鳥海山近郷夜話

最近、ちっとも登らなくなった鳥海山。そこでの出来事、出会った人々について書き残しておこうと思います。

下居堂(おりいどう)

2020年11月13日 | 鳥海山

 昨日はひさしぶりに山頂まで見えました。これからは山頂まで見える日は珍しくなります。

 鍋森はいつもこんもりとして目立ちます。午前中は蕨岡大物忌神社で新嘗祭でしたので午後から訪れました。

 大物忌神社の近くには下居堂(おりいどう)という鳥海山頂に祀られていた薬師如来を冬の間安置していたお堂があります。

 ここまでの道は誰も通る人もなく、荒れ放題です。すぐ近くの石段も下の通り。(旧宿坊松尾坊跡です。)

 

 そこからぶらりと龍頭寺へ。ご住職が飛んできて留守にしていてすみません、すぐ開けます、と言って観音堂の扉を開けてくれました。奥の黄金色の観音様の後ろには平安時代のものと言われる観音様の木造が祀られています。御簾の後ろですので下からのぞき込まないと拝見できません。その左右にも由緒ありげな仏像が祀られています。

 境内にも様々な仏様が祀られていています。

 上の写真は境内の座像です。下居堂の薬師如来様は今はこの龍頭時に祀られています。

 さて、ここから先が面白くなります。又ふらりと歩いて行ったのですが山本坊さんのところで御当主が掃除しているのに出会いました。実は山本坊さんには以前頼まれて古い絵葉書をコピーして渡した後、面白い写真を見つけると送っていたのです。そこで二人で鳥海山の話が始まりました。その時聞いた鳥海山にまつわる話はおそらく誰も知らないこともあるでしょうから次回書いてみましょう。


せっかく写真撮ってきたのに

2020年11月13日 | 鳥海山

 久しぶりの青空、オブローモフはひさしぶりににベッドから抜け出しカメラ片手に蕨岡まで出かけました(オブローモフご存じない方はGoogle検索で)。毎日何もしない、文字通りの本当の穀潰しになりつつありますので少しは何かをしないと。

 穀潰し他人の役に立つような仕事もせず、飯を食うばかりの者、まさに自分のことだ。

 今日は収穫があったのでまずは写真を整理、と思ってカメラをPCにつなごうと思ったらUSBケーブル Mini USB Type-B が見当たらない、

 旧型のカメラぐらいしか使わないのですよ、このUSBケーブル。それでやむなくCFカードを取り出してカードリーダーに入れたらなんと、読み込まない。よく見たらカードリーダーのUSBケーブルが Mini USB Type-B。ケーブルを取り外しカメラに接続すると今度は液晶表示にFor とでて読み込めない。CF、コンパクトフラッシュはどうも嫌だなあ。

 あれれれれっ。バッテリーを抜いてみたり、マニュアルを引っ張り出してきて調べても書いてない。ああ、これはカメラの故障か。修理料金を調べるとこういった場合は送料別で三万円以上。それなら中古が買えるではないか、と中古を調べてみたけれどそのまえに、と思ってもう一度CFを差し込んでみると今度は「メモリーカードが初期化されていません」。げぇっ、しょうがない今日の写真はあきらめるか、下居堂の写真も撮ってきたのに、と思いつつもある期待があったので初期化。直ったー、読み込んだー。

 結局、カードリーダーのCF読み込み部が悪さをしていたようです。SDカードはちゃんと読み込むのですが。CFカードは端子部に手を触れないので安全性が高いと言われているのですけれど接続ピンの数がやたら多いのでオスのほうが破損する可能性が多いのです。きっとカードリーダーの内部で壊れたのでしょう。といったわけでCFはできるだけ抜かずにUSBで接続しましょう。今のカメラはSDカードですけどね。

 

 さあ、そこでデータ復旧です。そうです、前に購入したEaseUS 復元があったのです。以前外付けハードディスクの復元に使用しました。他の復元ソフトと比べて復元率も使いやすさも格段にいいのです。値段はちょっと高めでしたがデータには代えられません。業者に頼めばお金も時間も莫大なものになりますし、復元するものを自分の目の前で確かめられるのは一番いいです。

 

 はい、無事すべてのデータが復元できました。

 ※シグマのマクロレンズアダプターが出てきたのでCanonのミラーレスカメラに取り付けてみたらオートフォーカスも無事できました。それで撮影したのが上の写真です。

 


I Fall in Love Too Easily

2020年11月12日 | Jazz

 今年購入したCDの中でのBEST。いくつになっても恋には落ちてしまいたいものです。

 Larry Wilis 最後のアルバム。トランペットは Roy Hargrove 亡き後今のところこの人しかいない Jeremy Pelt、ドラムスが Victor Louis ときては聴かないわけには行けません。タイトル曲のI Fall in Love Too Easily、ほかのどの曲も素晴らしいです。

I Fall in Love Too Easily


明治四十一年の鳥海山参拝者の記録(八月十九日から二十日にかけて)

