「もしもし、サンヒョク、今日夜会えるかしら?
大丈夫?
じゃあ、いつものお店で七時に。一緒にご飯食べましょ。」
「ユジン、待った?」
「ううん、私も今来たところ。」
「ユジンから誘うなんて珍しいこともあるよ。
なんか話があるんだろ。なに?」
「うん…、先に注文しちゃいましょ。なににしようか。」
ユジンが何を切り出そうとしているのか気になって、サンヒョクは落ち着かなかった。
メニューを見ながらそっとユジンの顔を伺って見るが、ユジンはいつもと変わらない。
注文を済ませると、ユジンはサンヒョクの目をすっと見た。
「サンヒョク、春川に一緒に行ってお母さんに会ってくれる?」
「どういうこと?僕と結婚するっていうこと?」
「うん。今までずっとプロポーズの返事をしないで待たせていてごめんね。」
「ほんとうにいいの?」
ジュンサンのことは…と言いかける言葉をサンヒョクは飲み込んだ。
そんなことは言わなくてももう分かっていることだった。
ユジンは心の整理をつけてきたんだ。
それだけで充分なはずだった。
「結婚しましょ。お母さんも喜んでくれるわ。」
ユジンは微笑んだ。
しかし、その微笑みにどこか淋しさが漂っているように思われたのは、サンヒョクの思い違いだったのだろうか。
「嬉しいよ、ユジン。今日は二人でお祝いをしよう。
春川のお母さんのところには、今度の日曜日に一緒にいこう。
そうしよう。」
「ありがとう、サンヒョク。
あなたのご両親にもご挨拶に行かなくちゃね。
お母様は、私では反対でいらっしゃるんでしょう?申し訳ないわ。」
「それは僕に任せて。
大丈夫、僕が幸せになることが母への一番の恩返しなんだから。
ユジンは心配しなくていい。」
………………
[仁川国際空港]
「先輩、出迎えありがとうございます。」
「やぁ、ミニョン、久しぶり。
元気そうで良かった。
しかし、こんなふうに呼ぶのも今日が最後だなぁ。
明日からは理事様と呼ばせていただきますよ。」
「そんな、気を使わないでくださいよ。
二人だけのときはこれからも先輩と呼ばせてもらいますから。
いいですよね。」
「そういえば、チェリンさんだっけ?
来てないようだけど…。」
「彼女も帰国したばかりでまだ落ち着かないんですよ。
もうすぐ店を出す予定もあって忙しいんでしょう。」
そのときミニョンの携帯が鳴った。
「先輩ちょっと失礼します。
もしもし、ああ、チェリン。
今先輩と君の噂をしていたところだよ。
悪口なんか言ってないさ。
先輩が君の顔見られなくて残念がっていたんだ。
今こっちに向かっているの?
慌てなくていいよ。
じゃあ気をつけて。」
「チェリンが後十分ぐらいで着くそうなんです。先輩時間は大丈夫ですか?
よかったらお茶を飲みながら待ってましょうか。」
「俺は大丈夫だよ。宿泊先のホテルまで一緒に行くつもりで来たから。」
「もしもし、ミニョンさん。遅くなってごめんね。
今タクシーから降りたところ。どこにいるの?
…じゃあ、そこにいて。
ホテルまで一緒に行きたいんだけど、この後も用事が入っちゃって、すぐに帰らなきゃならないの。
じゃあ、行くから。」
「チェリンが着いたみたいです。
今こっちへ来るそうですから、もう少しゆっくりしていきましょう。」
「ミニョンさん、お待たせ。
あら、キム次長さんでしたよね。
お久しぶりです。
これからミニョンさんをよろしくお願いします。」
「チェリンさん、こんにちは。
どうぞ、座ってお話しましょう。
お忙しそうですね。
それにしても、相変わらずお美しいなぁ。」
「まぁ、次長さんたら、お口がお上手なのは変わりませんわね。
今度こちらで店を出すことになったものですから、ちょっと慌しくて。
今日も、ミニョンさんの滞在するホテルを見ておきたかったんですけど、すぐ戻らなくてはいけないんです。
ごめんねミニョンさん。」
「そちらのほうは私にお任せください。
それにしても、ホテル住まいなんて、すぐアメリカに戻るわけじゃないんだろう?
