78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎春の終わり

2013-05-12 08:35:13 | ある少女の物語
 2013年5月4日。薄紅色の花びらたちはとうの昔に散っていた。
 僕にとっての「春の終わり」はその日だと言えよう。
 その日をいつも通りやり過ごすか、何か特別なことをするかで僕は悩んだ。



 コンビニエンスストアの社員になって早13ヶ月。別店舗での研修を経て今の店舗に正式配属してからはちょうど1年となる。
 正式配属とほぼ同時期に入ってきた唯一のスタッフが女子高生のカピバラだった。
 一部の基本的なことを除き、ほとんどの仕事を僕が一から教えてきた。僕は僕で試用期間を満了していない研修社員扱いであった為、共に成長することを勝手にテーマとして位置づけていた。
 2ヶ月にも及ぶTとの戦いは、今思えば僕等に与えられた最初の試練だった。

>僕の作業さえも何度も止まる。人に教えるほど効率の悪い事は無いと思い知らされた。それでもいつかはカピバラが戦力になってくれる事を祈り、カピバラルートの攻略に努めた。
(『カピバラルート攻略物語』より)

 その試練は、無断欠勤少女とWを失った反省も相まって、余計な感情は抱かず淡々と仕事を教えることだけに徹するという一つの答えを導いてくれた。
「こうやってラベラーを打つだけで貼れます」
「おおおお、すごいですね(笑)」
「ちょっと、この程度のことで感動してくれるなんて可愛すぎますよ」
 そして今、カピバラは指示を出さなくても自分から色々とやってくれるまでに成長していた。その過程を一から十まで自分の目で見てきた唯一のスタッフが彼女だった。地道に教えてきた一つ一つの成果が彼女によって初めて具現化されたのだ。どんな些細なことでも、実践で僕が教えたとおりにやってくれる様を見る度に自分を褒めたくなった。



 しかし、時の流れは環境に2つの変化をもたらした。一つはカピバラのシフトインの頻度の減少、もう一つは僕が半分異動状態になったことだ。週の半分以上が他店のヘルプ勤務となってしまい、これまで当たり前のように存在していた「カピバラとシフトインする4時間」が今後訪れることはほぼ皆無となる。
 5月4日は、僕がカピバラとがっつりシフトインする最後の日だと悟ったのだ。
 春が終わり、「共に成長」してきた一つの時代も終焉を迎える。
 この日をどう過ごすかは難題だった。別にカピバラは辞めるわけではないのでその手のメッセージも送ることは出来ない。そもそもカピバラは何とも思っておらず、5月4日はただの通過点に過ぎないだろう。

 5月4日に向けて僕は思考に思考を重ねた。まずは何を話すか。雑談をするかしないか、真面目な話はするのか。一応最後なので何か間接的なメッセージを送るべきか。
 この日が来ることを前々から予感していたのか、冬あたりからカピバラと会話のキャッチボールをすることが思い出作りの一環になっていた。
「カピバラさんの友達で言葉づかい悪い人とかいますか? 何とかじゃねーよ、とか」
「皆、言ってますよ(笑)」
「ニセコイの小野寺さんが神の領域に達していると思うんですけど」
「あんなの居ないですよ(笑)」
 カピバラと会う日に向けて話のネタを必死に探していた時期もあった。

 しかし、そんな努力も一つの失敗によって無に帰した。

>日程勘違いしてカピバラ高校のデザイン科作品展を見に行けなかった罪は大きい。多分他の社員もスタッフも行ってないだろう。何で行かなかったの?俺にしてあげられることなんてそれぐらいしかないだろ?これじゃカピバラがポストカードまで配って告知した意味がないじゃん。
(『アメーバなう』3/30 8:45のつぶやきより)

 カピバラの世界を垣間見るチャンスをあっさり失った。仕事をする彼女しか知らない僕は、彼女が学校でどのようなことをしているのか、とても興味があったにも関わらず、本当に馬鹿なことをした。結局僕は優しさの欠片も無い冷徹人間だったのだ。

 それ以降、カピバラと雑談をすることは無くなった。優しさの無い僕に許される行為ではないような気がしてきたのだ。仕事について質問された時だけ淡々とレスポンスをするだけに徹した。それでも頼られているような気がして少し嬉しかった。



 だが、果たして5月4日もそれで良いのか。その日が終わればカピバラとの4時間は二度と来ないかもしれない。未だ答えを出せないまま5月3日、前日になってしまった。


 その日僕は友人の主催するオフ会に参加することを許されていた。
 15名ほどの参加者の中に女性は6人ほど、全員20をとうに過ぎた社会人だった。
 僕はまた安定の孤立に終わるかと思いきや、左隣にいた20代前半の女性が話しかけてきた。
「どんなアニメを観るんですか?」
 女子高生ともまともに雑談できない僕に大人の女性との2ショットトークが勤まるわけがない。だが逃げちゃ駄目だ。僕は必死に言葉を探した。
「エーット……京都アニメーションの作品はほぼ全部観ています」
「京アニって『ハルヒ』とか『けいおん』ですよね?」
「あと最近では『中二病』とか『たまこまーけっと』とか」
「一番好きなのは何ですか?」
「『CLANNAD』ですね」

 その時だった。『CLANNAD -after story-』の9話、古典の教師・幸村俊夫(こうむらとしお)の台詞が脳内で再生されたのは。


――あの娘の事なら心配いらん。お前たちよりよっぽど強いししっかりしとる――


 主人公・岡崎朋也の卒業式の日。式に出ずに校内をうろつく彼と春原を見つけた幸村は、巣立ち行く仲間たちをよそにたった一人で留年せざるを得なくなったヒロイン・古川渚のことをこの言葉で2人に伝えた。

 僕はその言葉をカピバラとリンクさせた。彼女も何の心配も要らない存在なのだ。もう高校3年生。僕が思っている以上に大人だろう。そして、無断欠勤少女やWなど、過去に関わってきた女子高生たちに比べれば一番真面目な人であることは、彼女を一から見てきた僕が一番知っている。



 もう迷いは無かった。翌5月4日、カピバラに一切の指示を出さずレジ業務を彼女に一任し、僕はレジ以外の仕事をひたすらやり続けた。指示を出さなくても積極的に動いてくれる彼女の良い所を最大限に活かした。一年間の彼女の成長の全てがそこにある。雑談は一切無し。彼女に伝えるべきことは何も無い。最後であるにも関わらず、いつも通りの時が流れた。それで良いのだ。「共に成長」してきた僕等に言葉は要らないし、この厳しい環境を4クールも耐え抜いてきた彼女は、惰性の流れで続けてきただけの僕よりよっぽど強いし、しっかりしている。



 こうして僕の春は終わりを告げた。気が付けばもう27歳。女子高生とシフトインする4時間を唯一の楽しみにする「現実逃避」からいい加減卒業しなければならない。いつか「少女」ではなく「大人の女性」との付き合いが出来るようになる日を夢見て、今日も職場に向かう。

(Fin.)


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