2020年11月10日 | 鳥海山

 私ハ昨日十二頃出発ノトコロ安治君ハユカレジ

 ソレデ私一人昨日五時ニシュッパツシタ

 酒田ニツイタノハ九時デシタ

 途中ハ非常ニアツクルシイノデ氷水ヤアイシクリームナンゾハナニヨリ御馳走デシタ

 鳥海山ノ登口蕨岡ニ着イタノハ午後二時近クデアッタ

 阿部源靜トカ云フ家ニ宿ヲトリマシタ

 ソノ御馳走ト申シタラタマゲタモノデ仲チャンヤババ様ナンゾハタベタコトハアルマイシ又タベルコトモデキナイデシヨー、

 又オ膳ヤオ椀ナンゾモ三四五百年モコノカタツタワッテキタヨーナ古ワン古オゼンカケダラケデアッタ

 ネドコモソノトホリ実ニ閉口シタ

 ソレデ今日午前一時ニ山登ヲシタ

 山頂ニハ十時ニツキマシタ

 参詣シテ帰リ途ニ向ッタノハ十二時半吹浦ニツイタノハ四時半

 酒田ニツイタノハ八時五十分頃都合二十三里ヲ歩ンダ

 面白イ話ハ山々アルケレドオアイ申シテかラ

 (読みやすいように段落をつけました。)

 (松本良一「鳥海山信仰史」より)

 文化時代の蕨岡宿坊の図です。大物忌神社(現在の)はこの右方にあります。

 さて、ここに登場する「阿部源靜トカ云フ家」は上の図の清水坊です。清水坊さんは現在蕨岡には在住していません。(大物忌神社発行「自然・歴史・文化 鳥海山」に拠る)

 面白いですね。生き生きとして当時の様子が表れています。宿坊の食事や寝床の様子はまるで山頂小屋と同じようですね。山頂は今は発泡スチロールの使い捨て容器ですけれど、山頂も蕨岡の宿坊も昔は相当年代物の食器を使っていたのではないでしょうか。書かれた清水坊さんはたまったものではありませんが、当時の宿坊は清水坊に限らず普通の人が泊まったら閉口するものだったのでしょう。

 河原宿の参篭所で味噌汁を出したという話も描き残されていますが宿坊の、献立こそ書かれていませんが、食事や食器、寝床について書かれたものは初めて見ました。「三四五百年モコノカタツタワッテキタヨーナ古ワン古オゼンカケダラケデアッタ」のあたりは最高に面白いです。当時宿坊はいくらかかったのでしょう。又登拝するにしても途中横堂でお金を払わないとこれより先登ることはできません。これもいくら支払ったものでしょうか。大学教授の研究論文にはそういうことは一切出てきません。またほかの鳥海山について書かれたものにもそういった金銭、金額に関して書かれたものは今のところ見たことがありません。昭和の初めころまで矢島の先達(山案内人)が登山客を山頂まで連れて行くと「キャリ銭」(おそらく「かえり銭」)と称するお金を山頂の神主からもらっていたということは康さんの「一人ぼっちの鳥海山」P.129に書いてあります。

 

 昔の参拝は途中で一泊するんですか?と宿坊の先達に訊いたことがありますが、みな日帰りだったそうです。もちろんブルーラインはないです、蕨岡からです。この便りを見ると午前一時に蕨岡を出て十時に山頂に着いています。歩くこと九時間。帰りは吹浦へ、吹浦まで四時間で降りています。それから酒田まで四時間強の歩きです。これと同じ道を歩いて見てくれなどと言われたら今の山歩きをするどんなタフな人でも音を上げるのではないでしょうか。


昔の住居表示

2020年11月08日 | 兎糞録

 古い地図を調べていたら新旧住居表示実施区域案内図がありました。行政なんてのはろくなことをしないものですね。効率第一ということなのでしょうけれど。

 赤いのが新しい区割りと町名。大工町、桶屋町、利右衛門小路、山椒小路など江戸時代から続く町名は消し去られました。自治会などは今も旧町名を用いているところもあります。行政はいまさら旧町名の書かれた柱をあちこち立てています。町名は税金の取り立てや郵便配達のためにあるのではありません。

 「これらの旧町名がいかに市民生活に浸透しているものであるかを示しているほか、酒田の歴史を物語る文化遺産であることを示す」ものであることを認識していながらただの柱一本でそれを保存しようなんて無理じゃないですか。石川県金沢市はとっくに旧町名復帰に取り組んでいます。旧町名復活運動は数少ないながらもあちこちでで行われています。

https://www4.city.kanazawa.lg.jp/22050/kyuchomei/kyutyoumeisingikai.html

 鳥海山の地名だってそうですよ。地名は文化遺産、ではなく文化そのものなのです。遺産にしたらただの過去のものじゃないですか。継続してこそ文化です。だから何度も「虫穴」は虫穴岩ではないと言っているわけです。どちらともいわれている(いない!)、わかりやすいから虫穴岩と呼びます、なんてガイドを名乗る人が言うか。文化、伝統を重んじない人に鳥海山のガイドを名乗る資格はありません。

 ああ、百宅も行政のごり押しで湖底に沈んでしまいますね。ここは大物忌の神様が久しぶりに荒らぶり人間が神域に立ち入らないようにしていただかないといけません。今までさんざん利用しておきながらなんですけど、ブルーラインも鳥海高原ラインもなくなって自然に帰ってもいいです。うーん、そうすると大物忌神社が倒産するか。