マンションでも借りればいいのに。」
「食事とか、掃除とか考えたらホテルのほうが便利なんですよ。
しばらくはそうするつもりです。」
[半月ほど後]
今日はサンヒョクとの婚約式の日。
早く仕事を切り上げて美容院に行かなくてはいけない。
ユジンは『マルシアン』への道を急いでいた。
そのとき、ユジンの視界に思いもかけない人物の影が映し出された。
「え?」
〈まさか、そんなはずは…〉
ユジンは歩みを止めると、その人を目で追いかけた。
しかしその人の姿は、あっという間に木の陰に隠れてしまった。
頭を傾け覗き込むようにしてみたが、もうその人はいない。
〈いけない、遅くなってしまうわ。〉
ユジンは気を取り直すと急ぎ足でまた歩き出した。
[その三十分後]
「理事、いらっしゃったんですか。
どうです。部屋もだいぶあなた好みにできてきたでしょう。
ああ、そうだ、さっき『ポラリス』から修正図面が届いたんですよ。
もう少し早く来れば美人の担当者に会えたんですけど、残念でしたね。」
「見せてもらえますか?
あぁ、やっぱりここにしましょう、先輩。
なかなかいい仕事をしてくれそうです。
もう一度修正をかけたいので、ここに書いておきますから『ポラリス』でしたっけ? 連絡しておいてください。」
「また修正ですか?相変わらず仕事には厳しいですね。
もう五回もNG出したんですって?
向こうの担当者が音を上げなきゃいいけど…。
女性には優しいのになぁ。特に美人には…。
『ポラリス』の担当者にはしばらく会わないほうが良さそうですね。
厳しく要求できなくなっちゃいますからね。」
「今回はNGってわけじゃなくて細かいちょっとした修正ですから大丈夫でしょう。
それにしても、そんなに美人なんですか?
それじゃあ、早く会わなくちゃ。」
「おや、おや、チェリンさんに言いつけちゃいますよ。
ところで、どうです、こっちにはだいぶ慣れましたか?」
「ええ、先輩から前もって色々聞いていたせいか、初めて来た街ではないみたいに何かしっくり来るんですよ。
あちこち運転して、もう道もかなり覚えました。
そういえば今日はだいぶ冷え込んできましたね。
そろそろ雪が降るんでしょうか。」
ミニョンは窓の外の空を見た。
二人が再び出会うときがもうそこまで来ていた。
初雪が 彼と彼女を 呼んだのか
再び出会う ときはすぐそこ
終わり
大丈夫?
じゃあ、いつものお店で七時に。一緒にご飯食べましょ。」
「ユジン、待った?」
「ううん、私も今来たところ。」
「ユジンから誘うなんて珍しいこともあるよ。
なんか話があるんだろ。なに?」
「うん…、先に注文しちゃいましょ。なににしようか。」
ユジンが何を切り出そうとしているのか気になって、サンヒョクは落ち着かなかった。
メニューを見ながらそっとユジンの顔を伺って見るが、ユジンはいつもと変わらない。
注文を済ませると、ユジンはサンヒョクの目をすっと見た。
「サンヒョク、春川に一緒に行ってお母さんに会ってくれる?」
「どういうこと?僕と結婚するっていうこと?」
「うん。今までずっとプロポーズの返事をしないで待たせていてごめんね。」
「ほんとうにいいの?」
ジュンサンのことは…と言いかける言葉をサンヒョクは飲み込んだ。
そんなことは言わなくてももう分かっていることだった。
ユジンは心の整理をつけてきたんだ。
それだけで充分なはずだった。
「結婚しましょ。お母さんも喜んでくれるわ。」
ユジンは微笑んだ。
しかし、その微笑みにどこか淋しさが漂っているように思われたのは、サンヒョクの思い違いだったのだろうか。
「嬉しいよ、ユジン。今日は二人でお祝いをしよう。
春川のお母さんのところには、今度の日曜日に一緒にいこう。
そうしよう。」
「ありがとう、サンヒョク。
あなたのご両親にもご挨拶に行かなくちゃね。
お母様は、私では反対でいらっしゃるんでしょう?申し訳ないわ。」
「それは僕に任せて。
大丈夫、僕が幸せになることが母への一番の恩返しなんだから。
ユジンは心配しなくていい。」
………………
[仁川国際空港]
「先輩、出迎えありがとうございます。」
「やぁ、ミニョン、久しぶり。
元気そうで良かった。
しかし、こんなふうに呼ぶのも今日が最後だなぁ。
明日からは理事様と呼ばせていただきますよ。」
「そんな、気を使わないでくださいよ。
二人だけのときはこれからも先輩と呼ばせてもらいますから。
いいですよね。」
「そういえば、チェリンさんだっけ?
