手に処分したと思い込んだ美緒は、衝動的に祖父の所に行こうと家を飛び出します。(以前にも大事にしていたものを棄てられたことがある。)美緒のもう一つの心の拠り所はスマホの待受にしている緑の草原と羊たちの写真。それは祖父母の家・岩手県の山崎工藝舎 の景色でした。

家庭で紡いだ糸で織った織物を意味するホームスパンは、 明治14年頃に、イギリス人宣教師により伝わったそうです。小説に登場するショールームのモデルとなったのは、盛岡市鉈屋町にある盛岡町家「大慈清水御休み処」 です。

18歳で家を出た父は祖父との確執もあって殆ど交流がなかったので、美緒は初めて祖父と会います。内気で人見知りな美緒ですが、祖父や父の従姉妹の裕子先生と息子の大学生の太一とは父母と接するより自然に会話をするようになっていく様子が、岩手山の伏流水が流れる川や、彼らのお気に入りの喫茶店やパン屋などの盛岡の街の情景とともに描かれます。

「紘のホームスパン」と名付けられた祖父の布は人気を博していました。
自宅の工房にある羊毛はふわふわで雲のようで、美緒の心を掴みます。
自分で作ってみたいと祖父に願い出た美緒は裕子のところで学ぶことになります。汚毛を洗うことから始め、糸を紡ぎ、機を織る・・・学ぶほどに羊毛の魅力に取り憑かれていく美緒は、その表情まで明るくなったように感じます。

美緒が岩手に行ったことを、母は「逃げ」だと捉えます。自分の母から「逃げること」を許されずに育った彼女にとって、娘のことをどこかで「狡い」と感じているんですね。気が強く自分の意見をはっきり口にする彼女と反対に夫は思いを口に出せない人で、それが夫婦の間に誤解を生んでいきます。一本の赤い薔薇と離婚届のエピソードはその端的な例ですね。

娘を迎えに来た時も、口論から「泣けばすむと思っている。あなたは女を武器にする、そういうところが嫌い」と本音をぶちまけてしまう母。いやいや、それ言っちゃダメだよ~!!😱 

東京の家での両親と祖父と母方の祖母と5人の食事の席でも美緒のことで喧嘩腰になり不穏な空気になりますが、穏やかに助け船を出しまとめる祖父が素晴らしい!無口で無骨な職人気質の祖父ですが、その裏にある優しさが伝わってきます。

祖父は仕事の方針を巡って妻と激論の末、袂を分かちましたが、美緒の誕生がきっかけて復縁の兆しが出てきた頃に妻を事故で亡くしていました。孫の美緒の声は亡き妻にそっくりで、その気質や才能も似ているのです。
疎遠になっていた息子への思いもちゃんとあります。言わなくてもわかる、じゃなくて言わなきゃわからないこともあるんだよな~~と思うようになった祖父。

この翌日、祖父が上野のホテルで倒れて右半身麻痺と言語障害が残ります。
話し合いの末、岩手の病院に転院となった祖父。
美緒はホームスパンの職人になると決意します。
美緒が初めて作り上げたショールは不出来なものでしたが、祖父は褒めてくれました。母も・・・。母は昔自分がイギリスに夢中になった頃の想いを思い出しました。

3月。祖父が逝き、雪が残る墓所での納骨で、祖母が織った赤いショールに包まれた祖父の骨箱・・・何だか二人が紡がれたように感じます。

娘が巣立った後の夫婦の会話も良かった。リストラと介護の可能性に悩み、妻を思って離婚届けの紙を渡したものの、自分から出す勇気はないという夫に、無口で何を考えているのかわからないと感じていた夫の見えないところで気遣ってくれていた優しさに気付いた妻は「一緒に年をとっていこう」と言います。
紘治郎は、「水仙月の四日」の雪童子のようだと真希は言いました。迷い彷徨っていた家族の心を結び付けたのは確かに祖父だったのかも。「せがなくていい」(急がなくていい)。ゆっくりと自分の心に向き合えば、自ずと道は拓ける。そういわれている気がしました。

タイトルの「雲を紡ぐ」は羊毛を紡ぐという意味の他に、バラバラだった家族の心を紡ぐ意味も込められていたように思います。

宮沢賢治の絵本「銀河鉄道の夜」と「水仙月の四日」の一節が随所に引用されています。「おどる12人のおひめさま」「のばらの村のものがたり」も含め、いつか読んでみようかな

それにしても「ナルニア国ものがたり」に登場するターキッシュ・ディライトがくるみゆべしに似ているとは😊 
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