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1996年、38歳の時に僕は小説家になった。作家になる前は国立大学の工学部助教授で、月々の手取りは45万円だった。以来19年間に280冊の本を出したが、未だミリオン・セラーの経験は無く、一番売れたデビュー作「すべてがFになる」でさえ、累計78万部だ。ベスト・セラー作家と呼ばれた事も在るが、此れといった大ヒット作も無いから、本来は非常にマイナーな作家で在る。
総発行部数1,400万部、総収入15億円。人気作家が印税、原稿料から原作料、其の他雑収入迄、客観的事実のみを作品毎、赤裸々に明示した、掟破りで、驚愕且つ究極の、作家自身による経営学。
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小説「すべてがFになる」で文壇デビューした森博嗣氏は、非常に変わったタイプの作家だろう。「理系の研究者から作家となった。」、「作家になって以降、サインをした事が無い。」、「学生時代、全科目の中で国語が最も嫌いで、不得意だった。」等もそうだが、何よりも変わっているのは「子供の頃から小説を殆ど読まず、小説家になりたいと思った事も無い。」という事。作家と言えば「子供の頃から小説を読むのが大好きで、究極の夢が『作家になる事。』というイメージ。」が在るので。又、作家になった理由は「趣味の為、金銭が必要だったから。」で、「金儲けの為、小説を書いている。」と公言しているのだから面白い。
そんな彼が、作家の金銭事情に付いて赤裸々に記したのが「作家の収支」。本の印税率は普通「10%」というのは知っていたが、「文庫本の解説文を書いた際の原稿料(10万円程度)」、「本の帯に推薦文を書いた際の原稿料(2~3万円)」、「電子書籍の印税利率(15~30%)」、「サイン会の報酬(報酬無しで、引き受けている作家が多い。謝礼を貰う場合でも、多くて10万円程度。)」等々、其の他の金銭事情に付いては全く知らなかったので、実に興味深い内容だった。
「洋服は必要経費として認められないが、車は認められる。」というのは意外な事実で、森氏自身もポルシェを新車で購入し、償却資産として必要経費で落としたそうだ。「自動車は仕事で使うもの、という古い観念があるらしい。お医者さんがみんな高い外車に乗っているのはこのためである。」と森氏は書いている。
作家の金銭事情とは関係無いが、印象に残った文章を最後に紹介させて貰う。
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つまり、「新しさ」をいつも自分の頭から絞り出すこと、それが、人が生きていくうえでも非常に重要な目標だ、と僕は信じている。
そして、「新しさ」はほとんどの場合、周囲から理解されない。新しさにも、受け入れられるものと、受け入れられないものがあるはずだ、と思う人も多いだろう。しかし、受け入れられるような新しさは、もうあまり残っていないのだ。世の中には、頭の良い人間がいくらでもいて、たいてい、そういった万人が認める新しさは、たちまち消費されて、既に新しくなくなっている。ということは、残りものの「新しさ」は、一見つまらないものなのだ。可能性を見つけて、いかにそれは加工するか、そこに頭を使わなければならない。自分なりの納得できる理屈が必要だし、自分なりの工夫が不可欠でもある。その理屈も工夫も、新しいことが望ましい。
自分が良いと思えば、その新しさで作品を作る。案の定、みんなが批判するだろうけれど、そんなことを気にしてはいけない。自分の理屈を信じて突き進めば、そのうちに賛同者がぽつぽつと現れ、いずれ本物の「新しさ」として認められることにもなるだろう。
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