グッチーの日本寸評

「わが日本を少しでもいい国、住みたい国にしたい」との思いから日本の政治、経済、世相を自由気ままに評論する。

今、ハーバード式白熱教室が熱い

2010年10月19日 | 日記
ハーバード大学マイケル・サンデル教授による「白熱教室」が話題を呼んでいる。
一般の講座が教授から学生への一方向の知識供与型であることに対し氏の講座は学生間のディスカッションに重点が置かれ教授の役割は論点の提示とその後のディスカッション・リードに限定される。
しかもサンデル教授の講座ではHBS(ハーバードビジネススクール)などと違い論点がその場で提示されるため学生は即興で対応しなければならない。
学生時代に修得できる知識量など所詮タカが知れている。
「覚える学生」より「考える学生」を育てる彼の指導法こそ今の日本が求めているものではなかろうか。
いくつかの大学、高校で試行的に取り上げられているようだが一層の拡大を期待したい。
蛇足だがサンデル教授曰く「人の発言を聞いてすぐ挙手する学生、あるいは挙手しっ放しの学生には指名しない。ちょっと間をおいて挙手する学生こそいい意見を述べる。」
考えさせられる言葉である。





短期決戦は怖い

2010年10月18日 | 日記
プロ野球界はクライマックスシリーズたけなわである。
両リーグともファーストステージが終了したが何といずれも3位チームが敵地で2位チームを連破、ファイナルステージ進出を決めた。
何しろファーストステージは2戦先勝ルールという超短期決戦である。
第1戦の勢いがそのまま行ってしまったという感じであった。
敗退した西武、阪神にとってはアッという間の出来事で茫然自失であろう。
本当に短期決戦は怖い。
しかしながら続くファイナルステージは1位チームに1勝のアドバンテージが与えられることから下位チームが勝ち抜けるのはさほど簡単ではない。
アドバンテージ制が採用されてからまだ下位チームが勝ち抜いた例がないことがこれを裏付ける。
とまぁ、中日ファンの小生はたかをくくっているが思い通りにいくかどうか・・・まさに「神のみぞ知る」である。




チリ落盤事故救出劇に思う

2010年10月17日 | 日記
チリの鉱山で地底に閉じ込められた作業員33人が奇跡的に救出された。
カプセルから出てくる緑色の制服(救出直前に地上から支給されたものだが)を着た作業員は驚くほど元気だった。
地底からのお土産として鉱石を配布する者、得意のサッカーボールを操る者、出迎えの仲間とはしゃぎ回る者など行動は様々だが彼らのエネルギーはどこから来るのか、どこに残されていたのだろうか。
随分昔の話になるが日本でもいくつかの炭鉱で落盤事故が起き、救出活動が行われたが救出者はいずれも目隠しのまま担架で運ばれるのが常であった。
今回と救出までの情況は違うかもしれないが精神面などでは学ぶべき点があるかもしれない。
それにしても救出が完了する以前に映画化構想やギネスブック申請話が出るのは不謹慎ではないか。
日本人の心情からはなかなか理解できない点でもある。


不安を残す菅首相発言(その2)

2010年10月16日 | 日記
10月15日発表の時事通信社世論調査によれば内閣支持率は39%に低下、遂に不支持(39%)と並んだ。
菅内閣は過去2度脱小沢色を鮮明にすることでそのたびに支持率を急回復させてきたがさすがに3度目は期待薄、今度こそ実行力が試されるだろう。
それにしても雇用、円高などの経済対策をとってみても尖閣列島漁船衝突その後の外交対応をとってみても菅内閣の動きは鈍すぎる。
昨日の参院予算委員会でも防戦一方、クリンチの連発では「有言実行内閣」の名が泣くというものである。
この際「大風呂敷」は封印し一つひとつ実績を積み重ねていくしか道はない。
内閣支持率は限界点に近づきつつあると考えたほうがよいだろう。

厳戒態勢の横浜

2010年10月15日 | 日記
昨日野暮用で横浜の「みなとみらい」へ出かけたがいつもとは様子が違っていた。
街中で警ら中の警察官が多く見られたことである。
(場所にもよるが)見渡せば一目15~20人と文字通り石を投げれば警官に当たるといった感じであった。
近くの警官の制服を見ると「青森県警察」とあるではないか。
ここで初めて気がついた。
来月7日よりAPEC閣僚会議がここ「みなとみらい」を主会場にして開催される予定であることを思い出してそのための警戒体制であることを悟ったのだった。
しばらく行くと今度は「住民通行証・車両証明書交付所(正確な名称ではないかもしれない)」に遭遇した。
そういえばこのエリアは高層マンションによる住宅地域でもあるので開催期間中(あるいはそれ以前から)住民は厳重な検問を受けることになるのだろう。
それ以上に当エリアは大規模ショッピング施設や遊園地を抱える一大集客ゾーンでもある。
果たして期間中はどんな警戒体制になるのだろう、相当コストがかかりそうだ。
何もなければよいが・・・。
ふと横浜のAPEC誘致に伴う経済効果は短期的、中期的にいかほどになるのだろうかと考えてしまった。
ちょっと下世話かな?(笑)


