緩和ケア医の日々所感

日常の中でがんや疾病を生きることを考えていきたいなあと思っています

ゲノム遺伝子検査がもたらしていること

2021年11月14日 | 医療
がん領域の医療は、

診断はがん、がんではなかった
手術をする、しない
抗がん剤治療を開始、休薬、やめる

というように、
白黒ついたものでした。



診断はがんだった
再発がわかった
抗がん治療を終了しなければいけない
そういった情報は

がん診療コミュニケーションの領域では、
「bad news(悪い知らせ)の伝え方」として、
どのように患者さんに伝えるかが、
医師に求められるコミュニケーションの課題でした。



この白黒・・
これが変わりつつあります。

医療の進歩は、
不確実なグレーな時間を
増やしているのです。



黒として伝えられるのは辛いことですが、
不確実な、不安定なグレーゾーンで
決まらない待ち時間を
やり過ごしていかなければいけないことも
楽なことではないです。






例えば・・・

がん遺伝子検査には
ターゲットとなる薬剤があって、その適応を調べる「コンパニオン検査」と
効く薬剤を探すために網羅的に遺伝子をしらべる「プロファイリング検査」
があります。





日本肺癌学会のHPに
分子標的治療の説明で以下のようなQ&Aがあります。
 
非小細胞肺ひしょうさいぼうはいがんに対する分子標的治療薬として,EGFRイージーエフアール,ALKアルク,ROS1ロスワン,BRAFビーラフ,NTRKエヌトレク,MEKメック阻害薬,血管新生阻害薬があります(Q39参照)。これら分子標的治療薬が適応となるのは,がん細胞におけるEGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子,ROS1融合遺伝子,BRAF遺伝子変異などのドライバー遺伝子変異があるときに限られます(血管新生阻害薬を除く)。
https://www.haigan.gr.jp/guidebook2019/2020/Q42.html

がんに、
EGFRなどの遺伝子変異があれば、
それを標的とした分子標的薬が
効果があることが分かっています。

腫瘍自体を調べます。
生検(組織の一部を取る検査)をし、
組織にターゲットした遺伝子の
変異の有無をみます。
その結果をみて、
ターゲットの分子標的薬を
投与するかしないか決めます。
コンパニオン検査の一例です。


その遺伝子の結果がでるのに、
約1~1.5か月待たなければいけません。

この待っている間が
実にグレーなのです。

白黒わからない
分子標的薬の投与ができるのかダメなのか
結果ができるまで不確実な時間が続きます。

このグレーな時間の対処は、
癌を忘れる時間を作ること
です。





もう一つのプロファイリング検査

標準治療が無い
または
標準治療が効果がなくなった
患者さんを対象に
何らか次の薬物療法を探索するために
血液(腫瘍自体ではなく)で
網羅的に遺伝子を調べる
遺伝子検査です。

最近、保険適応になりました。
それよりも以前、
この時点で患者さんは
癌治療病院と緩和ケア病棟との併診で
悪化した時の体制を比較的元気な時から
準備することができていました。

それが、
プロファイリング検査は
標準治療を受けた後の検査のため
進行がんの状態で数週間
検査結果がでるまでの待つ時間が必要となり
結果、治療はないことが明確になった時は
身体的に悪化が進み、
緩和ケア病棟への移行が間に合わない
といったことも出始めました。



このような
効く薬剤があるのか、ないのか
明確にならない時間
待機しなければいけない時間でも

医療者からすれば、
すべて選択できるよう
準備をしておくことを
お勧めしたいのですが、

心情として
投薬できる薬がないとわかるまで、
緩和ケア病棟は考えられないという
患者さんのお気持ちも理解はできるので、

緩和ケア病棟を選択肢にいれるという
気持ちになるまで待つこと
情報提供の継続を
辛抱強く続けるしかないと
感じます。





医療の進歩は、
けして、白だけ増やしているのではなく、
グレーな時間を増やしていること

その間にも、体は変化し、
苦痛が生じる前の
転ばぬ先の杖として
グレーが黒に転じた時のことも、
並行して考えていかなければいけないこと、
目の前の白黒の医療の選択だけではなく、

