079:
1台の救急車がホテルの前に停まるのを見たキミは、躊躇うことなく
そいつに駆け寄った。開いたハッチから突き出されたストレッチャー
に手をかけ、車の中の救護兵に声をかける。
「手伝う!」
「スミマセン」
開きっぱなしのドアを潜ってロビーに入ると、そこは臨時の救護所と
なっていた。フロアに敷かれたシーツの上に血の滲んだ包帯を巻いた
兵士たちが寝かされている。目聡くキミを見つけた軍医が垢に塗れた
シャツの襟を弛めながら言った。
「その辺に転がしておけ!今は手が空かん」
ストレッチャーを床に降ろし、胸から下を血だらけにして呻く負傷兵
をシーツの上に移す。ストレッチャーを引き摺って戻ろうとする救護
兵に軍医が声をかけた。
「おいっ!補充の医薬品は?キエフ大の野戦病院から貰ってこいって
言った筈だぞ!」
「もうあっちにもこっちに回す分は残ってないそうです」
喚く2人を尻目に、キミは階段を駆け降りて来た兵士を掴まえた。
「あの小娘はどこだ!」
いきなり居丈高に喚かれた男は目を白黒させて口ごもる。
「ホーソン様のことですか?」
「急用だ!」
「807号が個室になっている筈ですが…」
突き飛ばすように男を放し、階段を駆け上がる。3階迄来たところで
キミはホッと溜息をつき、額に滲んだ冷や汗を拭った。いくらひっく
り返るような騒ぎになっているとは言え、ここは一軍の司令部である。
今のやり方は少々乱暴過ぎた。
─しかし、ここ迄来れば…
ゆっくりと8階に上がり、807号室の前に立つ。左右に目を走らせ、
廊下に誰もいないことを確かめてからソッとドアノブを回してみた。
鍵はかかっていない。そのままドアを押し開ける。
部屋は意外に広かった。ドアから入った所がリビングルームになって
いて、軍人が使うには勿体ないようなテーブルセットが置いてある。
左にベッドルームがあるらしい。
そして、ミディがいた。ソファに座ってバインダーを開いていた彼女
は、後ろ手にドアを閉めるキミをジッと見詰めている。軍服が全く似
合っていない少女は何故か、驚いているようには見えなかった。口を
開きかけ、躊躇ったように閉じる。そして、無邪気に微笑みかけた。
「久し振りね」
「外は大騒ぎだぜ。こんなところでのんびりしていていいのか?」
「アナタを待っていた…って言ったら?」
キミは黙って壁にかかっていたホルスターから拳銃を取る。22口径
のターゲットマッチモデルだ。
「彼女はまだ眠っているの?」
マガジンを左手に落としてみる。ロングライフル弾が10発。
「彼女には可哀想なことをしたと思ってるわ」
「殊勝な発言だ。ナオミに聞かせてやりたいね」
「でもずっとこのままって訳じゃないのよ。眠らせるためのキーワー
ドがあれば、起こすためのキーワードもあるわ」
右手に22口径をぶら下げたキミは、ミディを見据えたまま彼女に歩
み寄る。ミディはテーブルに手をついて立ち上がった。長い髪が揺れ
て頬にかかる。
「今教えてあげられればいいのだろうけど、その前にアナタにやって
欲しいことがあるの」
「交換条件か…」
テーブルを挟んでミディと向かい合ったキミは薄く笑った。
「アナタが私の頼みを聞いてくれたら、教えてあげる」
キミはゆっくりと右手を挙げた。
22口径が乾いた音を立てた。左脚の大腿部を撃ち抜かれたミディは、
蹌踉けてソファに腰を落とし、声を立てずに喘いでいた。
「取り引きできる立場かよ、ふざけるな」
ミディの前に膝をつき、血に塗れたスラックスの裾を引き裂く。白い
太腿が露わになった。
「勘違いするな。血止めをしてやろうって言うんだ」
引き裂いた裾で股の付け根を強く縛ったキミは、ポケットにクリップ
で止めておいた焼夷手榴弾の信管を捻り、ヒューズと炸薬を引き抜い
た。血の気の失せた顔のミディがビクッと体を震わせる。
手榴弾のシェルをミディの太腿の上で傾ける。ゼリー状の油脂が垂れ
落ちた。
「こいつで傷口を焼いとけば化膿したりする気遣いはないぜ。骨迄焼
いてくれる」
「よくもこんな…」
華奢な肩にかけたキミの手に震えが伝わって来る。キミはポケットか
らライターを取り出した。
「オレはただの軍人だからな。人から何か聞き出そうとするとこうい
う方法しか知らん。ちょっと乱暴かも知れんが、結構効果的な手だと
思うぜ」
ポッと音がしてライターが着火した。その途端、何故かミディの震え
がピタリと止まった。
「そうかしら…私にはムダよ」
その顔は何かに耐えるように無表情になり、しかし、目だけは鋭い輝
きを帯び、キミに向けられている。
ミディの手がライターを持ったキミの手を掴んだ。
「見ていて」
ミディはライターを自分の太腿に近づけて行く。大きく息を吸い込み、
唇を噛み締めて油脂に火を近づけて行くミディを、キミは呆気に取ら
れて見守った。
油脂に火がついても、ミディは悲鳴ひとつ上げなかった。蒼白の顔に
脂汗を浮かべ、キミを睨みつけている。肉の焼ける厭な臭いがした。
「アナタが私の頼みを聞いてくれないなら、例え殺されても言えない」
・ミディの頼みを聞く:028
・ミディをもっと痛めつける:163
てなとこで、次週に続きます。
痛めつけても意味はなさそうです…
