田中正造が足尾鉱毒事件を世の中に訴えるため荒畑寒村に依頼して書いた「谷中村滅亡史」という本が岩波文庫から出ています。谷中村は渡良瀬川の流域にありましたが、足尾鉱山から流れてくる鉱毒の影響をうけ村民は甚大な被害を受けます。被害民のために谷中村に入る田中正造ですが、政府は足尾鉱毒事件の真相究明を怠り渡良瀬川の治水事業にすりかえて谷中村を強制撤去します。田中正造はこの本の序に次のように書いています。
「それ谷中村の地勢たるすこぶる水利に富み、かつ天与の肥沃地たるにおいては日本無比、関東の第一位にあり。もし政府の悪干渉を除かば、天は即ち人民と協力して忽ち天下無比の一大美村を造り出して、社会の公益を増進するや毫も疑ひなし。あゝ鉱毒はよく人の生命を刻みまた多くの町村を滅ぼしたり。今や鉱毒は変態して、土地を収用し土地を奪ふに至れり、しかれども天はこれに与せざるなり、谷中村は早晩必ず復活致すべく候。」(「屋中村滅亡史」より)
田中正造は政府の対応が足尾鉱毒事件の真相究明から渡良瀬川流域の治水事業による谷中村の土地収用にすりかえられていることを痛烈に批判しています。この政府の対応は、その後の公害事件、薬害事件、そして今回の原発事故の対応をみても似ているように感じます。さらに田中正造は人命を尊重し社会の公益を造り出すのは人民自身であると言っています。今正に私たち自身の姿勢が問われているのだと思います。