優緋のブログ

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別れの後 十二 「命の絆」

2005-08-03 21:01:03 | 別れの後
ジュンサンは韓国での記憶をなくし、イ・ミニョンとして戻ってきた。
それはユジンにとって覚悟の上とはいえ、辛い事実だった。

[主治医の執務室]
「先生、ミニョンは記憶喪失なのでしょうか。」
「精神科の先生に診ていただかないとはっきりとしたことは言えないのですが、おそらく一時的な記憶障害かと思われます。
手術がきっかけとなってある部分の記憶だけ、情報がアクセスできず思い出せない状態です。
これは自分自身の体を守るためのいわば防御システムといえるもので、非常に辛いことや悲しいことなどがあったときにその記憶を閉じ込めることで自分自身を守ろうとしている訳です。
ですから、その原因となっていることを克服できれば記憶を回復させることはそれほど難しいことではありません。
いずれにせよ、まず体力を回復させることが先決ですし、思い出そうとしてかえってストレスになる、ストレスが原因で血腫の増大を招くということも考えられますので、しばらくはその話題にはなるべく触れないようにされたほうが良いと思います。」

手術後の経過は順調で、ミヒやユジンを安心させた。
「ミニョン、私は外せない仕事があって十日ほど海外なのよ。
付き添いの方をお願いしても良いんだけれど、ユジンさんが私が帰るまで居てくださるというの。お願いしても良い?
ユジンさんは信頼できる方だから、大丈夫よ。
お父様も分かっていることだから。」
「母さんがそれでいいのなら僕は構いません。」
医師に止められている為か、ミニョンはあまり詳しく問わなかった。

ユジンはミニョンの側にしばらくいられることになったが、まもなくある進級試験とレポートの提出のため勉強もしなければならなかった。
病室で勉強するわけにもいかない。
ミニョンが眠ったときに廊下へ出てやることにした。

ある日、ミニョンが
「ユジンさん、そろそろ試験があるんじゃないんですか。
ユジンさんは若い人の気楽な留学とは違うようだし、廊下でこっそり勉強したりしているんじゃありませんか?
そうなんでしょう?
そんなに気を使わないで、ここでやったらいいのに。

そうだ、一緒にやりましょう。
自分で本を読むのは疲れるからだめだけど、聞くのは大丈夫だから。
目で読むだけより音読したほうが頭に入るんですよ。
ユジンさんがどんな勉強をしているか興味があるし、いい退屈しのぎになります。
どうですか?」

一緒に食事をし、本を読み合わせ議論をしたり、つかの間の穏やかな日々が続いた。
ミニョンの身の回りの世話をし、学びあい、一日中側にいられる…。
このささやかな喜びの日々がもう少しだけ続いてほしいと願っていた。
〈カン・ジュンサンとしての記憶がなくてもいい、生きてさえいてくれれば…。〉

こうしてアメリカでの二週間もあっという間に過ぎた。
明日はフランスへ帰らなければならない。

「ユジンさん、先生から外出許可をいただいてきてくれませんか。
そう、一時間位、外を少し散歩したいんです。」

[落ち葉の敷き詰められた公園を歩く二人]
「……ユジンさんとはずっと前からこうして並んで歩いていた様な気がするな。
僕が覚えていない一年とか二年ではなくて…
もっとずっと前から…。」
「……」
「困ったような顔をしていますね。
確かに僕はあなたのことを覚えていないから初めて会ったようなものです。
でも…

ユジンさんは前世ってあると思います?
僕はあると思う。
本当に初めて会った人でも縁を感じるって事ないですか?
死んだら終わりとも思いたくないし、何かあると思う。

記憶にはなくても命に刻み付けられているんじゃないかな。
……なんか今日の僕は変ですね。
いつもはあまりこうゆう事を考える人間じゃないんだけれど…(苦笑)。」

記憶を失ってもミニョンはユジンともっと深いところで繋がっている何か
ー命の絆―を感じていたのだろうか。

「あ、ごめんなさいミニョンさん、気が付かなくて。
私のマフラーを使ってください。
風邪を引いたら大変。」
ユジンはジュンサンからプレゼントされた浅緑色のマフラーをミニョンの首に巻いてあげた。
スキー場でミニョンにマフラーを返した時の様に…。

その時ミニョンはユジンの胸に光るネックレスに気付いた。
「素敵なネックレスですね。ユジンさんに良く似合う。
恋人からのプレゼントですか?」

「……。恋人なんていません。今は勉強だけ。
もしそんな人がいたら、ほかの男性の看病に二週間も付きっ切りで、喧嘩になるでしょう?(笑)」

「ユジンさんとも明日でお別れですね。
寂しくなるなあ。
母もユジンさんがいてくださるお蔭で安心できたといっていました。
大変お世話になりました。ありがとう。」
「ミニョンさんは私の命の恩人ですから、こんなことは当然です。
私こそ、かえって勉強の相手までしていただいて、ありがとうございました。」

「ユジンさん、僕にそんなに恩義を感じてくれているのなら、お願いがあるんですけど、いいかな?」
「お願いというより…」
ミニョンは悪戯を考えついた子供のような笑顔で
「宿題です。」

・月に一度以上今学習している内容のレポートを提出すること
・私のお願いする資料を探し、内容のポイントをまとめて提出すること

ユジンはメモを見てプッと吹き出した。
「イ理事の要求は相変わらず厳しいですね。」
「そうですか?(笑)
僕はあなたと勉強していてとても楽しかったんですよ。
これで終わりにするのももったいないし、今どんな研究がなされているかも知りたい。
あなたの勉強にもなるでしょう?
グッドアイデアだと思うんだけどなあ。
ところで、僕は韓国でそんなにあなたに厳しかったの?」

ユジンはしまったと思ったが、
「ええ、初めてお会いする前に5回も図面の書き直しを指示されて、大変な理事様がおいでになったと同僚とこぼしたものです。(笑)」
「そう、そんなことがあったの。
で、その後仕事は順調でしたか?
僕と喧嘩しなかった?」

「意見が食い違って何度も衝突しました。
でも、ミニョンさんはいつも誠実で、最後には分かってくださいました。
私がミニョンさんとお呼びするのも、あなたが理事と呼ばずに、ミニョンと呼んでくださいと。
私もユジンさんと呼んでるでしょうって言ってくださって…。」

あの冬の思い出があふれ出し、ユジンは涙をこぼしそうになった。

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