来てないようだけど…。」
「彼女も帰国したばかりでまだ落ち着かないんですよ。
もうすぐ店を出す予定もあって忙しいんでしょう。」
そのときミニョンの携帯が鳴った。
「先輩ちょっと失礼します。
もしもし、ああ、チェリン。
今先輩と君の噂をしていたところだよ。
悪口なんか言ってないさ。
先輩が君の顔見られなくて残念がっていたんだ。
今こっちに向かっているの?
慌てなくていいよ。
じゃあ気をつけて。」
「チェリンが後十分ぐらいで着くそうなんです。先輩時間は大丈夫ですか?
よかったらお茶を飲みながら待ってましょうか。」
「俺は大丈夫だよ。宿泊先のホテルまで一緒に行くつもりで来たから。」
「もしもし、ミニョンさん。遅くなってごめんね。
今タクシーから降りたところ。どこにいるの?
…じゃあ、そこにいて。
ホテルまで一緒に行きたいんだけど、この後も用事が入っちゃって、すぐに帰らなきゃならないの。
じゃあ、行くから。」
「チェリンが着いたみたいです。
今こっちへ来るそうですから、もう少しゆっくりしていきましょう。」
「ミニョンさん、お待たせ。
あら、キム次長さんでしたよね。
お久しぶりです。
これからミニョンさんをよろしくお願いします。」
「チェリンさん、こんにちは。
どうぞ、座ってお話しましょう。
お忙しそうですね。
それにしても、相変わらずお美しいなぁ。」
「まぁ、次長さんたら、お口がお上手なのは変わりませんわね。
今度こちらで店を出すことになったものですから、ちょっと慌しくて。
今日も、ミニョンさんの滞在するホテルを見ておきたかったんですけど、すぐ戻らなくてはいけないんです。
ごめんねミニョンさん。」
「そちらのほうは私にお任せください。
それにしても、ホテル住まいなんて、すぐアメリカに戻るわけじゃないんだろう?
マンションでも借りればいいのに。」
「食事とか、掃除とか考えたらホテルのほうが便利なんですよ。
しばらくはそうするつもりです。」
[半月ほど後]
今日はサンヒョクとの婚約式の日。
早く仕事を切り上げて美容院に行かなくてはいけない。
ユジンは『マルシアン』への道を急いでいた。
そのとき、ユジンの視界に思いもかけない人物の影が映し出された。
「え?」
〈まさか、そんなはずは…〉
ユジンは歩みを止めると、その人を目で追いかけた。
しかしその人の姿は、あっという間に木の陰に隠れてしまった。
頭を傾け覗き込むようにしてみたが、もうその人はいない。
〈いけない、遅くなってしまうわ。〉
ユジンは気を取り直すと急ぎ足でまた歩き出した。
[その三十分後]
「理事、いらっしゃったんですか。
どうです。部屋もだいぶあなた好みにできてきたでしょう。
ああ、そうだ、さっき『ポラリス』から修正図面が届いたんですよ。
もう少し早く来れば美人の担当者に会えたんですけど、残念でしたね。」
「見せてもらえますか?
あぁ、やっぱりここにしましょう、先輩。
なかなかいい仕事をしてくれそうです。
もう一度修正をかけたいので、ここに書いておきますから『ポラリス』でしたっけ? 連絡しておいてください。」
「また修正ですか?相変わらず仕事には厳しいですね。
もう五回もNG出したんですって?
向こうの担当者が音を上げなきゃいいけど…。
女性には優しいのになぁ。特に美人には…。
『ポラリス』の担当者にはしばらく会わないほうが良さそうですね。
厳しく要求できなくなっちゃいますからね。」
「今回はNGってわけじゃなくて細かいちょっとした修正ですから大丈夫でしょう。
それにしても、そんなに美人なんですか?
それじゃあ、早く会わなくちゃ。」
「おや、おや、チェリンさんに言いつけちゃいますよ。
ところで、どうです、こっちにはだいぶ慣れましたか?」
「ええ、先輩から前もって色々聞いていたせいか、初めて来た街ではないみたいに何かしっくり来るんですよ。
あちこち運転して、もう道もかなり覚えました。
そういえば今日はだいぶ冷え込んできましたね。
そろそろ雪が降るんでしょうか。」
ミニョンは窓の外の空を見た。
二人が再び出会うときがもうそこまで来ていた。
初雪が 彼と彼女を 呼んだのか
再び出会う ときはすぐそこ
終わり