グレーな中で
最善の道筋の一方で、
最悪の道をとることも想像し、
選択する勇気を持つこと

そんなことが求められようとしています。



医療の進歩は
複雑な、多様なグレーな状態を増やし始めたといっても過言ではない時代にはいっているのです。

Albrecht FietzによるPixabayからの画像 

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12 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (perfectwin)
2021-11-14 19:15:51
今回も、大変勉強になりました。
毎度のことながら、ありがとうございます。
返信する
Unknown (20071019naka_1947)
2021-11-14 19:20:10
専門的なことはわかりませんが、いつも興味深く読ませてもらってます。
人間の寿命が長くなって幸せか?不幸せか? よく解からない状況になってるように思います。
自分自身のことですが、20余年前に直腸癌になりました。手術前に家族を呼ぶように言われ、もう死ぬのかな? と思ったけれどまだ生きてます。
医学の進歩は喜ばしいこととは思いますが、「 生きているものは必ず死ぬ 」 という自然の摂理は変えようのない事実だと思います。
もし癌が再発したら、私は医学の実験台になるような事態は避けようと思っています、長寿=長生きではないと思っています。
再度、言いますが、医療従事者は 「 生き物は必ず死ぬ 」 という真実をわきまえたうえで、最善を尽くして頂けますようお願いしたいと思っております。
返信する
Unknown (e3693)
2021-11-14 23:50:57
@perfectwin さん

いつも、お訪ね下さり、ありがとうございます!
コメントも感謝です!!

aruga
返信する
Unknown (e3693)
2021-11-14 23:52:26
@20071019naka_1947 さん

コメント、ありがとうございます!!
本当に、大切なことですよね。
肝に銘じて。

aruga
返信する
Unknown (コロ健)
2021-11-15 13:42:13
こんにちは。
病理医で、治療のことがわからず教えていただきたいのですが、コンパニオン診断―プロファイリング検査を行っている間でも、効きが悪くなったとはいえ、現行治療は継続されているのではないでしょうか?それとも、いったん中止するのですか?
検査をするタイミングがあるのかもしれませんが、このあたりのことは現時点ではどうなっているのでしょうか?
返信する
Unknown (makako12521726)
2021-11-15 22:40:34
古い友人が今、癌と闘っています。
いつも、その友人を思いながら記事を読ませて頂いています。ありがとうございます。
返信する
Unknown (e3693)
2021-11-17 04:57:01
コロ健さん

コメント、ありがとうございます。
コンパニオン検査は診断時の未治療で検査をおこなっている場合が多くあります。プロファイリング検査は、標準治療がない、標準治療を終了した場合の適応ですが、終了が見込まれると主治医が判断すれば治療を行っている状況で遺伝子検査を受けることは出来ます。でも、この治療が効かなければ後はない、加えて効いていない可能性が高いことが説明されてのゲノム検査ですから、検査結果を待つ間の患者さんのお気持ちは楽ではないことお察しの通りです。

aruga
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Unknown (e3693)
2021-11-17 04:59:48
@makako12521726 さん

ご友人、色々なことが上手くいきますように。
思ってくれる友人がいることは本当に心強いと思います。
温かなコメント、ありがとうございました。

aruga
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Unknown (aromadeyui)
2021-11-18 12:52:30
はじめまして

時に重く、熟慮するテーマを拝見して、医療現場の様子を感じています

こんなに医療が進んだのに、一向に病に苦しむ方の数が減らない

良くも悪くも分業もなり、現代は専門科として構成されてxx科、xx科と次々に病院内を巡ります

カラダは分けられないのに、繋がっているのに、専門分野外はアンタッチャブルなところがありますね

友人が指定難病であることがわかりました
発見は近くクリニックです
そして、大病院で遺伝子検査をしました

病名はわかっても、治療薬はありません
理由は発症者、患者が少なく薬の開発がないからです
もちろん手術もありません

ただ、その時を待つ

きっと、こんな方が大勢いるのだ、と

胸が詰まる思いです
返信する
Unknown (e3693)
2021-11-21 17:33:48
@aromadeyui さん 

コメント、ありがとうございます。
医療の進歩は必ずしも安心をもたらしてくれるわけではない・・
そんなメッセージが伝わってきます。

本当にその通りだと思います。


一方で、
>ただ、その時を待つ
とは、生きることそのものなのだと思います。

aruga
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