ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

一挙手一投足真実の色に・・・②

2014-04-30 11:00:33 | ひとの幸福
えーっと、こんなふうないちいちの動作(一挙手一投足)を真実の色に染め上げる・・

とはどういうことか・・・??

真実の色に染め上げる、とは、今までのそれが真実ではないとの自覚がなければ、

始まらない。

自分のしている動作が真実なのか真実でないのかわかっていなければ、始まらない。


鼻を噛むという動作は私の快適さ幸福感に繋がっている。

まぁ、たまたまこんな例を出したけど、どんな動作であっても、

今しているこの動作、この意識に自覚があるという前提がこの言葉にはある。

いちいちの自分の意識、動作に自覚がないと『一挙手一投足』という言葉は使えない。

そして、『真実』という言葉は

その快適、その幸福が不幸に再びならないところの幸福に

繋がっているものをその言葉で云っているのかなと思う。


例えば、夫に向けようとしている、今のこの言葉、この動作は

二人が快適、幸福になることに繋がっているか・・・

この言葉この動作を受けて夫はどう反応するかを描いてそうしているのか・・・

そしてそれは二人だけのことに留まらない。

同居の義父はもちろん、子供や孫や友人やそれにつながるすべての人と繋がっている。

生命の動的平衡という在りようで。


『動作』ではなく『行為』という言葉にも動作という意味が含まれている。

『行為』の意味はおこない。しわざ。

広義では、人間のあらゆる動作を意味し、

狭義では、明らかな目的観念または動機を有し、思慮・選択・決心を経て

意識的に行われる意志的動作で、善悪の判断の対象となるもの。


再び不幸になることのない幸福な社会を目指したいなら、

社会の一番小さな基である一人一人の人間の行為が

真実ではない方から真実の方へ変わることだと思うし、

これはそうしたい人がやるだけのことで、他の人にどうこう言うことでもないし、

他の人がなってくださいとかいうもんでもないし。


そういう願いを持って、すべての動作・行為が狭義の意味での行為になるのはすごいことだと思う。

それは、自分の意識に常に自覚がある状態にならなければ出来ないことだ。

こういう状態のことを彼は完全メンバーとか言ったのだろうかと思う。

完全メンバーが10人いたら・・日本が変わり世界も抜本的に変わる。

夢遊病者状態からは遠いなぁ。

私は行えてありませんが・・という言葉が彼にあったけど、

そう言った相対者である彼とこの条理を引き離して読んでねということなんだろうし、

行えてないと言えるということは、行えてないと自覚できている、

自分の意識を常に観察しようとしていた、

ということでもあるのかと思う。









一挙手一投足真実の色に・・・①

2014-04-30 10:17:59 | ひとの幸福
一挙手一投足真実の色に染め上げて行きます…

正確にこういう言葉だったのか、今はっきりしないんだけど、

山岸さんの言葉なんだろうか?それとも誰か他の人の言葉なのか・・

まぁ、誰でもいいんだな、考えて見れば。

この言葉が言っていることはどういうことなのか?という?が、

私の“わからないもの入れ”に入っている。

私の意識の何処かに「わからないな」と思ったことが入っている入れ物があって、

何かの拍子に(あ、あのことはこういうことだったのか・・!)

・・みたいな納得があることがある。

そのことがわからないとわかっていれば、

いつかその答えがやって来ることもある、そんな勝手な感想を私は持っている。


ま、それはどうでもいいんだけど、この前、

忘れる事と絡めて意識の“自覚状態”について考えた後に、

その事と、この言葉が言っていることは繋がりがあるんじゃないか・・・が浮かんだのだった。

それをゆっくり書くような状態が暫らくなかったので今、書きだした。

嬉しいな。ルンルン・・


『一挙手一投足』の意味は

①わずかな労力。少しの努力。

②こまかないちいちの動作。一挙一動。

この場合、②の方の意味だろう。『行為』よりももっと具体的だね~

たった今、私は鼻をかんだ。この動作はこまかないちいちの動作と言える。

どうして鼻をかんだか?・・鼻が痒くて鼻水も出そうになったから。

それでどうしてその動作をしたのか?・・

痒いままで居たくなかったから。

何故?・・痒いより痒くない方が快適だから。

鼻水が自動的に垂れるのを防ぎたかったから。

何故?・・垂れるより垂れない方が服も汚れず、快適だから。

まぁ、こんなふうにこの動作も私の快適さ、幸福感に繋がっている。

こう書くと、痒いより痒くない方、汚れるより汚れない方、とか

相対的に意識がそっちを選んでいるということで、

絶対的な快適さとか幸福ではないけれども。

絶対的な幸福はこれを超えるもの。・・・

えーっと、これはちょっと脱線だから、もうやめにして・・・

えーっと、こんなふうないちいちの動作(一挙手一投足)を真実の色に染め上げる・・

とはどういうことか・・・??