猫の審判 猫の彫刻の優劣を判断させた話 「安濃津昔話」
2023.1
これは、化け猫の話ではなくて、猫に彫刻の優劣を判断させた話である。
津藩の誉れである彫物師田中岷江は、享保二十年に伊賀の中柘植で生れて、文化十三年に八十二歳で津において歿した。
藩に抱えられて十二人扶持を受けたが、その技術は大変に精妙であった。
眠江の弟正好は淵田氏の養子となって淵田の姓を相続したが、これまた彫刻の妙手であった。
或る時、兄弟が彫物に腕前について賭をした。
それは、おのおの一個の鼠を刻んで、それを猫に見せ、一番に飛び掛られた方の鼠の作者を、優勝者としようというものであった。
猫の審判こそ、最もえこひいきの無い公平なものであるとの考えからであった。
それで弟の正好は色々と考えを練って、鰹節を材料に使って精巧な鼠を作った。
形が鼠で、中身が鰹節、これに飛付かぬ猫はいないであろう。
こんどこそ、兄貴の鼻もへし折ることが出来るだろうと、自信満々であった。
それに反して、岷江は無雑作に薪の中から一本の木を引っ張り出した。
それを以て一匹の鼠を作り上けた。
そこで二個の鼠を一室に並べて置いて、襖の間から猫を入れた。
すると、猫は例の如くじっと首を下にし、二匹の鼠を、ややしばらくニラんでいた。
やがてパッと飛びあがった。
そして一疋の鼠をくわえて室外へ走り去った。
あとに残ったは、鰹節で作った鼠であった。
技を称賛したとの事であった。
この話は、弟の淵田氏の子孫が言い伝えた話である。
「安濃津昔話」より
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