小説家、反ワク医師、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、反ワク医師、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

勉強の仕方

2014-08-17 23:12:56 | 考察文
少し大きな書店に、東大法学部首席卒業の弁護士の、書いた勉強の仕方の本があった。女(山口真由さん)である。以前、クイズの頭脳王に、出ていた人だろう。

私は、超秀才の勉強法、などの本には、興味がない。(まあ、参考に一読してみて悪いものではないが)

超秀才は、先天的に、記憶を司る、脳の海馬、が非常に発達しているケースが多いと思う。「源氏物語」を書いた紫式部も、先天的に、記憶力が、物凄く良かったのだろう。

人間の、記憶力も、顔や性格と同様、その能力の程度は、先天的に、決まってしまっている面がある。そういう超秀才の勉強を、そのまま真似ても、鵜の真似をする烏、になるだけである。

自分の能力、自分の特性というものを、しっかり見極め、自分に合った勉強法を、模索することが大切なのである。

私は、多くの人がやっているような、教科書や、参考書に、赤、青、黄色の、ラインマーカーを引く、という勉強法は、とても出来ない。なぜなら、教科書や参考書は、繰り返し読む、ものだが、最初に、重要だと思った所が、二回目には、わかりきったこと、となり、そうなると、教科書が、ぐちゃぐちゃになってしまう、からである。

それと私は、「ゴロ合わせ」で、覚えるというも、全く性に合わない。もちろん、覚えやすいゴロは使う。鎌倉時代の始まりの1192年の、「いい国つくろう」などは、意味があって覚えやすい。しかし私は、たいてい自分独自の、短いゴロを、ちょこっと考えるか、あるいは、ゴロなど考えないで、繰り返して、覚える。それが私にとって、いい勉強法であるからである。

また私は、全く同じ参考書を二冊買う、ということも、よくやる。し、目次をまず、覚えてしまう、ということもよくする。自分にとっての、合理的な、勉強法というものを、いつも考えている。

それと。東大や医学部の合格体験記、で、よく使われている、いい参考書が書いてあるが、私は、そんなもの、全く無視した。そして、自分が使いやすい、参考書で勉強した。

当たり前のことだが。受験勉強で、大切なのは、いかに、良い(と言われている)参考書をたくさん、使って勉強したか、ではなく、いかに、試験場で、多く得点できるか、が全てなのである。

これは、スポーツや、あらゆる芸事でも言えることで、世には、自分が出来るだけで、指導能力の無いトップアスリートの傀儡になってしまって、いつまでも上達できない人が、結構いる。

私は、受験勉強を、悪いものだとは思わない。

勉強とは、その科目の勉強であると同時に、自分の特性を見極め、自分に合った勉強法を、模索する勉強、でもあるのだ。つまりは、物事の問題解決能力の訓練である。

「武道における知識は、つまるところ自己を知ることなのだ。これに対し、あなたはこう問うかもしれない。(その知識をどうやって獲得するのだ?)と。それは、あなたが、たった一人で見つけなければならないのだ。助けはなく、自ら助ける以外にないのだという事実を受け入れなければならない。自由とは、人間の内側に存在するものであるから、自由を獲得するするすべを教えられないのと同様、自己認識を獲得するすべも教えられない」

(ブルース・リー)

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