のってきた駅から少し東向いて行くと、
床下川が流れています。
その向こうに見えているのが、
尼崎城です。
もともと尼崎城は江戸時代に
築上されているが戦災に会い焼失。
しかし平成15年の頃に
現在のエディオンの傘下である
ミドリ電化創業者の安保氏が
私財を投じて平成30年に
天守閣を再現している。
途中こんな阪神電車の社屋のよこをとおり、
公園の中をぬけたら天守閣の下にでます。
その立派な城郭がこれ。
立派ですねえ。
投じた私財が10億円を超えているそうです。
今日は中に入れませんけど、
様々なゾーンが配置され、
尼崎がよくわかるように
作られているそうだ。
そもそも、なぜ尼崎なのかというと、
「尼」というのは女性の僧
という事ではなく「海」から
来ていますね。
そう海に潜る女性のことも
「あま」といいます。
昔は漁船なんかの暮らしをさす言葉で、
その岬のようにとんがった部分で
「尼崎」になったというそうです。
お城の最上階は展望ゾーンらしく
市内が見渡せるそうですが、
休業日で入れなくて残念です。
まわりから城の写真を撮って、
次に観光案内所で教えてくれた、
お寺が並ぶ寺町の方へと
歩いて行きましょう。
あ、こんなの作ってますよ。
これが尼崎城しゃちほこ丸ポストです。
そしてその先に櫻井神社
というのがありました。
ああ、嵐ファンとか来るのかなあ。
合わせてミスチルファンもねえ。
この神社は、そこに立ってた石に
書いてありましたが、
かつて尼崎城内にあった
神社なんですねえ。
中を覗いてゆきましょう。
まず子どもの無事成長を祈る
「はくあい地蔵」
というのがありました。
まあだいたい地域の地蔵は
子どもの守り神的な信仰が強いんですが、
ここもまあそんな感じですね。
ほかにも「多賀社」「契沖神社」
「出雲社」も合祀しているようです。
二番目の契沖は日本の学者で有名な人。
尼崎が生まれ故郷なんですねえ。
その後、尼崎城の棟瓦をおいてある
櫻井神社の本殿におまいりして、
では再び寺町通りを
目指してゆきましょう。
道はさらに西の方を目指します。
一定の決まったエリアに
たくさんのお寺が並んでいます。
尼崎城築城時に、
一か所にお寺が集められて
寺町となりました。
真言宗、浄土宗、浄土真宗とまあ
様々なお寺が、今は11か寺
あつまっています。
こんな三重塔や
古い屋敷があって
なかなかそれなりに面白いし、
地元に人にとってはお墓が並ぶ
聖なる場所でもあるわけですね。
ブラブラとそこを一周回り、
最後に駅前の商店街の方に向かいます。
途中こんな尼崎戎神社も通ります。
おおここはひらがなの
百度石がありましたねえ。
それとスマホを持って歩く
小学生に注意する仏像です。
あ、ちがいますかあ。
明石が近いので、
タコのおもちゃも個性的です。
それから福が帰るという願いを込めた
カエルの像もありましたよ。
本尊では仕事がうまく行くように
という願いと、それが人の役に
立ちますようにという
願いも込めてお祈りしておきました。
そこから、駅前商店街の方に
入っていきましょう。
尼崎、と言ってもここに来たら
これというような食べ物も
思い当たりません。
ホルモン焼きなんか多かったですけど。
それはちょっとこんなお昼には
会いませんね。
結局、水産料理の店に入って
海鮮丼でビールを一杯という、
居酒屋風な昼食にしました。
海が近いんでいろんな料理が
並ぶ所でしたねえ。
お城の旧跡と神社、
そしてお寺をぐるりんとまわった
尼崎逍遥の旅、
海鮮丼を食べて
これにておしまいです。
ほなさいなら。
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