1台の救急車がホテルの前に停まるのを見たキミは、躊躇うことなく
そいつに駆け寄った。開いたハッチから突き出されたストレッチャー
に手をかけ、車の中の救護兵に声をかける。
「手伝う!」
「スミマセン」
開きっぱなしのドアを潜ってロビーに入ると、そこは臨時の救護所と
なっていた。フロアに敷かれたシーツの上に血の滲んだ包帯を巻いた
兵士たちが寝かされている。目聡くキミを見つけた軍医が垢に塗れた
シャツの襟を弛めながら言った。
「その辺に転がしておけ!今は手が空かん」
ストレッチャーを床に降ろし、胸から下を血だらけにして呻く負傷兵
をシーツの上に移す。ストレッチャーを引き摺って戻ろうとする救護
兵に軍医が声をかけた。
「おいっ!補充の医薬品は?キエフ大の野戦病院から貰ってこいって
言った筈だぞ!」
「もうあっちにもこっちに回す分は残ってないそうです」
喚く2人を尻目に、キミは階段を駆け降りて来た兵士を掴まえた。
「あの小娘はどこだ!」
いきなり居丈高に喚かれた男は目を白黒させて口ごもる。
「ホーソン様のことですか?」
「急用だ!」
「807号が個室になっている筈ですが…」
突き飛ばすように男を放し、階段を駆け上がる。3階迄来たところで
キミはホッと溜息をつき、額に滲んだ冷や汗を拭った。いくらひっく
り返るような騒ぎになっているとは言え、ここは一軍の司令部である。
今のやり方は少々乱暴過ぎた。
─しかし、ここ迄来れば…
ゆっくりと8階に上がり、807号室の前に立つ。左右に目を走らせ、
廊下に誰もいないことを確かめてからソッとドアノブを回してみた。
鍵はかかっていない。そのままドアを押し開ける。
部屋は意外に広かった。ドアから入った所がリビングルームになって
いて、軍人が使うには勿体ないようなテーブルセットが置いてある。
左にベッドルームがあるらしい。
そして、ミディがいた。ソファに座ってバインダーを開いていた彼女
は、後ろ手にドアを閉めるキミをジッと見詰めている。軍服が全く似
合っていない少女は何故か、驚いているようには見えなかった。口を
開きかけ、躊躇ったように閉じる。そして、無邪気に微笑みかけた。
「久し振りね」
「外は大騒ぎだぜ。こんなところでのんびりしていていいのか?」
「アナタを待っていた…って言ったら?」
キミは黙って壁にかかっていたホルスターから拳銃を取る。22口径
のターゲットマッチモデルだ。
「彼女はまだ眠っているの?」
マガジンを左手に落としてみる。ロングライフル弾が10発。
「彼女には可哀想なことをしたと思ってるわ」
「殊勝な発言だ。ナオミに聞かせてやりたいね」
「でもずっとこのままって訳じゃないのよ。眠らせるためのキーワー
ドがあれば、起こすためのキーワードもあるわ」
右手に22口径をぶら下げたキミは、ミディを見据えたまま彼女に歩
み寄る。ミディはテーブルに手をついて立ち上がった。長い髪が揺れ
て頬にかかる。
「今教えてあげられればいいのだろうけど、その前にアナタにやって
欲しいことがあるの」
「交換条件か…」
テーブルを挟んでミディと向かい合ったキミは薄く笑った。
「アナタが私の頼みを聞いてくれたら、教えてあげる」
キミはゆっくりと右手を挙げた。
22口径が乾いた音を立てた。左脚の大腿部を撃ち抜かれたミディは、
蹌踉けてソファに腰を落とし、声を立てずに喘いでいた。
「取り引きできる立場かよ、ふざけるな」
ミディの前に膝をつき、血に塗れたスラックスの裾を引き裂く。白い
太腿が露わになった。
「勘違いするな。血止めをしてやろうって言うんだ」
引き裂いた裾で股の付け根を強く縛ったキミは、ポケットにクリップ
で止めておいた焼夷手榴弾の信管を捻り、ヒューズと炸薬を引き抜い
た。血の気の失せた顔のミディがビクッと体を震わせる。
手榴弾のシェルをミディの太腿の上で傾ける。ゼリー状の油脂が垂れ
落ちた。
「こいつで傷口を焼いとけば化膿したりする気遣いはないぜ。骨迄焼
いてくれる」
「よくもこんな…」
華奢な肩にかけたキミの手に震えが伝わって来る。キミはポケットか
らライターを取り出した。
「オレはただの軍人だからな。人から何か聞き出そうとするとこうい
う方法しか知らん。ちょっと乱暴かも知れんが、結構効果的な手だと
思うぜ」
ポッと音がしてライターが着火した。その途端、何故かミディの震え
がピタリと止まった。
「そうかしら…私にはムダよ」
その顔は何かに耐えるように無表情になり、しかし、目だけは鋭い輝
きを帯び、キミに向けられている。
ミディの手がライターを持ったキミの手を掴んだ。
「見ていて」
ミディはライターを自分の太腿に近づけて行く。大きく息を吸い込み、
唇を噛み締めて油脂に火を近づけて行くミディを、キミは呆気に取ら
れて見守った。
油脂に火がついても、ミディは悲鳴ひとつ上げなかった。蒼白の顔に
脂汗を浮かべ、キミを睨みつけている。肉の焼ける厭な臭いがした。
「アナタが私の頼みを聞いてくれないなら、例え殺されても言えない」
・ミディの頼みを聞く:028
・ミディをもっと痛めつける:163
てなとこで、次週に続きます。
痛めつけても意味はなさそうです…