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芥川龍之介の手紙
文ちゃん
先達は田端の方へお手紙をありがとう。(中略)会って、話をする事もないけど、唯まあ会って、一緒にいたいのです。へんですかね。どうもへんだけれど、そんな気がするのです。笑っちゃいけません。
それからまだ妙なのは、文ちゃんの顔を想像する時、いつも想像に浮ぶ顔が一つ決まっている事です。どんな顔と云って云いようがありませんが、まあ微笑している顔ですね。(略)
僕は時々その顔を想像にうかべます。そうして文ちゃんの事を苦しい程強く思ひ出します。そんな時は、苦しくつても幸福です。
ボクはすべて幸福な時に、一番不幸な事を考へます。
そうして万一不幸になった時の心の訓練をやって見ます。その一つは文ちゃんがボクの所へ来なくなる事ですよ。(中略)
もう遅いから(午前一時)、やめます。文ちゃんはもう寝ているでしょう。寝ているのが見えるような気がします。もしそこにボクがいたら、いい夢を見るおまじないに、そうっとまぶたの上を撫でてあげます。
以上
十月八日夜 芥川龍之介
塚本文子様