78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎Wと再会した話

2013-05-19 07:30:48 | ある少女の物語
「お疲れ様です」
それは不意打ちだった。自店の最寄り駅からバスで20分ほどの店舗でヘルプ出勤をしていた僕が彼女に再び遭遇してしまったことは。
「お疲れ様です。お久しぶりです」
「お久しぶりです」
 21世紀のマリー・アントワネット、女子高生のWである。
自店で3ヶ月ほど勤務、良く頑張っていたのにも関わらず店長から良い評価を貰えず、シフトも削られ土壇場に立たされた矢先の病欠2回と茶髪騒動で辞職に追い込まれる末路。全てはタイミングが悪かった。そして、まだアルバイトの扱いに慣れない頃であったが故に彼女をちゃんと指導をすることが出来なかった僕にも責任はある。この反省を踏まえ、以後下位スタッフにはとにかく「教える」ことだけに徹した。


>同じ女子高生でも、Wに嫌われない事だけを考え何でも僕がやっていたあの頃とは真逆。カピバラに嫌われる覚悟を持ってやらせているが、彼女はとりあえず従順になってくれている。
(『カピバラルート攻略物語』より)


そう、カピバラをあのアラフォー女性店長に気に入られるまでに育てる事が出来たのも、Wの犠牲の上に成り立っているのだ。夏に新たに入った男子高校生スタッフ2名も、3クール以上経過した今でも未だに続けている。“去り行く高校生”を目の当たりにしたのはWが最後だった。彼女にもカピバラと同じように指導していれば辞職は免れたのかもしれない。当時僕は生きる希望を失うレベルにまで堕ちていたが、今でも後悔が絶えずにいる。



 2013年5月11日、23時30分。Wは女友達と上下スウェット姿で店に現れた。高校2年生になり、黒髪に戻してはいたものの、ギャルへの道を着実に歩んでいることが伺える外見だった。
 そして、彼女にはどうしても聞きたいことがあった。
「居酒屋のほうは順調ですか?」


>「でもウチ、居酒屋始めたんですよ」
>「居酒屋?」
>「居酒屋のバイトも始めたんですよ」
(『7月第4週』より)


 辞める一週間前、Wは既に居酒屋のアルバイトを掛け持ちしていることが判明し、その時点で嫌な予感はしていた。実は一度だけ90分もの大遅刻をしており、そのアルバイトの面接をしていたのではないかと勘ぐれるし、最悪のタイミングで茶髪になったのも居酒屋で先輩スタッフか誰かに勧められたからではないかという仮説も決して不自然ではない。

 しかし冷静に考えると、居酒屋のホールなんて忙しさ、厳しさはコンビニの比ではない。少しだけ経験したことのある僕は身をもってそれを理解していた。実は今年4月に派遣会社のスポットバイトとして一日だけ大手居酒屋チェーンの世界に飛び込んだのである。僕はそこでホールスタッフの現実を目の当たりにした。
「た、大変お待たせいたしました、く、串焼きの盛り合わせでございます……」
 緊張のあまり言葉が出ない。今までの接客経験は何だったのか。何人ものお客様に怒られる。そして何よりも体力勝負だった。中国人の女子大生スタッフが息を切らし、額を手で押さえ、サウナから出た直後であるかのような表情をしているのを僕は見てしまった。男の僕でも辛いのだ、女の子にとっては更に過酷な現場であることは彼女を見れば一目瞭然だった。だがお金の為にやらなければならない。特に外国人労働者は時給さえ高ければ仕事内容なんて選んでいられないのだ。

 そしてWは更に若い16歳。いくら時給が高いとはいえ、コンビニさえも続かなかった彼女に居酒屋のホールが勤まるのか、当時から疑問ではあった。ましてやもう10ヶ月も経過している。辞めていてもおかしくはない。

「居酒屋? あ、順調ですよ」

 意外にも彼女の答えはイエスだった。

「あと◎◎(他社コンビニ)も始めたんですよ」
「イヤ、ちょっと本当に無理しないで下さいね」
「ありがとうございます」

 彼女はどこまでタフなのか。お金への執着は相変わらずだった。
 そういえば居酒屋店員には総じてギャルが多い。何故彼女たちは鋼のメンタルを持っているのか疑問でならない。いずれにせよ、最初から今のような感じのWと出会ったのであれば、僕は当時のような助けてやりたい気持ちにはなっていなかっただろう。


>Wの携帯電話の着信音は浜崎あゆみの『SEASONS』だった。発売当時彼女はまだ4歳。このセンスの高さはガチだと感じ、僕は3枚組のベストアルバムをレンタルし全曲をDAPに入れてしまった。少しでもWの事を、現役女子高生のリアルな気持ちを知りたかったから。
(『7月第4週』より)


 黒歴史とは恐ろしいものである。

(Fin.)

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