ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

もっともっと田原本 5

2018年03月10日 21時07分01秒 | ウォーキング

この辺りには条里制と呼ばれる制度が
奈良時代の町を形作っていました。

その時は東西列を「条」、
南北列を「里」といって
整備されていたのですが、
その条理の交点を整備し
緑を植えているのが
「条理の森」という制度です。

こうして緑を増やして昔の奈良を
しのぼうとするとともに
都市環境に潤いを与えるものだそうです。

ここが、「城下郡路西13条2里六坪東南角」
といわれています。

バランが植えられていますねえ。



でもこの制度によって
どんな整備がどれほど
施されているのか
よくわかりませんねえ。

これはまた勉強していきましょう。

しばらく村中の道を往くと
大きな池に出ました。



この池のかどっこあたりにあるのが

「おうてくれ地蔵」です。



こんな大きな石の地蔵が
夜に近くを通る人に
「おうてくれ(おんぶしてくれ)」
と叫ぶんだそうです。

うひゃ~これは重そうです。

ボディビルダーを目指す人が良く通る・・・
わけではなく、地蔵さんの
親しさとともに夜にウロウロしたら
あかんよと教える地蔵さんだそうです。

ウヒャー、家とエイの間になくて
よかった、よかった。

週に一回いつもこの地蔵さんを
背負ってたらムキムキに
なってたかもね。

あ、でも脂肪でムチムチよりいいかなあ。

この先で、先ほどとおった
面塚の横を流れていた
寺川の上流に出ます。



ここには昔浜があったようですね。

「今里の浜」といいます。



大阪からは塩・雑貨・肥料を
そしてこちらからは農作物を
送ったそうで、古代の
物資交易の里だったそうです。

交流により、たくさんの商売の
お店がこの辺に並んでいた
という記録も残っているそうです。

その川の先にあった
大きなエノキに何やら
わらのようなものがまかれています。



これが「蛇巻」ですねえ。

昔々、この地方に悪い男の
龍がいました。
それを近寄らせないために
木にこういうショウブや
わらで編んだヘビを
巻き付けたそうで、
そこから来ている風習だそうです。

6月の祭りでは、この蛇巻で
人を巻き込むような
男の子の成人を祝う祭りが
行われるそうです。



「今里の蛇巻き」というそうです。

これは鍵地方でも有名で、
そちらは鍵の蛇巻きといわれています。



17歳の子供がこの龍を
かたどった蛇巻きをもって
町内を練り歩き、
その頭を下にして木に
巻き付けるというのが
その6月の祭りです。

どこだったかなあ、
ここ以外で歩いているときに
そんな蛇巻きを見たことがあるなあ。
場所が思い出せませんが、
そんな木を見たという
うっすらとした記憶がありますねえ。

まあ、木と蛇ですから、
何となく祈りの姿が感じられますねえ。

これもまた見れたら面白いですねえ。

子どもが蛇を担ぎながら、
見ている大人を巻き込んでいく
というのが面白そうです。
獅子舞が頭をかむというのと
ちょっと似てるかな。

え~っとこの辺りから
地面にこんなタイルが
埋められるようになりました。



唐子・鍵遺跡への案内タイルですねえ。

これを追いながら歩いていくのが
いいようですね。

そのあと河原で
「メダカでもいないかなあ」
とおもってのぞき込んでいると、
高齢者の人に
「なんかいてますかあ」と聞かれました。
それからしばらく話をしつつ、
これから遺跡へ行くんです
といってると場所をきっちり
教えてくれたのですが、

「え~でもねえ、今は工事してるで~」

というではないですか。
ウヒャー、そうなんですかあ。
ここを求めてもう10キロほど
歩いてきたんですが・・・
としょげてしまいました。

「まあ、また見においで」と
優しく励ましてくれました。

背中になんたらボランティア
と書かれた服を着ていた
おっちゃんでしたねえ。

うう~、でもまあ近くまで
行ってみるかと歩き始めたら、
おお~ここに大きな
とんかつ屋さんがあるではないですか。

昼飯にでもしますかあ。

と続く。


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