群れで泳ぐタイセイヨウイサキの仲間
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気候変動による海水温の上昇と海水に溶ける酸素の減少によって、マグロやハタから、サケ、オナガザメ、タラに至るまで、数百種の魚がこれまで考えられていた以上のペースで小型化している。8月21日付の科学誌「Global Change Biology」誌に掲載された論文でそんな結論が導き出された。
海水の温度が上昇すると、海の生きものの代謝が盛んになる。そのため、魚やイカをはじめ、生物は海水からより多くの酸素を取り込む必要が生じる。しかしその一方で、海水に溶ける酸素の量は水温が高くなるほど減る。この酸素の減少は、多くの海ですでに起きていることが指摘されている。(参考記事:「世界最大のサンゴ礁で大量死、豪政府が緊急対応」)
また、エラの成長は体と比べて遅いため、海の生きものは体が大きくなるほど酸素を取り込む効率が下がる。したがって、海水温が高くなると、ある大きさ以上では酸素が足りなくなってしまい、これまでと同じペースでは成長できなくなるとカナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学に在籍する二人の研究者は主張する。
論文の著者の一人で、同大学が日本財団などと共同で進めているネレウス・プログラムのカナダ側の責任者であるウィリアム・チャン氏は、「私たちが発見したのは、水温が1℃上昇すると、魚は20%から30%小さくなるということです」と話す。
こういった変化によって、海洋食物網が大きな影響を受け、食う者と食われる者の関係が予測できない形で変わる可能性もあるという。(参考記事:「【解説】温暖化で生物は?人はどうなる?最新報告」)
論文の筆頭著者で、ブリティッシュ・コロンビア大学海洋漁業研究所の教授と「Sea Around Us」という団体の研究責任者を兼ねているダニエル・ポーリー氏は、「実験から、最初に影響を受けるのは体が大きな種であることがわかっています。呼吸に関していえば、小さな種の方が有利なのです」と話す。(参考記事:「CO2濃度上昇で甲殻類が大型化」)
「エラ酸素制約理論」
ただし、ポーリー氏とチャン氏の発見を称賛する研究者も多いが、全員が認めているわけではない。
ポーリー氏の名は、一部で議論を呼ぶことになった乱獲についての世界規模での研究でよく知られている。そして、1970年代に論文を発表して以来、魚の大きさはエラの成長能力によって制約を受けるという理論を研究し、展開してきた。ポーリー氏とチャン氏らは、この「エラ酸素制約理論(Gill-Oxygen Limitation Theory)」に基づき、ある研究結果を2013年に発表した。2050年には、気候変動によって約600 種類の海水魚の平均体重が14%から24%軽くなるというものだ。
「空気を呼吸している私たちには考えづらいことです」とポーリー氏は話す。「私たちにとって、問題は酸素ではなく食料を十分得られるかです。しかし、魚の状況はまったく異なります。人間で例えるなら、ストローを使って呼吸しようとするようなものなのです」
酸素の減少と魚の小型化を関連付けて考える研究者は他にもいる。たとえば北海では、酸素が減った海域のタラやニシン、ヒラメなどがすでにかなり小型化している。(参考記事:「ジンベエザメが小型化と研究報告」)
2013年のポーリー氏とチャン氏の研究成果については、単純化しすぎという批判があった。2017年の初めには、ヨーロッパの生理学者のグループが同じ「Global Change Biology」誌で、ポーリー氏の理論に根本的な部分に欠陥があると述べた。
そこで、ポーリー氏とチャン氏は、さらに洗練されたモデルをもとに、理論の再検証をおこなった。
新しい論文では、以前に取りあげたケースを再度吟味し、エラ理論の説明を進めるとともに、それが基本原理として通用するものであることを改めて主張した。さらに、もともとの結論では、魚がまもなく直面するであろう問題の規模を過小評価していたことも明らかにしている。
たとえば、2013年の論文では、マグロなどの大型魚は気候変動による影響をあまり受けない可能性が指摘されていた。しかし、新しい研究では、泳ぐ速度が速く、つねに動き回っているマグロは、酸素を大量に消費するため、他の魚よりも影響を受けやすい可能性があるとしている。
チャン氏によると、熱帯大西洋の一部では、実際に外洋の酸素の量が減っている海域が多いという。マグロがそういった海域を避けているという研究もある。
「マグロは、こういった低酸素海域との境界線に沿って分布しています」とチャン氏は言う。(参考記事:「クロマグロ 乱獲の果てに」)
見解は真っ二つに
魚の専門家の中にも、ポーリー氏とチャン氏のエラ理論や今回の新たな研究を支持する人々がいる。
ノルウェーにあるベルゲン大学の生物学教授で、アフリカの魚を研究しているイェッペ・コリング氏は、ナイルティラピア、グッピー、そしてザンビアやビクトリア湖に生息するイワシの一種などの小型化を説明できるのは、ポーリー氏のエラ理論をおいて他にないという。「これは、私がアフリカで見てきた現象をたしかに説明するものです」とコリング氏。
カナダ、サイモン・フレーザー大学の海洋生物学者であるニック・ダルビー氏も、みずからの研究がポーリー氏の理論と「一致する傾向にある」としており、「魚が重くなれば、やがて酸素の摂取量が代謝に見合わなくなることは絶対に避けられない」と述べている。
ドイツ、ブレーメン大学とアルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所の海洋動物生理学者であるハンス=オットー・ポートナー氏は、この研究からは、魚が海の変化にどの程度順応できるかが示されていないという。しかし、魚の成長や水温の変化に対する敏感さが酸素と関係しているという点は「納得がいく議論」だと話す。(参考記事:「温暖化を味方にする動物は?」)
対して、批判的な意見もある。過去にもポーリー氏に反論したノルウェー、オスロ大学の生理学者シャニー・ルフェーブル氏は、2017年初めに発表された批判的な論文の筆頭著者だ。同氏は依然としてポーリー氏のエラ理論に欠けている点を指摘し、「われわれの議論への反論には、何も感じませんし、納得もしていません」と話す。さらに、「新しい結果の方が信頼できるとも考えていません」とも述べている。
ルフェーブル氏は、魚にはエラを成長させる能力があり、「体と同じ速度でエラが成長するのを妨げる『幾何形態的な制約』など存在しません」と言う。
ただし、ルフェーブル氏もポートナー氏も、さらなる見解はないという。ルフェーブル氏は、生態学者やモデル提唱者は、このような統一理論を受け入れる前に、「偏見を持たず、注意深く見てほしい」と話している。
一方で、ポートナー氏は、ポーリー氏とチャン氏の研究は、理論の証明に向けて正しい方向に向かっていると述べる。
ポートナー氏は、この新しい研究は「広くあてはまる理論をさまざまな生物の観察に注意深く適用してみれば、ほかのやり方ではなしえない発見につながる可能性がある」ことを示していると付け加えた。
なるほど~