国会は変われるか

2010年10月14日 | 日記
菅首相が先般の所信表明で国会を「熟議の場」としたい旨提唱されている。
思いは大いに結構だが本当に実現可能だろうか。
残念ながら昨日の衆院予算委員会のやりとりを見る限りその兆候は見られなかった。
野党は相変わらずの与党いじめだが揚げ足取りや新米大臣の理解度テストはあまりに次元が低い。
与党の応答は優等生的だが質問者とは平行線のまま終わることが多い。
与野党間の壁を完全に取り払うことは困難かもしれないが多くの議員が国民本位の立場で考え、行動できない限り真の熟議は成しえない。
各種委員会の運営方法も適宜変更を試みたらどうだろう。
国会が変わるためには政党も、議員も、そしてその仕組みも変わらなければならないと思う。
それにしても民主党はまだ09マニフェストに固執しているが今夏の参院選惨敗を受けこれをリセットすべきではないか。
財源も含めて・・・。



細川元首相「総理日記」を読んで

2010年10月13日 | 日記
細川元首相の首相在任中の日記(「内訟録」のタイトルで出版されている)を読破した。
現在の政治が置かれている情況と似ている点が多々あり大変興味深く読ませていただいたがそれ以外に気付いたことをいくつか・・・。
首相を取り巻く多様な人間が頻繁に登場しさながらミニ「三国志」の様相を呈している。
その中には現役の皆さんも含まれており「こんなことを公表していいのかなぁ」と心配になるくらいである。
読み物としては面白いが・・・。
内閣支持率、政党支持率など世論調査データがしばしば記載されている。
政治基盤が弱体な細川政権の世論に極めてセンシブルな様子が窺がえて興味深い。
今も昔も「たかが世論、されど世論」である。
マスメディアの目をかいくぐって官邸の裏口から出入りする、あるいはホテルの従業員用エレベータを利用する有力議員の姿も描かれている。
まさに政治の世界は虚々実々、「政治は夜作られる」か。
現首相もいずれ回顧録を公開されるだろうか・・・。





COP10開催に思う。

2010年10月12日 | 日記
11日、多様な生物の生活環境保全などを目的とする国連会議COP10が名古屋で始まった。
世界中から193カ国8000人が集まり2020年までの諸々の目標を設定するという。
ここでも先進国と途上国との対立が予想されるが時間は十分ある、たっぷり議論し確かな議定書を採択していただきたいものである。
そういえば思い出すことがあった。
最近我が家の近く(都心通勤圏の外れだが)2ヶ所で雑木林を伐採し宅地開発が進んでいることである。
雑木林といっても最寄り駅からは相当高低差がある傾斜地(一方は崖地に近い)で住宅地としてさほど条件がいいとも思えないが人口減少時代に入ったこの期におよんでもまだ動植物の宝庫たるこれらの雑木林をつぶす必要があるのだろうか。
それほど住宅に対する需要があるのだろうか。
一極集中を改め地方分散を推進するとか、(我が家の周辺でも結構見られる)空家住宅のリサイクル活性化、2世帯住宅化支援などの対策を総動員し雑木林伐採を食い止められないものか。
言い古されたことだが一度失った自然は二度と戻ってこないのだから・・・。

不安を残す菅首相発言

2010年10月11日 | 日記
先日の衆院本会議で菅首相が野党の代表質問を受け「(所信表明で述べた重要政策課題の実現について)大風呂敷を広げさせていただいた」と発言している。
たとえ野党からの質問を受けた形でとは言え「大風呂敷を広げさせていただいた。」は政治家として禁句であろう。
昨年夏提示したマニフェストの中でどれだけが達成もしくは実現のメドがったっているというのか。
その見直しすら十分できていない今「大風呂敷を・・・。」はいうべきではなかった。
その翌日の「かって高杉晋作も大風呂敷を広げていた。」発言も何の釈明にもなっていない。
もって生まれた性格がそうさせるのかも知れないが一国の首相は常に最低限の冷静な対応が必要だろう。
近い将来命取りにならなければよいが・・・。
その一方で言わなければいけないときに言葉を濁し「逃げ」に終始する姿勢も散見される。
こちらの方はもっとブレーン、秘書官を多用し国民の納得が得られるような想定問答を充実させたらどうだろうか。




通過点

2010年10月10日 | 日記
3月下旬にこのブログを始めたが先日延べ訪問者数が1万人を越え、同時にページビューは2万1千を数えた。
ブロガーが全く無名でしかも知人達にも何のPRもしていないブログというものは一体どれくらいの購読があるのかその世間相場は分からないが
それでも延べ1万人は一つの通過点かも知れない。
もともとこのブログはそのとき自分がどんな出来事に何を感じどう考えたか、いわば備忘録として始めた訳で訪問者数なぞ初めは気にも留めなかった。
しかし前日の訪問者数、ページビューを連日見ているうちにそのうち気になり始め今では楽しみにするようになった。
偶然であれ、定例としてであれ訪問していただいていることは喜びでもある。
1万人来訪は単なる通過点である。
備忘録としてだけではなく「訪問者数」も励みにして歩みを続けたいと考えている。