黒駒 寺社参拝記

畿内を中心とした寺社参拝記です。主に西国三十三所や聖徳太子霊場を巡礼中です。

東京へ!

2008-10-30 18:12:36 | Weblog
明日、仕事を終えてから新幹線に飛び乗って東京へ行きます。
3月以来7ヶ月ぶり、宿泊するのは昨年5月以来ですね。
3泊4日です。浅草と上野に泊まります。

でも土曜日は天気が良くないみたい。
この期に及んでまだ具体的な計画(どこ行くとか)は
決定していませんが、日曜日は日光へ行きます。
紅葉シーズンだし3連休だし、人多いだろうな~!

じゃあ、また!できれば現地から更新します。

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西国巡礼 第廿一番 穴太寺

2008-10-26 11:23:08 | 西国三十三所巡礼
さて、昨日の記事の続きで・・・
善峯寺を後にして次は丹波亀岡の穴太寺に参詣しました。
このお寺へは亀岡に行った時に何度となく訪れています。
過去の記事1 過去の記事2 過去の記事3 過去の記事4

穴太寺の札所ご本尊は『今昔物語』にもその伝説が載せられていますが、身代わり観音として
篤い信仰を受けてきました。
その札所ご本尊もご開帳されていますが、金箔の落剥もない新しい観音さまでした。
実は昭和43年に中世以来のご本尊が盗難にあってしまっていまだ行方不明で
現在厨子の中にいらっしゃる観音様は盗難の後に安置された昭和のご本尊なんです。
穴太寺で配られる説明書などにはその記述は特にありませんが、仏像としての観音さま
は代わっても、その功徳や人々の信仰は変わらないとしているのだと思います。

今回も庭園拝観しました。多宝塔がいい具合に庭園にマッチしています。
惜しむらくは庭園後ろが道路で車の音が絶えないことですがそれはしょうがないっす。


穴太寺のシンボル多宝塔。江戸後期再建。




本堂内には釈迦涅槃像がお布団をかぶせられて安置されていますが、このお釈迦様には
触れることができる「なで仏」です。自分の体調の悪い箇所とお釈迦様の同じ箇所をなでると
治癒に向かうといわれています。僕はちょうど口内炎と腰痛を持っていましたので
恐れながら口と腰をなでさせて頂きました。


今回参詣の善峯寺と穴太寺のご朱印・梵字札・御影・ご詠歌符


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西国巡礼 第廿番 善峯寺

2008-10-25 22:59:03 | 西国三十三所巡礼
今日は西国札所ご本尊ご開帳に合わせて朝から第二十番の善峯寺と
第二十一番の穴太寺を参詣しました。今日はまず善峯寺から。

京都の西山(釈迦岳・善峰)にある善峯寺へは平成17年5月以来の参詣になります。
ここは僕の最もお気に入りのお寺でいつまでも居たいと思うお寺です。
京都市内を一望できる山中にある善峯寺は癒しにはもってこいの雰囲気満載です。

とにかく境内が広い。第27番の圓教寺に次ぐぐらいの規模でしょうか?
本堂である観音堂の他にも諸堂が建ち並び、案内には1周40分所要と
ありますが、ゆっくりしてたら時間はどんどん過ぎていきます。
でもゆっくりまったりと過ごしたい境内です。

洛中からは遠く離れた山中ですが、応仁の乱で壊滅的な戦災を蒙ったと
案内書にはあります。しかし江戸時代の元禄年間に五代将軍綱吉の生母である
従一位桂昌院の寄進により伽藍が復興して現在に至っています。
現在に残る諸堂の大半は桂昌院の寄進です。
ちなみに桂昌院は斑鳩・法隆寺にも多大な寄進をしています。

桂昌院により再建された堂々とした楼門。とても印象的な楼門です。


桂昌院により再建された本堂にあたる観音堂。内陣で秘仏本尊が拝観できます。


これも桂昌院寄進の「厄除けの鐘」 参拝前に撞きます。


重要文化財の多宝塔。江戸初期の再建。


多宝塔の前にある「遊龍松」は天然記念物。地を這うように約40mも伸びている樹齢600年の松。


蓮華寿院庭。善峯寺の住職は青蓮院門跡の法親王が就かれたので西山宮門跡と
称され、蓮華寿院は宮門跡の住坊。現存はこの庭のみ。


境内から望む京都市内。右方に京都タワーあるのが見えますか?


この他、釈迦堂・護摩堂・絵馬堂・開山堂・薬師堂・阿弥陀堂・宝物館・・・が山内各所に
建っています。紅葉の名所なので11月中旬から人も多くなると思います。
今日は開門と同時に入山したので人も少なく、本堂でゆっくりと勤行して
秘仏ご本尊も拝観しました。納経所のお坊さんやおばさんたちも気軽に話し掛けて
くれてとても気持ち良く参拝できるお寺です。2時間ほど境内にいて、もっとゆっくり
したかったのですが、次の穴太寺へと向かいました。

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不正はいけません!

2008-10-23 20:52:21 | 西国三十三所巡礼
以前、ある札所の納経所での出来事ですが、
大先達と思われる50代の女性がお坊さんに叱られていました。
何事かと見ていると、どうやらその大先達はある不正をした模様。
それはこういうことです。

大先達用の納経軸に納経印を押印してもらって、それで終わりなのに
なんとその大先達はそのまま違う列に並んでまた押してもらったみたい。
普通の納経帳なら、まあ特別問題ではないんですけど(それでも普通はやらないが)
先達専用納経軸の押印は先達としての次のステップへの証でもありますから
これは不正ですね。1回のお参りで1回の押印が常識。

まあこの大先達は早く次の特任先達になりたいがために、こんなこと
したんでしょうが、見つかってしまってお坊さんからは
「だめじゃないですか、こんなことして!」って叱責をくらっていました。
そりゃそうですね、大先達でありながら納経印の持つ意味に全く反したことを
したのですから。

先達なりたての僕から見れば大先達という方々は尊敬すべき存在なんですが
なんとも残念なものを見てしまいました・・・。

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