緩和ケア医の日々所感

日常の中でがんや疾病を生きることを考えていきたいなあと思っています

薬理学的特性からの鎮痛薬の選択~ある頭頚部がんの痛み

2013年11月10日 | 医療

頭頚部がんの痛みのコンサルトがありました。



画像上、片側上顎洞から上方は頭蓋底まで、
外側は三叉神経まで広がっていました。


自覚される症状としては、
 頭全体が痛いです。
 上唇がしびれます、歯が浮いたような嫌な感じです。
 下顎もしびれます。
 後ろ頭が痛むこともあります。
 夜ねられません。
これが、Subjectでした。


Objectをまとめると、
1)患側ではなく、全体の頭痛 持続的にNRS6~7/10、
  消化器随伴症状なし(つまり、脳圧亢進や髄膜刺激症状ではない様子)

2)患側の大後頭神経に沿った神経障害性疼痛 持続的にNRS 3~5/10

3)患側の上口唇と上顎歯肉へ放散する知覚鈍麻 
      痛みではなく、この鈍い感じが、不快感としては最も強い
      不快感をNRSで表現すると8/10
  患側の下顎皮膚の知覚鈍麻と知覚過敏
  これは、三叉神経 第2枝、第3枝の神経障害と判断しました。

4)患側の眼痛なし

5)腹部単純写真で、便秘あり




この時、用いていた鎮痛薬は
 NSAIDsはロキソプロフェン
 オピオイドとして、オキシコドン10㎎を
      20㎎に増量されており、
 レスキューを2.5㎎/回を一日5,6回内服しても
 疼痛はあまり変わらないとのことでした。

レスキューを用いても、除痛不十分にて、
NSAIDsを通常投与量を超えて、
内服されたり、NSAIDsの坐薬も併用されていました。





悩みました。

患者さんにとって最も不快な感覚は、
知覚鈍麻の上顎の歯の浮いたような感じでした。
ですから、鎮痛薬は中々効果が期待できません。
とはいえ、夜も寝られないほどの苦痛があり、
明らかな神経障害性疼痛も存在し、
オピオイドの切れがよくないことから
鎮痛補助薬は必要だと考えました。

保険適応的にはプレガバリンを考えることが多いでしょうが、
この時は、イミプラミン10㎎としました。
経験的に、頭頚部がんの患者さんの
神経障害性疼痛で、頭痛を伴っているときに
効果的なことが多いこと、
今回は明らかな浸潤性の頭痛と判断しましたが、
一般的な片頭痛に三環系抗うつ薬が効果的なことが多いことから
何らかの頭痛の機序に緩和方向に働くことが期待できると思ったこと
などがその理由でした。

一方で、使用して生じえる副作用は、
すでに生じている便秘をさらに悪化させるであろうこと、
せん妄を惹起する可能性が今後あることと判断しました。
便秘は下剤の増量とし、
せん妄は身体状態から導入時はリスクが少ないが、
放射線治療を開始後は、十分な注意を行っていくことを
周囲に喚起していくこととしました。
このことが、次のオピオイドの選択にも関わってきました。


次に、検討したのが、オピオイドでした。
このまま、下剤をしっかり使ってオキシコドンのままとするか、
貼付剤とするか・・・

オキシコドンも髄内移行は
モルヒネに比較してよいことが知られています。
が、さらに、フェンタニルは、髄内はもとより、
脳内移行もよい薬剤です。

消化器症状がなかったので、
頭蓋底を超えてはいない(髄膜浸潤など)はない可能性の方が高いので、
あえて、フェンタニルとすることもないかと思いましたが、

便秘があること、
補助薬として抗コリン作用が強い三環系を選びたいこと、
痛みの強さからオピオイド増量も必要と判断し、
経口での増量より貼付剤の方が問題が少ないと考えたこと
から、フェンタニル貼付剤で、
25μg/h放出量のもの
(24時間タイプの2mgで、オキシコドン40㎎相当)
とすることとしました。
また、せん妄のリスク回避にも有益と判断しました。

さらに、下剤を追加し、
逆にNSAIDsは通常投与量の範囲に
とどめてもらうようにしました。



これで、もし、除痛が困難なら、次の一手は
アセトアミノフェン、
さらにステロイドの考慮と
しました。

 アセトアミノフェンは、
 鎮痛効果の一部分がカンナビノイド作用を持ち
 さらに、かつて大脳のCox3抑制作用を持つと
 言われたことがある薬剤で、
 非オピオイド鎮痛薬に分類されつつも
 中枢性に何か効果を期待できるところが
 ある薬剤であるため、次の一手としました。
 ただし、最近はCox3は否定的です。
 とはいえ、そのように大脳に注目されている薬剤という視点では
 頭痛への効果が他よりよいかもしれません。
 頭痛のセデスは、かつてのものは
 アセトアミノフェンの前駆体のフェナセチンで
 今は、アセトアミノフェンです。

 ではなぜ、最初からアセトアミノフェンを
 選択しなかったかというと
 頭頚部がんの特徴で、炎症が強く、
 NSAIDsのもつ、抗炎症効果が
 脳内除痛を上回って、重要だと判断したからです。





これらのことを踏まえ、Planは

NSAIDs   ロキソプロフェン 3T 3X
オピオイド   フェンタニル貼付剤(25μg/h) 1枚
                (フェントス2mg)
   レスキューとして、 オキシコドン速放散剤 5㎎/回
鎮痛補助薬 イミプラミン 10㎎ 1X  夕
下剤      センナとマグネシウムの増量

としました。




翌日・・・
頭痛も、後頭神経痛も、5/10以下となりました。

翌々日・・・
3/10以下となりました。
一番気になっていた、
三叉神経障害性の不快感も3/10以下となっていました。




オピオイドは、オキシコドンの総量としても
20㎎+2.5X6 = 35㎎であることから
フェンタニル2㎎ つまり、40㎎相当としても
著効するほどの増量ではありません。

といいつつも、三環系抗うつ薬の神経障害性疼痛への効果は
通常、1週間以上かかると言われています。

フェンタニル単剤の増量でも
イミプラミン単独の投与でもだめだったのでしょう。






この切れ味は、予想以上で、
悩んだ甲斐がありました。





一見単純な処方決定の裏にも、
考え、判断するプロセスが大切だったことを、
役割を果たせてほっとするとともに、
あらためて、実感したケースでした。


コメント (4)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 最近驚いたこと;癌治、フェ... | トップ | 中立な心で、患者さんの立場... »
最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (おがたけんいちろう)
2013-11-11 20:55:40
すばらしい。知識と経験の豊富さに脱帽です。
返信する
おがたけんいちろうさん (aruga)
2013-11-17 23:32:40
最上級の言葉を頂き、ありがとうございました。
照れつつ、これからもがんばりたいと思います。
返信する
Unknown (jun)
2013-11-22 14:20:56
思考過程がとても勉強になりありがとうございました。
主科で仕事していた時は頭頚部腫瘍をみることはありませんでしたが、現在は多いため、新しい経験をさせていただいています。このようにきれいに解決すると気持ちいいですね。
返信する
junさん (aruga)
2013-11-26 00:00:20
主治医として対応してこなかった診療科領域にも取り組むということが、専門性の表れなんだと思います。Junさんのお立場が、垣間見ることができ、素晴らしいなあって思います。コメント、ありがとうございました!
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

医療」カテゴリの最新記事