お客様の話しです。
彼女は、長い間、ある男性に恋をしていました。
男性は彼女の学生時代の部活の先輩。
吹奏楽をやっていた彼女は、繊細にバイオリンを弾く彼に一目惚れでした。
彼女は、こっそりバイオリンの王子様と呼んで、気持ちを打ち明けることもなく、そっと片思いをしていました。
彼はモテモテで、吹奏楽の大半の女子が彼が好きだったんじゃないかと思う。
吹奏楽部に所属して初めてのバレンタインデーに、彼女はチョコレートとバイオリン型のキーホルダーをプレゼントした。
今思えば、彼女らしからぬ勇気ある行動だったし、
もちろん、ホワイトデーにお返しされることもなかった。
社会に出てからも、それなりに恋もしたが、どうしてもバイオリンの王子様と比べてばかりいた。
『王子様、結婚したかな?』
『優しくて男らしい人だったから、恋人くらいはできただろうなぁ…』
時々、そんなことを思いながら過去の思い出でもがく毎日。
今の彼女は、ワクワクする様なこともなく、…かと言って、転職する勇気もなく、流れに逆らわずに生きていました。
気がつくと30代後半。
後輩が自分をお局様と呼んでいるのも知っていた。
「先輩、合コン行きませんか?」
「合コン?…そうね。」
「先輩、合コンとか、好きじゃないって言ってましたよね~」
少し躊躇していただけなのに、ハブかれた。
『最初から誘う気ないくせに…』
今日は、取引先まわり。
取引先回りをする上司に付き添うわなくてはならない…。
内向的な彼女は、取引先回りが苦手。
入社以来、何かと上手く逃げてきたが、今まで付き添って来た先輩が辞めたので、これからは彼女が付き添うことになった…。
「この会社の常務⚪⚪さんとは、わが社のと付き合いが長いんだよ。困った時の⚪⚪様でね、何かと助けてくれるんだ」
「…そうなんですか…」
古株の会社なのは知っていても、中の人たちのことはあまり知らない。
取引先の⚪⚪社は、思っていたよりこじんまりしていて、きれいな会社だった。
「ちょっと出掛けてきます」
忙しそうにオフィスの奥から出てきた人に視線が奪われた。
バイオリンの王子様‼
「あっ!」
思わず小さく声をあげてしまった。
その人は、チラッと彼女を見るとそのまま外へ。
…そうか…。そうだよね…。もう何年も前だし、吹奏楽部にもたくさんの部員がいたし、私のことなんて、記憶に無いよね…。
ドキドキと、心臓の鼓動がうるさいくらいに高鳴っていたが、結局、それきりで、再び王子様がオフィスに戻ることもなく、自分の存在にも気づいてもらえないまま自社に戻ることに…。
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