ワカサギ釣りのおじさんが
いろいろと親切にしゃべってくれるので、
引き続き取材をしました。
「このあたりの雪は
だいたいこんな感じですか?」
「いやあ、もっともっと降るで。
多い時は二階から出入りするほどなんやあ」
と言ってはりました。
新年になってからの大雪で
高速道路の車が立ち往生
しているようですが、
きっとその頃はここも大雪で
難儀していたんでしょうねえ。
いろんな質問に答えてくれて
ありがとさんでした。
いい勉強ができましたよ。
さあ時刻ももうお昼をまわっています。
どこかにお店を見つけて
入ることにしましょう。
そのあたりから少し歩いたところで、
余呉湖が見渡せる食堂が
あったので入ることにしました。
電車ですから、
きれいな景色が見えますから・・・
もうビールは欠かせませんね。
窓辺の席に座り、
ハンバーグ定食と缶ビールです。
これでワカサギの天ぷらが
3切くらいあれば最高なんですけど、
贅沢は言いません。
静かな余呉湖を眺め、
その向こうにある賤ケ岳の
雪山景色を眺めながら
至福のひと時を過ごしました。
ほろ酔いで気持ちよくなって、
店の人に周辺の事をいろいろ聞きました。
帰り道だったら木之本に
行くのがいいだろうとのことです。
昔、木之本で買ったという
「サラダパン」のことも確かめました。
北国街道の通りもあるとのことですので、
帰りは木之本へ行こうとそこで決定です。
でもまずは余呉湖です。
もう少し周りを歩いてみましょう。
先ほどの衣掛柳は天女が脱いだ
羽衣をかけていた柳だったのですが、
その羽衣を持っていかれて
天に帰れなくなり、
地元の人と結婚し子どもを
作っていったそうです。
その子どもの一人が菅原道真
という説もありますし、
天女の子孫が今もここに
住んでいるという話もあります。
この話が、日本最古の天女の話
と言われています。
あちこちにこの天女の話はありますね。
以前カニを食べに行った山陰にも
そんな話がありました。
そこで生まれた子供は人々に
酒の作り方を教えた
なんてのもありました。
この湖の淵にはそんな天女の人形像
なんかも置かれてありますね。
そして湖沿いの散歩道を
雪をかき分けながら、
落ちないように歩いて行きましたよ。
余呉湖の向こうに見えているのが
賤ケ岳です。
1583年4月の羽柴秀吉と
柴田勝家の争いで、7本槍と言われる
武将の活躍で秀吉が勝利を挙げた
戦いをおこなったところです。
実はdoironの町のだんじりは
秀吉を舞台にしたシーンが
多く彫られています。
このだんじりを発注するときに、
村の主だった連中と
この賤ケ岳に遊びに来たことがあります。
あの時稜線で見た柴田勝家の銅像は
とても印象ふかくて、
ぜひあんな銅像をだんじりの
どこかに入れてほしかったのですが、
敗残兵なので取り入れてはもらえませんでした。
しばらく湖岸を歩いていると、
右に何やら石が建っています。
ここが、余呉八景の島浦帰帆と
書かれてあります。
ネットをいくら調べても、
このブログの春に歩いた時のが
出てくるだけで、どういうものなのか
詳しくはやはりわかりません。
ここから余呉湖を見回してみると、
湖岸はずっと真っ白です。
多分歩いて一周するのも
難所があったりするでしょうねえ。
一周の機会はまた季節のええ時に
することにして、
今日はここから戻っていくことに
しましょう。
チェックしてあった電車の時刻に
ぴったり間に合いそうです。
道路標識の表示を見ながら
頑張って歩いて行きます。
続く
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