天地公道(人生の処方箋)

私達人も天地自然に生かされて、
人力を尽くし、自分の運命を切り開きましょう!

今の継続

2020-08-23 12:14:00 | 運命と生活
令和2年・7・14、天地の慈悲
[今日より『今』を大切に 『毎日』を大切に]

日々の生活は忙しさにとりまぎれ、合掌の時間でささやかな自己反省を持つことができます。
合掌の時間が、悩ましい現実にとらわれる心を掃除してくれます。

とにかく、毎日の生活は人間関係の軋轢(あつれき)を生むものです。
夫婦、親子、嫁姑、との家族のあいだ、あるいは近隣、職場の人間関係、おもしろからずです。

『誰かに嫌われ憎まれ嫉妬されているか』『あなた自身が、誰かと一緒にいるだけで嫌い憎んでいるか』
そのように、人と切れて離れている状態により、生活がかき乱されています。

そこから、不幸せや病気の脅威が押し寄せてくるのは運命的必然です。
だからこそ、積極的に人と心を結ぶ生活が必要です。
それはそのまま運命打開の道をあるくことになります。

生活上の事情は『今日という、今という時間を粗末にしてます。』
『毎日という継続の大切』が、人生の大きなエネルギーになるものです。やります!

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大切な日常

2020-08-23 12:02:00 | 家庭生活
令和2年・7・13、生活と運命
[日常生活を粗末ににする者は 生活の大切が飛んでいる]

あなたが現在、なんらかの事情を抱え、あるいは病いの治療中であるならば、
そこには肉体的故障のこととは別に『日常生活を粗末』にしていることもひとつの大きな原因であるといわれます。

『日常生活を大別』すれば簡単なことです。
まずは、『事情にとらわれ事情を理由』に、『笑顔を忘れ』『親しみを忘れ』『円満に欠け、楽しみを忘れ』結果として『愛情のない生活』に行き着いています。

その現状を打破するために『心中の一切のわだかまりを捨てる』こと。
『身辺のすべての事情も捨てる』ことです。

 『今日この瞬間』から『喜びと笑顔で誰とでも打ち解け』『愛し愛される円満な楽しい生活』にあなたが生まれ変わることです。

『その瞬間すべての人間関係がつながる』ことで長い病いからも、不幸せからも解放されます。

その『生活に対する認識が飛んでいた』のです。
『生活の場こそ、生きるところ死ぬところ』です。
『足らないところは変わることで補う』のです。やります!

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今の心

2020-08-21 08:47:00 | 運命と生活
令和2年・7・12、天地の慈悲
[現在、現実に心の凡てを傾けよ]

これは、『運命の鍵を言っています。人生には難問山積みですが、ことごとく解くことができるといわれます。

まさにずばりそのものです。御神尊様の凄さは霊能者としての能力を、科学者のように仮説を立て『霊能と修行』で『現実と我の探究と救済に捧げた生涯』にあります。

それはやがて『運命の道理』の発見につながります。運命に苦しむのは生きている人間そのもの。しかし、運命的現象の不思議さに惑わされ『運命は謎である』とあきらめる人がほとんど。

そして『現実とかけ離れた神秘の世界』が『人間の運命を作る』と信じてきたのが、これが『従来の運命観』です。

御神尊様は『運命そのもの』より『運命に出会う人間自身の現実を探究』されました。

 『運命は人間に関係のない不可解なもの』ではなく『人間の心の中に運命の道理』が流れていること『現実をしっかり受け止めて、現実から逃げ、現実を無視するのではなく、『そのまま受け入れる心の変化』があれば運命はひらけると断言されています。やります!

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生活の意味

2020-08-21 08:45:00 | 家庭生活
令和2年・7・11、生活と運命
[生活なきところに 人間の存在なし]

 そもそも『生活とは、何か?』なんとなくわかるようで、わからない部分もあります。
 人間はすべて毎日、『起きて働いて食べて寝る』その繰り返しの中
の一切の動き、まず、『観念、感情、行為、行動の流れを生活』といいます。

 あなたの命そのものは、『起きて働いて、食べて寝るその日常生活』によって辛うじて、保全延長されています。人間にとってこれほど大切なものはありません。

『生活無しには、何人といえども生きる』ことはできず、この世に存在できないのです。

多くの方は、絶対とも言うべき『生活の大切を知らず、ただ漠然と生きているのではないか?』『なんとなく生きてきた』ようです。

そこには『喜びもなく、楽しみもなく、何の生きがいも感じる』ことなく、ただ『日々流れてきたのではありませんか?』

これを『生活を粗末にする』といいます、『そのままの姿が運命上に悲哀と苦悩をもたらす』のです。

その生活のマンネリ化を打ち破っていただきたいのです。道はひとつ、病人は病気のことのみに魂を奪われ、夫を思い、妻を思い、親を子を思い、すべての人とのことを忘れてはいけません。

それによって、『我も喜び、人も喜び、人も喜ぶ』日常生活の改善に勤しんでくださいませんか。やります!
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