るそう言えば、5月の終わりにはミュシャ展に行ってきました。
草間彌生展&ミュシャ展、両方の会期末を迎えて
美術館は大混雑!!
着いたらまずは腹ごなし。
いつものポールボキューズミュゼへ。

いつものごとく、Jのみシュワシュワ

草間さんの列、外にまで連なってる。。

メインはお魚。。。。
Jはいつもお肉なんだけど、この日はお魚だったのかな。
メインの写真が1枚しか無い。
そしてもう記憶が無い。。。爆

やっぱりお魚を食べた気がして来た。
オットはいちごのケーキ
Jはクレームブリュレ
そしてカフェオレ

ミュシャ展に並びます。

今回の目玉は
「スラヴ叙事詩」
説明は展覧会HPより拝借致します
アール・ヌーヴォーを代表する芸術家の一人、
アルフォンス・ミュシャ(チェコ語発音ムハ※、1860-1939)は、
オーストリア=ハンガリー帝国領モラヴィア(現チェコ)に生まれ、
ウィーンやミュンヘンを経て、27歳でパリに渡り絵を学びました。
なかなか才能を発揮する機会に恵まれなかったミュシャは、34歳の時に、
女優サラ・ベルナール主演の舞台「ジスモンダ」のポスターを手がけることになり、
一夜にして成功をおさめます。以降、優美で装飾的な作風は多くの人を魅了し、
時代の寵児として活躍しました。
美しい女性像や流麗な植物文様など、
華やかで洗練されたポスターや装飾パネルを手がける一方で、
ミュシャは故郷チェコや自身のルーツであるスラヴ民族のアイデンティティを
テーマにした作品を数多く描きました。
その集大成が、50歳で故郷に戻り、晩年の約16年間を捧げた画家渾身の作品
《スラヴ叙事詩》(1912-1926年)です。
およそ縦6メートル、横8メートルにも及ぶ巨大なカンヴァスに描かれた20点の油彩画は、
古代から近代に至るスラヴ民族の苦難と栄光の歴史を映し出す壮大な
スペクタクルであると言えます。
本展はこの《スラヴ叙事詩》をチェコ国外では世界で初めて、
全20点まとめて公開するものです。
プラハ市のために描かれた《スラヴ叙事詩》は、1960年代以降、
モラヴィアのモラフスキー・クルムロフ城にて夏期のみ公開されてはいたものの、
ほとんど人の目に触れることはありませんでした。
その幻の傑作が、80年以上の時を経て2012年5月、
ついにプラハ国立美術館ヴェレトゥルジュニー宮殿(見本市宮殿)にて
全作品が公開されました。
そしてこのたび国立新美術館では、
パリで活躍したミュシャが《スラヴ叙事詩》を描くに至るまでの足跡を
約80点の作品を通じて辿りつつ、これら幻の最高傑作の全貌を一挙、紹介します。

とても大きな絵で迫力がありましたが
J的にはやはり、パリのポスターの方に魅力を感じました。
(スラヴ叙事詩は撮影可、他の作品は撮影不可でした)
草間彌生展&ミュシャ展、両方の会期末を迎えて
美術館は大混雑!!
着いたらまずは腹ごなし。
いつものポールボキューズミュゼへ。

いつものごとく、Jのみシュワシュワ


草間さんの列、外にまで連なってる。。

メインはお魚。。。。
Jはいつもお肉なんだけど、この日はお魚だったのかな。
メインの写真が1枚しか無い。
そしてもう記憶が無い。。。爆

やっぱりお魚を食べた気がして来た。
オットはいちごのケーキ
Jはクレームブリュレ
そしてカフェオレ

ミュシャ展に並びます。

今回の目玉は
「スラヴ叙事詩」
説明は展覧会HPより拝借致します
アール・ヌーヴォーを代表する芸術家の一人、
アルフォンス・ミュシャ(チェコ語発音ムハ※、1860-1939)は、
オーストリア=ハンガリー帝国領モラヴィア(現チェコ)に生まれ、
ウィーンやミュンヘンを経て、27歳でパリに渡り絵を学びました。
なかなか才能を発揮する機会に恵まれなかったミュシャは、34歳の時に、
女優サラ・ベルナール主演の舞台「ジスモンダ」のポスターを手がけることになり、
一夜にして成功をおさめます。以降、優美で装飾的な作風は多くの人を魅了し、
時代の寵児として活躍しました。
美しい女性像や流麗な植物文様など、
華やかで洗練されたポスターや装飾パネルを手がける一方で、
ミュシャは故郷チェコや自身のルーツであるスラヴ民族のアイデンティティを
テーマにした作品を数多く描きました。
その集大成が、50歳で故郷に戻り、晩年の約16年間を捧げた画家渾身の作品
《スラヴ叙事詩》(1912-1926年)です。
およそ縦6メートル、横8メートルにも及ぶ巨大なカンヴァスに描かれた20点の油彩画は、
古代から近代に至るスラヴ民族の苦難と栄光の歴史を映し出す壮大な
スペクタクルであると言えます。
本展はこの《スラヴ叙事詩》をチェコ国外では世界で初めて、
全20点まとめて公開するものです。
プラハ市のために描かれた《スラヴ叙事詩》は、1960年代以降、
モラヴィアのモラフスキー・クルムロフ城にて夏期のみ公開されてはいたものの、
ほとんど人の目に触れることはありませんでした。
その幻の傑作が、80年以上の時を経て2012年5月、
ついにプラハ国立美術館ヴェレトゥルジュニー宮殿(見本市宮殿)にて
全作品が公開されました。
そしてこのたび国立新美術館では、
パリで活躍したミュシャが《スラヴ叙事詩》を描くに至るまでの足跡を
約80点の作品を通じて辿りつつ、これら幻の最高傑作の全貌を一挙、紹介します。

とても大きな絵で迫力がありましたが
J的にはやはり、パリのポスターの方に魅力を感じました。
(スラヴ叙事詩は撮影可、他の作品は撮影不可でした)