昨日は母の日でしたが、相方と義弟にとっては、母親のいない初めての母の日となりました。
なにしろほんの一週間前ほどにはまだ生きていたわけなので、まだ実感はわかないかもしれません。
私も弔問客から「お寂しくなりましたね」と声を掛けられることが多かったけれど、どちらかと言えば施設に入ったときのほうが、義母が家にいないことに対する不自然さを感じた
ように思います。
自分の、そして相方の両親を送って、なんとか子どもとしての役目を終えて、ほっとした気持ちが強い今の私。
親の世代がずれているので、最初に父が亡くなってから義母まで、約四半世紀かかりました。ずいぶん長かったような気がします。
同じような世代ならそれなりに、同時に両方の親のことで右往左往したことでしょう。それがないだけでもまだいいのかも。
まだ葬儀会社から請求書が届いていないので、いくらかかったかはわかりませんが、一度に大きな(我が家にとっては)お金が動くので、気の抜けない毎日ではあります。
近親者で、ということにしてあった葬儀でしたが、町内の隣組の皆さんはもちろん、町内会の役員の方は足を運んでくださいましたし、声をかけた義母の知人とか相方や私の友人などで
それなりの人数になりました。それでも同じように近親者だけで行った義父のときに比べると少ないのは、コロナ明けのせいもあるけれど、親戚の中でも年長者が自力で動けなく
なっていることが大きいように思えました。
今残っている義父のきょうだいの一番下でも80代半ばなんだもの。人によって健康状態はいろいろだけれど、そうなっても全然おかしくない。
今回の一連の日程の中で、一番大変だったのは通夜でもなく葬儀でもなく、ちょうど一週間前の仮通夜にあたる日でした。
午前中は連絡をした知人のうち数人が時間をおいて弔問に訪れたのですが、午後、ちょうど枕経をあげにお寺さんが来た前後に来客が集中。私の姉夫婦や相方のいとこ、そして隣組の
皆さん。
その中で一番遠方(って言っても市内だけど)から来てくれた姉夫婦にはあまりゆっくりしてもらえず、申し訳なかったなと思います。後でLINEで詫びを告げると、隣組の人たちの
弔問にとても驚いていました。多分うちの町内でもこの組だけなんじゃないかな。それだけ普段から仲が良い証拠でもありますが。
通夜にしても葬儀にしても、知った顔ぶればかりだったし人数もそこそこだったのでほぼもれなく挨拶出来たし、何より全然緊張しませんでした。
考えてみたら、義父の葬儀のときには認知症の義母を気遣いながらだったので、そっちの心配が大きかったからだったのでしょう。
残っている仕事のひとつが香典返し。
冠婚葬祭が派手、と言われる名古屋地区ですが、半返しがほぼ基本です。
今回即返しをしたので、いただいた香典のうち一部はもう返礼済みなわけだけれど、いただいた香典の額によっては追加を用意しなくてはならなくて。これ、結構悩みの種。
義父のときにお香典を拝辞したからか、ご近所さんの中にはえっ!?と思うような金額の方もいるんです。
そして、義母の妹である叔母からも。妹となるとある程度は、とは思うけれど、正直世間相場の倍くらいだったんです。
おまけに、その叔母の息子である相方のいとこの話によると、このところ認知症症状がかなりひどくなっているんだそう。被害妄想型というか、家族が何かを盗んだなどというあれ。
あまりに高額だったので、香典返しは普段の買い物にも使えるギフトカードにしようかと考えてはいるものの、直接叔母に渡すのは危険なような気もするし、かといっていとこに
渡すとまた変な妄想が起きたりしないだろうか・・・とも思ったり。
なにかと悩ましいことが多いけれど、相方や娘と相談してやっていくつもりです。こういうとき一番頼りになるのが娘で、長いこと派遣でいろいろな職場を経験したことが彼女の
スキルになっているなと感じます。
TODOというかタスクというか、「やらねば」な義務ばかりですが、これらが片づいたときの楽しみごとも考えながら順に片づけていこうと思います。こうしてブログに書き残す
ことも気持ちの整理につながるので、時には愚痴のはけ口になるかもだけれどお付き合いくださいませ。